第12話 石垣島


 -琉球石垣島-


 ベベルゥは顕示器の映像に瞠目し、震駭している。それはそうだ。突如強制配信されてきた中継映像に、行方不明になっていた祖父の姿があり、その祖父が前幻蔵帝さきのげんぞうてい、即ち下居おりい=譲位して仏門に入ったとされる後幻蔵法皇だという。青天の霹靂へきれき以外の何物でもなかった。

 画面ではこの紫京の都に変装して集結し、今このコレクション会場の殆どを埋め尽くしている世界各地から脱藩した浪士達が、プレタポルテ自治共和国大統領以下台閣の面々、将軍等の軍関係者が法皇を沈黙で見守っている。



「後幻蔵法皇の名において、聖衣大将軍カイル=ルガーフェルドを-」



 その時、一瞬、全ての時が止まった……。

  

 音の無い、一条の赤い激光が、法皇の心臓を貫く……。


「なっ……!」  


 衝撃の映像に、真木は言葉を失う。と、その時、


「副長! 実闇様から通信!」

                

〃副長! 申し訳ありません! や、奴です! 御公儀手配犯、坂本 賀星がせい! 奴が後幻蔵法皇様を!〃  


「な、何ッ!」


〃銃撃の末、暗殺実行犯は射殺しましたが、我が隊も全滅、奴は逃亡しました!〃


「わかった! これより壬生《みぶ」は紫京に向かう! それまで貴様は何とか持ちこたえろ!」


〃はっ!〃 


「壬生を浮上させろ! 進路1-1-3、最大戦速で紫京に向かう!」


 真木との通信を終えた実闇は通信機を握り締めたまま狂人めいた哄笑《こうしょう」を響かせた。


「フハハハハハハッッハァッ! これで真木、紫乃武、貴様らは終わりだぁ!」


 その高層ビルから俯瞰ふかん出来るステージ上では、ヴェロンナ達、御幻蔵法皇専属魔奴宦の絶叫。女性客の悲鳴。全てが無声映画のように流れていった。会場で、そして、この映像を見る全世界の人間達にとって。そして、ベベルゥにとって。





 -琉球石垣島-


「!」


 顕示器の映像は、斃れた後幻蔵法皇の許に駆け寄るヴェロンナ達や、混乱する会場の様子を克明に映し出していた。


「お爺……? う、嘘だろ……? えっ? お爺ぃぃぃぃぃぃっ!」


 泣きじゃくりながら顕示器を両手で激しく揺さぶるベベルゥに、


「ベベルゥ、お願い! やめてっ!」


 と、愛蘭も涙声で叫びながら抱き着いた。


「ううぅぅぅっっ……! 漸く……、漸く、会えたと思ったのにぃぃぃぃっっっ!」 


 愛蘭は、泣き声を、悲しさを吸い込んであげるように、ベベルゥの顔を胸に埋めた。甘酸っぱい少女の体臭が芳香療法のように、ベベルゥの気持ちを解していく。


(そう、そうです……。泣かないで下さいませ……。緑扇宮様……)


 心でそう呟いた愛蘭は、ベベルゥを抱いたまま、自分のIDを電脳のスリットに挿入、片手で鍵盤キーボードを操作した。紫京の様子を映す画面の右半分に別の映像が映し出される。IDに磁気記録されていた、3D化された愛蘭の裸体が上下左右に回転し、身長・体重・スリーサイズ・髪や瞳の色、及び数値化された美的レヴェル等が表示された。顕示器そのものが双方向照相機となっており、愛蘭の網膜パターンが識別されると、暗号コード確認の文字と共に回線が開く。



〃こちらアニエス=VE-DA旗艦斑鳩です〃


 大きなリボンを付けた菊乃少納言の姿が、画面上に現れた。


「後幻蔵法皇様直属セーラー服御庭番筆頭、具志堅=ルルド=愛蘭。法皇陛下より託された遺詔の事で、今上帝アニエス=ヴェーダ陛下に奏上したく、奏上回線 符丁コード『恐皇《あなかしこ』』を開きました」


 ベベルゥは、愛蘭のその言葉を聞き、ハッとして顔を上げた。


〃何だとっ!〃 


 画面は菊乃少納言からアニエス=VE-DA艦白かんぱく・太政大臣九条 御息所みやすどころに切り替わる。

 全世界に向け、倒幕の大号令を発する予定だった中継放送は、勿論斑鳩でも受信されており、斑鳩紫宸殿では殿上人達が情報収集の為に通信を入れる声が飛び交っていた。


(……! ま、まさかっ!)


 画面に映るベベルゥの顔を見て九条は言葉を失った。画面右隅の地図上には通信の発信地である琉球石垣島に輝点ブリップが点灯し、その座標が呈示されている。それを確認した九条は、


「わかった! 斑鳩は現在、フィリピン沖上空を航行中だ! 今からそちらに向かう!」



 九条は万が一の為に通信を切ると、「進路1-8-0!」と、操舵手の唐裁からたちの麻宮あさみやに命じた。




第12話 了

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