第19-①話 覚醒の刻

 


「どうしたっ?! 何が起こったのだ!」


 紫宸殿ししんでんに戻った九条 御息所みやすどころが開口一番、内大臣唐裁からたちの麻宮あさみやに叫ぶ。


「両舷に突然現れた空母に、強制合体されました!」


「何だとっ!」


「舵が全く効きません!」

 

「っ! 九条様! あれを!」


 悠紀宗がフロントガラスから飛び込んでくる光景を指さした!


「あ、あれは!」


 そう。そこには、幕府超弩級巨大戦艦舞鶴-弐の丸-が、何百ものサーチライトを浴びて、正に不夜城の如く空に浮揚していた。

 いつのまにか斑鳩は、二隻の空母によりバイカル湖上に運ばれていたのだ。


「六波羅、斑鳩と合体! 斑鳩の飛行管制系統を『探題』モードに移行!」


 幕府艦隊本陣、舞鶴―弐の丸―の司令部艦橋で、幕府側用人鷹宮家伊勢守は、前部巨大モニターに映し出された、両舷から二隻の空母六波羅に合体された《斑鳩》を見つめる。


「さて、斑鳩は籠に入った……。フフッ……。九条御息所、その籠の中でおとなしくしているがいい。今、お前達が必死で探していたお方に再会わせてやろう……」


 そう言って、伊勢守がパチンと指を鳴らす。

 その刹那!


 舞鶴-弐の丸-から発振された激光が、斑鳩の真上の射干玉ぬばたまの闇に像を結んだ。そう。決して此処にいる筈のない人物の御影を……。


「あ、あれはっ?!」


 美丈夫……。正に神話世界から抜け出たような神々しいばかりに整った顔立ち。

 そう。今、立体映像で夜空に映し出されているそのお方こそ!


 今上聖皇 アニエス=ヴェーダ!


「ア、アニエス=ヴェーダ陛下っ!」      


 新撰組副長真木、紫乃武、宇堂。長州の葵、薩摩の大郷。山に非難した紫京の民、共和国軍兵士達の口から、驚愕の声でその御名が叫ばれた。

 メゾンアニエス=VE-DAの帝、アニエス=ヴェーダ。その御叡算は二十七歳。メゾン幻蔵の後幻蔵帝から帝位を譲られた時は、僅か十二歳であられた。そのアニエスの輟朝ていちょう(帝が政務を執らない)時代、その幼帝に代わって一切のデザインをしていたのが、摂政の九条御息所である。


「み、帝!」


 九条が、斑鳩の紫宸殿で叫んだその次の瞬間だ! 全長50m程の巨大な立体映像、その今上帝アニエスの口腔から流れ出たかのような声が大気を震わせ、人々を震撼させる! 


〃……天帝より天壌無窮てんじょうむきゅう神勅しんちょくを科せられしアニエス=ヴェーダの御名において、この地を異端服でけがしている志士共を攘夷じょういせよ! そして、曾て先帝、後幻蔵帝によって保証された『御洒落御免状』を取り上げ、ただ今よりこの地のファッション・モードは幕府の管理下に置くものとする!〃


 このアニエスの綸言りんげんは、『ノーブラの志士』『開服の志士』を完全に朝敵とするものだった。薩摩の大郷は、玉砂利の上に素足で仁王立ちになって今上きんじょう帝を見上げていた。

 傷ついた蘭蛇帝に搭乗したまま、新撰組戦艦壬生に特攻を敢行する機を待っていた葵以下の長州志士達は、葵達はその綸旨を耳にすると、


「ウォーッ!」と涙を流しながら絶叫し、コクピットのコンソールパネルを拳で叩いた。


 鷹宮家伊勢守が専属傀魅魔奴宦 主美怒スピードを伴い、司令部艦橋から昇降機で天守閣下部に位置する蘭蛇帝格納庫の上部デッキに降り立つ。天守閣から八方に伸びるカタパルトの中の、深紅の絨毯じゅうたんが掛けられた正面中央カタパルトの両脇に備えられた座席に、大命降下を受けて出陣してきた各藩の藩主や重臣達が居並んでいた。彼らを前にし、倒幕の志士達に追い打ちを掛けるような伊勢守の音声が拡声されて流れる。


〃聞いての通り、帝の勅許ちょっきょをもってこの地に鎮守府ちんじゅふを置く! 倒幕派の志士達は、抵抗せず直ちに投降せよ! さもなければ、即刻鎮守府全艦隊をもって攻撃を再開する! これは帝の叡慮えいりょである! そして、聞くがいい! 帝から大政たいせいを預かる聖衣大将軍カイル=ルガーフェルド様に反逆の意志を示す《メゾン》は、全て朝敵と見做し、『透明無香艦隊』をもって殲滅せんめつされるであろうっ!〃        


 その刹那、あたかもファッションショーの演出のように、巨大な投光機とうこうきの光が漆黒の夜空に乱舞し、陣太鼓が響く中、名を呼ばれた藩主達の蘭蛇帝(搭乗者は世継ぎ)が、次々とカタパルトから光の乱舞する夜空へと射出されていく。

 これから始まるのは蘭蛇帝のショー。つまり、蘭蛇帝の御披露目である。これは、陣中における因襲いんしゅうであった。武人は己が蘭蛇帝を派手に着飾らせ、その華麗さと性能を競い合う。そして白眉となった蘭蛇帝に先陣の名誉が与えられるのだ。華美な塗装、衣装を纏った何十機もの蘭蛇帝が、紫京上空を乱舞する様は、いっそ荘厳でもあった。

 そして、これは同時に志士達に対する威嚇行動でもある。




「い、一体、どういう事なのだっ!」




第十八話 了

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