第9話 サツマの宙郷……

 


サツマとは『SA-TU-MA』(当て字で薩摩)。これはLa sansculotte tut laire maisonの頭文字を取った略語であり、その原意は『メゾンを守護する長ズボン(仏語のjupon)』であるが、これは《島順》藩主島田順子守斉昭のデザインした長ズボンが幕軍兵士の軍服に採用された事からの称号である。しかし、その称号サツマは、今志士の間ではこのような意味の略語になっていた。

それ即ち《La sansculotte tue maison。つまり、『急進的共和革命派が、メゾンを滅ぼす!』。これは、中世フランスで急進的共和革命派が長ズボンを履いていた事実に因んだものである。

 服の密造等によって巨額の利益を得ていたメゾンサツマは、今や倒幕派の中心的メゾンだった。

 そして葛城かつらぎ あおい。チョーシューの家老である。

 この長州は藩主森英恵守 敬親たかちかが行った『時代をシュールレアリズムにする』事を高らかに謳い上げた天下布武宣言とも言える、『チョー・ベリー・シュールレアリズム』宣言の略語である。カイル=ルガーフェルドにより天下統一された後、何れは……と期する念を込めそれをそのまま藩名とし、果たしてその通り、現在は薩摩と並び倒幕運動の片翼を担っている。

 古神道の秘教霊学における『雛形《ひながた』理論』。即ち北海道=南米大陸、

本州=北米・欧亜州大陸、四国=豪州大陸、九州=阿弗利加大陸と見立て、世界の大陸配置の雛形こそ日本であり、土地が霊的に照応しているという理論であるが、幕府はそれに従い、九州の薩摩州(旧鹿児島県)を阿弗利加大陸の南ア共和国に見立て、南ア・ナミビア・ボツワナ周辺の地域の支配を藩主島田順子守斉昭の薩摩(島順)藩に任じている。

 そして英・仏・西等の西ヨーロッパ諸国を管轄下に置くのがメゾンチョウシュウである。


「いよいよ倒幕の密勅が下る。宙郷殿。長い間法皇様をお隠し申し上げてきた甲斐があった。緑扇宮様にはお気の毒であったが、法皇様と宮様、両方の御身をお護り申し上げる為にも、あのまま沖縄にお二人で隠棲させておく訳にはいかなかったからな」


「やっぱい、子供を戦いに巻き込むのはまずか……。幕府との全面戦争になれば、完全中立性を保持するあの地に居る方が一番安全でごわそう」


 葵と宙郷が頷く。


「しかし、カイエンの到着が遅れているは気掛かりだ」

「そうでごわんど。無事で到着すいばよかが・・・」


 突如歓声が沸き出す。ショーの終焉、プレタポルテ自治共和国大統領に伴われ、いよいよこのコレクションのデザイナーが登場である!


 会場を響動どよもす万雷の拍手の中、モデル達に囲繞いにょうされステージに登場した白泰はくたいの老人。

 顕示器に映った、小柄な体驅たいくを紫の裘代きゅうたい所謂紫法衣しほうえで包んだその尼甫じほのその顔を見るなり、ベベルゥは思わず立ち上がった。



「お、お爺っ!」



 正に衝撃の再会であった……。



「プレタポルテ国民、並びに世界各地から集まった倒幕の志し厚きの志士達よ! 皆が待ち望んでいた時が漸く訪れた! 今世界の民は幕府により苦しんでいる! 全ての人種のファッションモードは『御洒落諸法度』により完全管理され、身分が美のレヴェルによって定められる! 人の価値は容姿が美しいか否かだけで判断されているのだ! だがそんな幕府支配も、もう終わる! 否! 終わらせねばならぬのである!」


 緋色の外套を翻し、大統領がその腕を青天白日の空へ高々と突き上げると、その演説で漸増していった観衆のボルテージは頂点に達する。


「我々に、いや全世界の、全ての生きとし生けるもの達に、常永久の『御洒落御免状』を御下賜ごかし下さるそのお方こそ、此処におられるさきの幻蔵帝、後幻蔵法皇陛下であるっ!」


 大統領の演説を受け、緑扇ルゥ、即ちベベルゥの祖父のゲンゾウ、いや後幻蔵法皇は、自分の専属魔奴宦ヴェロンナ達に優しい笑みを投げ掛けると、ステージ中央に歩を進めた。

 いよいよ倒幕の密勅みっちょく口宣くぜんで号令されるのだ!


(これでよい……。わしが倒幕のみことのりを発しなければ、いずれアニエスがそうせざるをえなくなる。これでよいのだ。もし倒幕軍が敗れても、下居おりいとなったわしなら何処どこぞに配流はいるされるだけですむのじゃから……。すまぬな、ルゥ……)


 ゲンゾウは大群衆を前にし、心の中で呟いた。


(……カイル=ルガーフェルドよ。お前が法秩序でもって保とうとしている美のバランス。だが、このままでは間違いなく人類は滅びるぞ……。じゃから、わしはお前を……)




第9話  了

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