第15話 御洒落御免都市



「僕を騙し続けてきたんだな!」


 ベベルゥの目から涙が溢れ出してくる。


「止めて下さい宮様! 決して宮様を騙してきた訳では-」と、皆を擁護ようごしようとした愛蘭の頬を、ベベルゥの平手が叩いた。


「皆知ってたんだろ! 僕が必死になってお爺を探していた時、皆お爺が何処にいるのか知ってて隠してたんだろっ! セーラー服御庭番?! ゲンゾウお爺が法皇様?! 僕が春宮だって?! 何だよそりゃ! 僕は、緑扇ルゥ! ただの高校生だ! 服のデザインだって好きでやってたんじゃない! お爺を探す為、自分で食べていく為に仕方なくやってたんだ! 倒幕がどうとかこうとか、そんな事、僕には関係ないんだ!」

「……言いたい事はそれだけか」


 九条がベベルゥの前に歩み出た。


「何だよ、あんたは!」


「『御洒落御免都市』で呑気に暮らす人間の言いそうな事だ。だが、全世界の殆どの女性は、幕府により美的レベルを杓子しゃくし定規じょうぎで定められ、それに見合った服しか着る事が出来ないのだ。だからこそ-」


 九条の言葉をベベルゥが遮る。


「……何が倒幕だ。だったらなんで、あんたらの帝は倒幕の為に挙兵しないんだ! あんたらの帝がぐずぐずしてるから、お爺が死んじまったんだぞぉ!」




「!」




 その時、ギャッツビーのレシーバーに、上空待機のJ・Jからの緊急通信が入る。


〃ギャッツビー! まだか?! 斑鳩から通信が入った! 紫京で戦闘が始まったらしい! 早くしろ!〃  


「了解した」と言うなり、ギャッツビーの手刀がベベルゥの首筋に叩き込まれた。気を失い倒れるベベルゥを支えたギャッツビーは、「申し訳ござるませぬ」と呟き、頭を垂れる。


「……すまぬ、ギャッツビー……」


 九条はそう言う。

 

「稲節殿。あなたも春宮とうぐう大夫だゆうとして斑鳩いかるがに乗船して頂きたい」


 確かに今の宮様の精神状態を考えると、稲節が側に居た方が良い。稲節はそれを承諾すると、


「愛蘭、お前はどうする」と、孫娘の顔を見つめた。


「……私は、セーラー服御庭番としての仕事があります」


「本当にいいのじゃな……。わしと、そして宮様とも二度と会えぬかもしれんぞ」


 愛蘭は気丈きじょうにも黙って頷くと一人屋敷の中に入っていった。そして、ベベルゥの寝室へ。部屋の中は荒らされ、本棚の本も、壁の『動画ポスター』も破られていた。そして、引き裂きかけて止めたと思われる、一着の純白のマリエが寝台の上に放ってあった。薄手のサテンと透明感のあるオーガンジーが可憐なプリンセス型ドレス。袖の部分は大きく膨らみ、デコルテを美しく見せるオフショルダー。胸元に幾つかあしらわれた郁金香のコサージュの花弁の中心に、大粒の天然真珠が刺繍されている。そこから千切れた大きな真珠が三つ、床に転がっていた。愛蘭はそれを拾い上げる。

 ふと机上きじょうを見やると、去年学校の文化祭で行ったファッションショーの記念写真、多くのモデルや裏方さん達の中で、ベベルゥと自分が笑っていた。

 壊れた写真立ての中で、確かに二人は笑っていたのだ。

 その写真立ての側に千切れたバースディカード。それを繋ぎ合わせた愛蘭の目に涙が浮かぶ。『お誕生日、おめでとう!』 

 

(あたしの誕生日か……。忘れてたな……) 


 愛蘭は、純白のマリエを胸に抱き、声を上げて泣いた。

 ベベルゥを乗せて発進した千早の轟音が、その部屋の窓を震わせる。音の渦が悲しさを呑み込むように、愛蘭の叫びを消し去っていた……。


 バイカル湖の南東。ヤブノロイ山脈の山中……。

 昨夜、燐光に包まれ青白い尾を引く彗星のような飛行物体が、大音響と共に突如自ら爆発し、山脈の中腹に広がる針葉樹林の中に堕ちていくのが、人々に目撃されていた。麓の村から村人達が半日以上かけてその現場に到着し、その異様さに我が目を疑った。


「おい、何だあれはっ?!」


 周囲の樹林はなぎ倒され、幅百m、全長一㎞に亙って露出した山肌の先に、横たわって いるその物体。それは遠目には、龍としか呼べないような形態であった。生物なのか、それとも違うものなのか。

 村人達が恐る恐る近づいていったその時。全く動かなかったその青龍の双眸に妖しい赤光が灯るや否や、その首を持ち上げたのだ。そして、断末魔の、怪鳥のような咆哮を辺りに轟かせる。その時、村人達は恐怖に脅えるその目で、青龍の大きく開かれた口腔から薄い二藍ふたあい色の霧が噴出するのを見た。  

 そしてまるで桃源郷に誘うような、甘い、官能の香りが彼らの鼻孔を擽ったかと思うと、村人達のからだからはその薄紫の霧に包まれ、跡形もなく、消えた……。


 二三三0Z(グリニッジ標準時)、予定通りの地点で、千早は斑鳩に合流する。 九条は、まだ気を失ったままのベベルゥを稲節に任せると、紫宸殿に上った。


「紫京で戦闘が始まったというのかっ 」


「地球規模で発せられた妨害電波で、法皇様暗殺以後のTV中継が途切れ、情報が錯綜していますが、法皇様暗殺に新撰組が関与していた模様! 法皇様暗殺を切っ掛けに、プレタポルテ共和国軍・在京長州軍と新撰組が交戦状態に入っています!」 


「な、何という事だ・・・」


 九条は愕然とした。


「それで、幕府の動きは 」




第15話 了

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