第16話 バイカル湖に沈底するモノ……




 二三三0Z(グリニッジ標準時)、予定通りの地点で千早は斑鳩に合流する。 

 九条は、まだ気を失ったままのベベルゥを稲節に任せると、紫宸殿ししんでんに上った。


「紫京で戦闘が始まったというのかっ 」


「地球規模で発せられた妨害電波で、法皇様暗殺以後のTV中継が途切れ、情報が錯綜していますが、法皇様暗殺に新撰組が関与していた模様! 法皇様暗殺を切っ掛けに、プレタポルテ共和国軍・在京長州軍と新撰組が交戦状態に入っています! 


「な、何という事だ……」


 九条は愕然とした。


「それで、幕府の動きは 」


「はっ! 幕府超弩級戦艦 舞鶴ぶかく以下の艦隊、以前ニューヨーク上空に幕府を開き、ニューヨークコレクションを開催中! 諸藩の動きもありません!」

 

 そう。通信衛星回線、電脳網絡回線全てが寸断された上、妨害電波の発射で、法皇暗殺 以後の紫京からの中継は世界に届いていなかった。当然、各藩に決起を促した、幕府への宣戦布告会見もである。諸藩が動かぬのは当然だった。

 だが、その報告を受けた九条は疑念を覚える。プレタポルテ自治共和国に倒幕派の志士達が集結し、後幻蔵法皇の倒幕の大号令をもって挙兵しようとしていた事は、TV中継が途切れる前で既に明白。直ちに征伐軍を派遣する為の勅許を得る為の武家ぶけ 伝奏が《でんそう》あってしかるべきだ。それがないという事は……。


(ま、まさか……! 帝がこの艦におられないという事を知っているのかっ )


 そしてその時、紫宸殿上部『星見庭園』に更紗と共に索敵していた創香頭沈香が、


〃九条様! 帝専用蘭蛇帝ヴァロアの香電磁反応、北緯54度・東経110度の地点に現れた!〃


「何?! 帝の蘭蛇帝ヴァロアの香電磁反応を、バイカル湖付近に捕捉した?!」


〃ですぢゃ!〃


「九条様! 帝は法皇様をお探しに行かれたのです! その法皇様が紫京で倒幕の号令を発しようとされた! 帝がそれを知り、ヴァロアを何処かに隠し、紫京に向かったのは確実! 帝は紫京におられるに違いありますまい! 一刻も早く帝をお救いしなければなりませぬ!」


 その前右大臣天時悠紀宗の言葉に、九条は頷くと、


「『内裏』区画以下の国民居住区画閉鎖! 右近衛・左近衛、各蘭蛇帝は搭乗したままで待機! 斑鳩最大戦速! 進路1-2-1!」


 紫京でのプレタポルテ自治共和国軍・在京長州軍の連合軍対新撰組の戦闘は、連合軍の圧倒的な数的有利にも関わらず、戦況は新撰組有利に傾いていた。紫乃武の一番隊と也静の二番隊、宇堂の三番隊、の活躍によるものだ。彼らは歴戦の猛者もさである。実戦も経験せず、香電磁結界の中でぬくぬくと訓練だけをやってきた共和国軍なぞは、物の数ではない。一人、気を吐く葵が指揮する在京長州軍蘭蛇帝30機が奮戦しているが、紫乃武達の前に次々と撃墜されていく。薩摩在京軍が加われば、恐らく五分五分にはなったろうが、未だ薩摩は動いていない。

 皇城ラ・紫苑シオンを取り巻く湖の湖岸に配置された対空ミサイル基地も新撰組蘭蛇帝の爆撃を受け次々と壊滅していった。

 壬生は紫京の防備の手薄な南側から回り込み、現在バイカル湖上空にいる。新撰組五番隊と六番隊はその壬生の防衛に当たり、四番隊は当然戦闘に参加していなかった。帰還した実闇は、潜入した四番隊の部下は銃撃戦で死亡した、と真木に報告すると、 一人娯楽室で撞球に興じていた。備え付けのモニターには戦闘の様子が克明に映し出されている。既に戦闘開始から四時間が経過し、現地時刻は18時を回っている。真っ赤な夕日が、西の空を血の色に染め上げていた。


「精々張り切るんだな。


だが、これで新撰組は、ジ・エンド、だっ!」


 実闇の打った自球が撞球台ビリヤード中央の九つの球を弾き飛ばし、各々の球が己が運命を他人に弄ばれるかのようにぶつかり合い、軌道を、いや、運命を変えていく。


「落ちろ」


 三番が落ちた。


「落ちろ」


 二番が落ちた。


「落ちろ」


 最後に、ゆっくりと一番が落ちていく。そして……。


「時間だ」


 実闇のキモチワルイ、ほくそ笑みが……。



 闇夜にわらう、


 白いモノ……。


 ブキミと言えるその哄笑が、


 静かにワラウ……。


 不細工ブサイクな造形。


 異様に曲がるオブジェのような……。


 実闇の顔が清くもなく、


 悪魔の形相を隠し、


 彼が男の姿をしていたのを見た最後のモノは、その後で鬼籍きせきに入った。


 昔の実闇を知る者を消している事を。


 知る者がいない。


 彼は自分の姉が死んだと聞かされた時のほくそ笑みと同じような、


 そのうすら笑いを浮かべ……。



 ゲスをオペしたモノサエ


 キエタ……。





第16話 了

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