第14話 緑扇宮家……




 城の外では大統領府を囲繞いにょうする湖が『旧約聖書 出エジプト記』の奇跡よろしく湖大橋から左右に割れ、穹窿型の蘭蛇帝格納庫が迫り出して来る。穹窿きゅうりょう艙口ハッチが開き、倒幕側が独自で開発した新型天部級蘭蛇帝百機がその姿を現した。 

 葵達長州藩士は都大路から羅紗小路、更に錦小路から絹小路へ。千条大橋を渡り遊郭のある友禅色町を抜けた葵達が、大統領より下賜かしされた長州藩上屋敷に駆け込む。既に藩士達が臨戦態勢を整えており、葵達が直ぐさま広大な武家屋敷の地下格納庫に降りて蘭蛇帝に搭乗すると、上部艙口が轟然と開いた。葵専用蘭蛇帝 長門ながと弐改にかい-が発進する。

 もう既に新撰組との戦争は回避出来ぬ状況にあった。いや言い方を変えるべきかもしれない。回避出来ぬ状況へと知らず知らずの内に追い込まれている、と。


「副長! 方位2-9-0に敵蘭蛇帝捕捉! あのデザインはメゾンチョーシューです! その他共和国軍蘭蛇帝多数、紫京上空に展開中っ!」  


「実闇殿、帰還しました!」


「副長! 対空砲火来ますっ! ウォッ! 左舷さげんに着弾!」


 紫京背後の山を刳り貫いた秘密軍事基地。その山肌が彼方此方で割れ、迫り出した対空ミサイル発射砲台から発射されたミサイル群が壬生を襲う!


「やむを得ん……。よし、総攻撃開始だ! 各蘭蛇帝発進!」


 実闇を収容した戦艦壬生は、幕府から下されている権限により、倒幕派志士達を殲滅せんめつする為に局長代行の副長真木が紫乃武、宇堂、也静らに攻撃命令を下した。紫京上空で蘭蛇帝同士の戦闘が開始されたのである。 


 そう。全てはシナリオのように動いていた。動かされていたのだ。




「九条様。石垣島新港には、灑音流三番艦ヴァンブーが入港中です。中立地帯とはいえ警戒が必要です。本艦は、針路修正して紫京へ向かいます。合流時間は二三三0Z(グリッジ標準時)、P-F-9の地点です。J・J! しっかり警護しろよ!」


〃わぁってるよっ! チッ! 早紀宗の野郎、いつも一言多いんだよ!〃


 台湾上空に差しかかる戦艦斑鳩から発進したJ・Jのスキュラッド・ヴァインと彼女が護衛する小型ランチ千早ちはや。その千早には艦白九条御息所自らが乗船している。

 前方には既に先島諸島の姿が見え始めている。左近衛さこんえの大将ギャッツビーが操縦するその後ろ、後部座席に座る九条御息所は、15年前に思いを馳せていた。後幻蔵帝が東宮とうぐうアニエス=ヴェーダにメインデザイナーの地位を明け渡したあの日。袞竜御衣こんりゅうのぎょいを纏った帝の手に抱かれていた赤子……。


(あの赤子がもうあのように立派に成長したとは・・・。光陰こういん流水りゅうすいの如しという事か……)


「艦白殿下。目標地点上空に到達しました。降下を開始します」


 ギャッツビーは有視界確認で、右舷に見える灑音流三番艦ヴァンブーの動きを監視しつつ、高級住宅街の一角にあるベベルゥの邸宅の広大な敷地に着陸した。

 それを迎えたのはセーラ服御庭番筆頭の愛蘭と、ベベルゥの高校の生徒であり電脳網絡メゾンベベルゥ=モードの専属魔奴宦達。だがその実彼女達は愛蘭配下のセーラー服御庭番達だった。

 彼女達だけではない。農夫や漁師らしき風体の人間、先程までプライベートビーチでその形の良い乳房を太陽に惜し気もなく見せつけていたスーパーモデル達までいる。いや、この高級住宅街を形成する丘の住民全部が集まっていたと言っても過言ではなかった。

