第7話 愛蘭とルルド

 


 ベベルゥがぶっきらぼうに、その金髪美少女に答える。


 具志堅ぐしけん=ルルド=愛蘭あいらん。名前が指し示す通り、琉球とフランスのハーフである。幼馴おさななじみの緑扇りょくおうぎルゥがデザイナーの電脳網絡メゾン、ベベルゥ=モードの専属模特であり、今や高校生超絶模特として同世代の少女達の圧倒的支持を集め、ファッションリーダー的存在でもある。


「ああ~んっ? 『何か用かい?』じゃないわよっ! 学校サボタージュして何やってるかと思えば、自分の部屋全然見ないで、人の部屋ホームページばかり覗いてるんでしょっ!」 

 

 愛蘭が毛繕けづくろいしている虎太郎の側で腕組みをしてぐるりと首を巡らすと、た、確かにこの部屋の汚さも尋常ではない。

 時代錯誤も甚だしい型紙やら布切れ等が散乱していて、足の踏み場もない状態だ。


「家中ひっちゃかめっちゃかで! 何よこの有り様は」


 鬼の角と牙を出すかのような形相ぎょうそうで、愛蘭が怒鳴ると、ベベルゥはハッとして振り返り、


「ま、まさか、俺の部屋に入ったのか?」と、慌てて叫ぶ。


「入らないわよ! どうせ変なものが一杯置いてあるんでしょ!」


 そう言って、部屋の中央まで歩を進め、ゴミを片付け始める愛蘭を見ながら、ホッとして愁眉しゅうびを開いたベベルゥは、体を戻し、再び顕示器ディスプレイと向き合う。


「ねぇ、お たきさんはどうしたのよっ!」


 私の御先祖は源平合戦に敗れ、石垣島に流れ着いた平家の落人だったというのが口癖の、五十路いそじを過ぎたこの家のヘルパーである。

 平家の落人伝説は石垣島だけでなく、竹島、口之永良部島くちのいらぶじま、口之島、中之島、臥蛇島、宝島、硫黄島、奄美大島、与那国島等に実際に存在する。

 いくら沖縄、特に一番最初に高度情報インフラのモデル地区となったこの石垣島でハイテク化が進もうと、人の温もりが感じられぬサイバネット・ドールなんぞは御免蒙るってもんだ。

 ラブドールが人肌を持つかどうか。


「ああ、今休暇取って与那国に帰ってるんだ。だからさ、それより何なんだよ」


「相変わらずノンキーね!」と、電脳の鼠標示マウスを操作し、ベベルゥの部屋を呼び出す愛蘭。


「御覧遊ばせ! アメリカ・フロリダの社長夫人のドレス、アフリカのブッシュマンの腰巻き、イヌイットの毛皮にetc! 計150件! あんたにデザインして欲しいっていう依頼よ!」


「へぇ、イヌイットからも? 彼らの白に関する色彩感覚は鋭いから、難しそうだなぁ……」


「依頼者から何時迄経っても返事がないっていう電子郵件メールが私の方に来てパンク寸前よ!」


 顕示器をペチペチ叩き、耳元でがなる愛蘭。


「っ!」


 突然ガタッと立ち上がり、窓に向かったベベルゥが、瞼を閉じ耳を欹てた。


「何? ちょっとどうしたのよ 」

「……時々聞こえるんだ……」


「何が?」



「アー……ムー……ラー……って……。海の底の方から、悲しい声で、聞こえるんだ……」


「どれ……。ふ~ん、私には聞こえないわよ。アムラー……か。何だか千五百年以上前のファッションスタイルみたいな名前ね」


 ソファーに座り膝に抱いた虎太郎の頭を撫で撫でしながら愛蘭がそう言うと、ベベルゥは目を開け、プライベートビーチの遥か向こう、石垣島新港に入港している船を眺望した。

 灑音流三番艦ヴァンブーである。


「灑音流の軍艦か……。お爺がいなくなった日と同じだ……」


 あの時も、同じようにその声を聞いた、とは、ベベルゥは言葉を続けなかった。

 漆黒の船体には遠目にも判別出来る程明確と、白抜きで灑音流の徽章が輝いている。

 緑扇りょくおうぎ幻蔵げんぞう。ベベルゥの祖父、たった一人の肉親は、丁度こんな日行方不明になった。ベベルゥが十二歳の時だ。ベベルゥが学校の宮城島での臨海学校から戻った時、その頃石垣市街で営んでいた小さな洋品店の店内は荒らされ、幻蔵がデザインした服の一切が床に投げ捨てられ踏み躙られていた。そして、幻蔵の姿も消えていたのだ。

 それ以後の事だ。ベベルゥが自分のデザインした服を国際電脳網絡で発表し続けたのは。もし幻蔵が何処かで生存しているなら、必ずモードに携わっているに違いない。必ず自分のデザインした服を見てくれているに違いない! 手掛かりを得る為にファッション・モード関連のあらゆる部屋にネット・サーフィンもする。必ず幻蔵は生きている!


 ベベルゥはそれを信じていた。


「……ごめん、ベベルゥ。さっきは少し言い過ぎたね……」


 それを知り電脳模特として協力している愛蘭が、そう妄言多謝する。愛蘭は重苦しい空気が流れるのを嫌って、

「そ、そうだ! お爺ちゃんが今日の稽古は休みだって言ってたわ。だから、これから


 皆誘って灑音流の船に行かない? 一カ月後には私達のブランドベベルゥ=モードのコレクション開くんでしょ。ショーの最後にあたしが着るマリエ(ウェディングドレス)のデザインの参考になるかもしれないしさ。マリエのデザインまだだったんでしょ?」 


「ん? あ、ああ……」


 ベベルゥがそう言葉を濁したその時だ。

突然顕示器がレッドアウトし、警告音が鳴り響く。通常これは、地震や台風、津波等の災害を知らせる為に強制的に電脳に介入するシステムのものだが、次の瞬間顕示器に魔法陣のようなものが映し出された。ベベと愛蘭は、一緒に顕示器を覗き込む。


「っ……! 幻蔵の徽章?」


 メゾン幻蔵。十五年前、群雄ぐんゆう割拠かっきょする天下六十余メゾンを統一し、武力で人民のファッション・モードが支配される時代に終焉しゅうえんもたしたのが、メゾン幻蔵である。

 人々の歓喜! だが、それは雲燿うんようの一瞬のものだった。衆望厚く、このお方なら必ずファッション・モードを変えてくれるに違いないと思われていた幻蔵帝は、突然聖衣大将軍カイル=ルガーフェルドに幕府を開かせると、譲位して下居帝となってしまったのだ。

 古来日本の武家政治の方式の採用。即ち、デザイナーを帝とするメゾンという国家内で、聖衣大将軍をトップとする軍部が軍事クーデターにより帝から政権を奪取するのではなく、武力を楯に政権の委譲いじょうを迫ったのだ。 

 これにより、全世界を飛び回る幕府艦隊の武力によるファッション・モード支配が始まった。 その元凶ともなったメゾン幻蔵の徽章エンブレムが回転しながら消えた後の画面に映し出されたのは……。




第7話 了

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