第8話 既製服の中のオリジナル

 


 プレタポルテ自治共和国。世界最古、最深のバイカル湖を囲繞する、僅か四万 程の小国家である。

 曾てのロシア、シベリア地方は、二十一世紀初頭に国連に巨額で売却され、国連の信託統治領となり、多くの日本人が植民し、バイカル湖畔に計画都市『紫京』(旧ニージネ アンガルスク)が建設されていた。紫京は、国連により『ノー・ブランド地区』に指定され、『女性が一切のブランド物を身につけなかった場合の、女性の心理的・生体的変化、男性の性的欲求の変化、及び人口増加率を調査するモデル地区』とされていた。(その代わり自由な御洒落は許可)。

 此処は沖縄等のコレクション都市と同様、『御洒落天国』であった。此処に居住する女性達は、己が体をブランド物で包み込み、己が存在に付加価値を付けて欺瞞的な優越感を味わうような事はなく、正確に自己認識し、自分に本当に似合う服を着る女性達だった。

 だから世界が各々メゾンに支配されるようになり、国連解体後も国民投票の結果自己意志で『ノー・ブランド憲法』を採択し、世界初のノーブランド国家として独立したのである。だが外界、即ち幕府天領や藩領の民草は、正に地獄だった……。

 人民は自分の嗜好に合った服を着る事は出来ず、幕府や藩の法度という客観的な権度に照合し、お前は美しくないからその服は着るなとか、お前はこの色のAラインのドレスしか着てはならぬ、という世界なのだ。太い体型の者はボディコンシャス系の服を着る事は法的に許されず、身分、年齢、体型、顔の美醜に相応した服の着用が義務付けられているのだ。もしそれに反すれば、『幕府異端服改』に捕縛され、投獄、拷問される事になる。

 ノーブランド国家。幕府の干渉を受けないこのプレタポルテ自治共和国にあって、倒幕の芽は確実に育ち始めていた。紫京に倒幕の志士達が集まって来たのだ。

 また倒幕を目指す志士の中でも、三つの勢力が存在していた。

 一つは己のメゾンが天下を狙う為に、現幕府を倒そうとする各メゾンの志士。

 次に幕府以下、天下六十余メゾンその全てを武力によって討ち滅ぼし、この世の全てをノーブランド、即ちブランドのない世界に変えようとする、『ノーブラの志士』。

 最後に、幕府を倒す事においては同じだが、メゾンはそのまま。だがメゾンに支配され、そのメゾンの服しか着る事を許されない世界ではなく、誰でも好きなメゾン、誰でも好きなブランドの服を着て、好きにお洒落が出来るような理想社会を創造しようとする『開服の志士』。各倒幕勢力は、倒幕勢力を一本化したいと望みながらも倒幕後の世界構築まで見据えて、主導権を握ろうと互いに牽制し合っていたのである。



 都の北部中央、都大路が伸びる先に聳える皇城ラ・紫苑シオン。半径三㎞程の湖の中央に浮かぶその白亜の城の姿は、さながら白鳥のようであった。

 碁盤目状に整然と区画された都の中央を貫通する都大路は、多くの露店と人々の混雑で埋め尽くされ、一陽いちよう来復らいふくこのシベリア地方に漸く訪れた錦繍きんしゅうの季節のうららかな春の陽光が、神の恩寵であるかの如く平和なこの都に降り注いでいる。

 市場にはバイカル湖最西端に位置する、イルクーツク周域にしか棲息しない『神蛍』の繭から紡がれる『蛍絲』という蛍光色の糸で織られた反物やドレス、様々な着物や洋服、宝飾品等が並び、女性達の焦げるような熱視線を浴びていた。

 しかしそれら衣服類にネームタグ等、製造元が判別出来るような徴は一切付いてない。

 都大路から湖上に伸びて皇城とを繋ぐ石橋の上、その中程にある半径三百m程の円形の空間に特設されたステージには、志士達が集結していた。会場に至る湖上大橋の橋塔門では、幕府の間諜が紛れ込む事がないように厳重なチェックがされている。

 橋桁の上では、奇妙奇天烈な衣装を纏ったオババが獅子舞よろしく髪を振り乱して大声で叫んでいる! 然も、その橋の上に十字架が立てられ、全身ピアスだらけ鎖ジャラジャラのパンク系ファッションと、ダボダボズボンを腰で履きブリーフチラリのロンゲ茶髪のストリート系ファッションの若者二人、死に顔メイクに臍出しルックの少女とケバケバボディコンギャルの二人が磔刑に処されているぅ!