 万が一の為に即迎撃態勢を取れるようJ・Jのスキュラッド・ヴァインを上空に残して着陸した千早の艙口が開き、九条とギャッツビーが姿を現すと、その全員が跪く。

 愛蘭の隣にいた、如何にも南国沖縄の男といった、褐色の肌を持つ体格のいい初老の老人が一歩前に歩み出た。愛蘭のたった一人の肉親である祖父の具志堅ぐしけん 稲節いなぶしである。母方の家系を辿ると、十四世紀末葉琉球中山の察度王の時代に明朝中国から渡来して久米村(現那覇)に居住していた「久米三十六姓」と呼ばれる中世華僑に溯るというこの老人はあらゆる武術、絲奏術、縫術の達人であり、ゲンゾウ失踪以後は、彼に替わりベベルゥにそれを教えてきた人物である。


「お久しゅうございます、東宮坊とぐうぼう大夫だうう稲節いなぶし殿」

 東宮坊大夫。即ち東宮(皇太子)に仕え、皇太子宮の内政を司る役所の長官である。そして今此処に集合している皆が東宮を護衛してきた者達であった。


「我ら一同、法皇様の命により緑扇宮りょくおうぎのみや様の御身をお護りして参りました。ですが、法皇様亡き今、その遺詔に従い宮様の御身を今上帝アニエス陛下にお預け致す」


「承知した。それで宮様は何処におはす」


「……宮様は、ご自分のお部屋に閉じこもっておいでです……」 


 愛蘭の表情は暗い。愛蘭が自分の正体を明かしてから、ベベルゥは一言も口を聞こうとしなかった。


「そうか。だが今は感傷に浸っている時ではない。我々は一刻も早く紫京に向かわねばならぬのだ。ギャッツビー、宮様をお連れしろ」


 九条の言葉に従って、ギャッツビーは愛蘭に案内されて入った邸内からベベルゥを連れて来た、いや引きずり出して来たと言った方がいい。ベベルゥの愛蘭を見る目は、氷のように冷たい。その目が、庭園に居並び跪いている皆に向けられる。この邸宅の庭師である知念一造さんや、苦瓜やサトウキビ等を毎日のように持って来てくれる、この丘の麓にある農家の宮城一家。ベベルゥ邸の付近に居住しし、快晴の日はトップレス姿でベベルゥの屋敷にやってきたりもするファションモデル達。そして家政婦のお瀧さん(ヴェロンナ)。


そんな皆が……。 


「僕を騙し続けてきたんだな」


 ベベルゥの目から涙が溢れ出してくる。


「止めて下さい宮様! 決して宮様を騙してきた訳では-」と、皆を擁護しようとした愛蘭の頬を、ベベルゥの平手が叩いた。


「皆知ってたんだろ! 僕が必死になってお爺を探していた時、皆お爺が何処にいるのか知ってて隠してたんだろっ! セーラー服御庭番?! ゲンゾウお爺が法皇様?! 僕が東宮だって?! 何だよそりゃ! 僕は、緑扇ルゥ! ただの高校生だ! 服のデザインだって好きでやってたんじゃない! お爺を探す為、自分で食べていく為に仕方なくやってたんだ! 倒幕がどうとかこうとか、そんな事、僕には関係ないんだ!」


「……言いたい事はそれだけか」


 九条がベベルゥの前に歩み出た。

「何だよ、あんたは!」


「『御洒落御免都市』で呑気に暮らす人間の言いそうな事だ。だが、全世界の殆どの女性は、幕府により美的レベルを杓子定規で定められ、それに見合った服しか着る事が出来ないのだ。だからこそ-」


 九条の言葉をベベルゥが遮る。


「……何が倒幕だ。だったらなんで、あんたらの帝は倒幕の為に挙兵しないんだ! あんたらの帝がぐずぐずしてるから、お爺が死んじまったんだぞぉっ!」 



「!」


第14話 了

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