 人込みが、そのオババ達をやじ馬達が回りを取り巻いている。




「このクソババァッ! さっさと下ろしやがれぇッ!」


「フェ~ンッ! 下ろしてよぉ~ッ!」


 泣いて喚き散らす彼らの頭を、オババは杖でポカポカポカポカと殴ると、


「グミ神様がお怒りぢゃあッ! こないな服が流行するとは世紀末なのぢゃあッ!」


 目ん玉ひん剥いて聴衆に向かって絶叫し、十字架上の彼らの服をひっちゃかめっちゃかに掻き毟り始めた!


「キャァッ!」肌も露になった臍出し少女とボディコンギャルが泣き喚くぅ!


 野次馬共はやんややんやの大喝采!オババは調子に乗ったか、小躍りしながら、


「皆の者、悔い改めるのぢゃ! さもなければ世界は滅亡しちゃうのぢゃ!」とお説教!

 何時の時代何処ででも、若者達の生み出す反体制的なファッション、伝統から外れた異端ファッションは大人達から容認されない。

 アングラ、ヒッピー、キッチュ、グランジ、ラッパー、ユニセックス、フォークロア等、伝統的なファッションの在り方を無視した世界的な反体制ファッションの流れ。日本でも、大映画スター故石原裕二郎を真似た太陽族ファッション、フォークシンガーや彼らを支持する若者達の独特の長髪にベルボトムといったヒッピーファッション、ホコ天に群がった竹の子族のキッチュファッション。今巷で流行している、世界的スーパースターマドンナを象徴とした、丈の短いトップを着て臍を出す等する『ベア・ミドリフ・ルック』(元々はシクスティーズファッション)。そんな若者達の格好に、大人達は眉をひそめる。

 古く日本では、室町期のバサラ者や戦国から江戸初期を駆け抜けた傾奇者。伝統的な因習や生き方を否定し、型破りに生き抜く、いや粋抜こうとした彼らは、一時時代に愛されもしたが、その権威をものともしない態度で傾奇いた格好をしたアヴァンギャルドなファッション革命児達は、忠義を以て法治国家たらしめんとした徳川幕府に抹殺された・・・・・・。

 徳川家康が征夷大将軍に補任され江戸に開幕した慶長八年、その九月に出された禁中法度では、傾奇者の『異類異形の出で立ち』を禁じ、慶長十四年五月には傾奇者七十名余りが一斉に検挙され、内何名かは斬首されている。

 古代ローマ帝国が初めて身分階級に応じた服装を法律で定めて以来、服は本来の目的とは違った価値、即ち社会的地位や身分を視覚的に認知する為の手段として支配者側から価値づけられてきたのは歴史的事実である。そして、法律上であれ風習上であれ、それから逸脱したファッションの人間は、取り締まられたり社会から異端視されてきた!

 常識という呪縛に捕らわれた大人達は、己の内的世界を構成する概念体系の秩序を破壊する不快なものを排除しようとするのである!

 そしていつも常識を破壊せしめ、もっと自由なまでの独自の『美』を追求してきたのがバサラ者であり、傾奇者であり、若者であり、パワー溢れたファッションデザイナー達だったのだ! 


 そんな若者達を葬り去ろうというのか! オババよ! 


「ババァ!放してやれぇッ!」


「幕府の回し者かぁッ!」


 若者達の怒りが猛り狂ううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!

 オババに対して激しく物が投擲される中、今度は大人達が、


「イヤ、オババの言う通りじゃッ! 若いモンの近頃のカッコはなっとりゃせんのじゃぁ!」 


 と、今度は大人達がオババを擁護して反撃に出る。

 もう辺り一帯は若者対大人の対決となり、一足触発の睨み合い! そんな争いに拍車をかけるように、ステージの方では太鼓が打ち鳴らされている。


 ドドンドン!


 盆踊りじゃあるまいに、立てられた櫓の上で、ハッピを着たケムクジャラの鉢巻き熊男が太鼓を打ち鳴らして吠えている。会場の観客の顔触れも様々で、老若男女カマナベ、エルフにドワーフ、奇抜な衣装の傾奇者やらスケスケランジェリー姿のお水系おねえさん方が、興奮しまくり熱気ムンムン! ランバダ踊りーっ!

 そんな光景が遥か遠く沖縄石垣島にいるベベルゥの電脳の顕示器に映し出されている? いや此処だけではない。この様子は全世界の電脳に強制的にダウンロードされていた。


「これって、違法の海賊ファッションショーじゃないか!」 


 ベベルゥはそう言って顕示器に釘付けになった。


 モデル達の顔触れは何とも様々だった。ヴェロンナ(五十一歳 B-W-H=110-100-110)のような中年のデップリと肥えたおっかさんタイプの女性を筆頭に、臨月間もない妊婦のアンナちゃん(十七歳 B-W-H=85-80-86)がで髪の毛をトサカのようにされていたり、パリコレやエドコレなどでは到底考えられないモデルが沢山! だが、それはアットホームな雰囲気であり、モデル同士が己の美を張り合ってぎすぎすしているような他のコレクションの雰囲気とは全く違う、とても暖かい光景だった。

 次はエマ=リシオちゃん(十五歳 hair-ブロンド eyes-ブルー T=165 B-W-H=83-59-84)が、ハイウェストの純白のクリノリン・ドレスを纏って御登場! 銀のティアラを戴き、フランス人形と見まがうその優雅さと気品ある眉目秀麗な容姿に見え隠れする、初めて人前に立った少女の羞恥が、会場中の若い男共の心をくすぐり、熱狂的なラブコール!果てはステージに上がってプロポーズする野郎までいる。

 然もヴェロンナは、エマちゃんに求婚しにステージに上がって来た若い男をひん捕まえると、ガハハハッと豪快に笑いながらそのままバックステージに戻っていくぢゃないか!

 そのヴェロンナの顔を見たベベルゥの顔が凍りつく。

 そして、彼女達モデルが着ている服を見つめる、ベベルゥの顔色が突然変わった。


(お瀧さん?! 然もこ、この服は・・・。ま、まさかっ!)


 そのバックステージの壁には、既にヴェロンナが生け捕ってきたいい男達が戦利品のように磔に掛けられ、「うぉぉぉんっ!うぉぉぉんっ!」と泣き叫んでいるぢゃないかっ!

 大爆笑が起きているのはバックステージだけではなく、ステージの方も何とも賑やかである。特別席でプレタポルテ自治共和国大統領が御観覧遊ばしているにも関わらず、厳粛な雰囲気など一切なく、モデルとなっている自分の奥さんや娘、恋人等がステージに登場すると、夫や父親、果ては親戚一同までがステージの上に怒涛の如く押し寄せて、モデルと一緒にウォーキングするのである。

 何とも桁外けたはずれなコレクションだった。演出も何もない。冠絶かんぜつまでに美しい、女神と呼ばれるエルフのスーパーモデルが登場し、これ程かというまでに錦上きんじょう花を添うパリコレ等のステージとは全く対照的なステージ。出て来るモデルは、生活感を漂わせる普通の女性ばかりであり、魔道士が召還したウィル・オー・ウィスプが飛び回ったり、ステージ上に突然瞬間移動でモデルを出現させたり、幻覚や変化・変換の呪文を唱えたりする、魔法を使った観客の度肝を抜くようなビジュアル重視の派手な演出もない。だが……。



「……暖かいな」


「まっこて、そん通りでごわすなぁ……」


 観客席に座る二人の侍がしみじみと呟く。一人はやや細身、長身で総髪の色男。もう一人は、顔が四角なら体型も四角。ふっとか眉毛にクリクリお目々が印象的な、ずんぐりむっくりの侍。


「白を基調にしたあん服の色づかい。そいに女の体に優しいゆったりしたフォルム。幕府主催のパリコレのステージで発表される、コルセットなしでは着れんような、着る者を選ぶ服ではなか。ほい、葵さァ! あいを見っくいやんせ? あげなふっとか女が、モデルで登場するステージを見た事がありもすか?」


宙郷ちゅうご殿。感動するのは構わぬが、我々が此処に居る理由を忘れて貰っては困る」

 葵に、宙郷と呼ばれたその男は、ステージ上で豪快に笑う中年大女ヴェロンナに恋したかのように瞳をキラキラさせている。大郷の熱視線に気づいたヴェロンナが大郷にウィンクかますと、大郷は思わず立ち上がって、頭から蒸気、蒸気の湯気ポッポ! だが、背後に控えていた数人の供侍に声を掛けられ腰を下ろしたメゾン薩摩の家老である西条 宙郷は、急に真顔になった……。




第8話  了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る