第6話 琉球王国




「それっ! んしょっ!」 

                               

 立ち乗り自転車で坂道を上る少女の長い金髪と、セーラー服のスカートの裾の襞が、沖縄の青い海を背に爽やかに琉球の風に揺れていた。

 丘の上にある超高級住宅街に続くループ状の舗装された坂道の両脇には、透き通るような金髪少女の白磁の肌とは対照的な、真っ赤なでいごの花が咲き誇り、その彩りをスカイブルーの空に投げかけていた。


 一転眼下に視線を投じると、高層ビル群が犇めくハイテク都市が広がっている。

 琉球県石垣島市自由貿易地域川平地区。二十一世紀初頭『デジタルアイランド構想』による高度情報下部構造の整備で正に『ハイテク・アイランド』と化したこの石垣島西部のこの川平地区は、香港、台湾と中国貿易の中継港である石垣新港(旧川平港)の港湾都市として発展してきた場所である。

 景勝地として知られる川平湾に臨むこの石崎半島の川平地区は、正に新香港さながらで多くの観光客を集める共に、ファッションの中心地でもあるこの『御洒落御免都市おしゃれごめんとし』は殷賑いんしんを極めていた。

 参勤交代の途中で立ち寄るメゾンの多くが戦艦が石垣島港に入港する時は、正にフェスティバルさながらで、戦艦の船上、船内でそのメゾンのコレクションが開催され、服飾、宝飾類を買おうとする観光客や世界各地のバイヤーが、こぞってその戦艦に乗り込んでいく。

 そう、今正にその石垣新港には、現在聖衣大将軍カイル=ルガーフェルドが幕府を開くニューヨークに参勤交代で訪れていた各メゾンの軍艦が、国元に帰る途中に此処に寄港し、港は活気に溢れている。

 だがもしかするとそれも最後の光景になるかもしれなかった。

 と、その金髪美少女が、眼下に広がる川平湾の石垣新港に入港しつつある戦艦を見つけた。



「……ん? へぇ、灑音流の軍艦かぁ。明日皆誘ってショッピングといきますかぁ!」 


 そんな事を荒い息の合間に呟き、少女の自転車が小高い丘の上の一軒家の前に急停止。


 キキーッ! バタンッ!


「ベベルゥ! ベベルゥ、いるんでしょっ!」

 回線ID=ユーザーネームIDを使って家に飛び込むなりがなり立てた少女は、次々と部屋を改めていく。キッチンに入って食卓の上のお菓子を一つ口に放り込むと、浴場からトイレまで片っ端から御用改めし、二階に上がろうとしたその時! その少女を虎が襲った!


「っ!」


 なんていうのは誇大文章だが、少女に虎が飛びついてきたのは本当だ。ホワイトタイガーの子供、に見えるような大人。遺伝子操作により体長50㎝以上には成長しない種類で、そのあまりの可愛さから世界的に大ブームを起こしたのだが、今は捨て犬ならぬ捨て虎が社会問題となっている。


「キャハハ! ちょぉっ、止めてってば、くすぐったいぃぃぃ!」


 白虎とくんずほぐれつ……、もとい! 床に寝転んで戯れている金髪の美少女が、


虎太郎とらたろう、ご主人様は何処?」


 大の字に仰向けになって白虎の虎太郎を胸の上に乗せ、笑いながら問いかけると、虎太郎は少女の腕から抜け出し、ガウッと一鳴きして二階へと駆け上がった。


 第二香港計画。1984年、イギリスと中国の間で香港返還が調印されたのを契機に提唱された、太平洋地域に第二の香港を誕生させようとする計画である。英領カリブ海のグランド・バハマ島、北アイルランド、スコットランド。ダーウィン(豪)、マクタン島(比)等、多くの候補地が挙がった中で、結局新香港となったのは、香港に替わる中国貿易との中継点を欲しがっていた台湾の、公式非公式合わせて200億ドル以上の投資、援助を受けた沖縄だった。

 日本、韓国、中国(上海)、台湾、香港、フィリピン(マニラ)を包括する『蓬莱経済圏』。圏内GNP4000億ドルもの巨大経済圏、新たな大東亜共栄圏とも言うべき、沖縄をその中核とした巨大経済圏構想を提唱、推進してきた当時の橋本内閣官房長官梶山静六氏を中心に、沖縄自由貿易都市構想を前提とする、沖縄における『法人税引き下げ等の規制緩和』、『ノービザ制度』等の法的改正による実現への地固めがされたのが、平成15年(西暦2003年)も押し詰まった12月だった。

 20年後の令和5(2023)年には既に多くの海外企業が沖縄に進出。タックス・ヘヴン沖縄は、内外から多くの観光客を集める国際自由貿易都市、正に新香港となったのである。

 それと前後して、音楽界でメガヒットを飛ばし続ける安室奈美恵やSPEEDを輩出した沖縄を、放送局や映画スタジオ等が集積したエンターテイメント産業の一大中心地、ハイテク化された『メディアポリス』にしようとする『マルチ・エンターテイメント・シティー構想』が、旧通産省の『デジタルアイランド構想』、旧郵政省の『マルチメディア特区構想』 を総合、令和5年から米軍基地跡地を利用した高度情報下部構造の整備により着々と進み、沖縄にはイーストハリウッドと呼称される映画産業都市が形成されていた。

 琉球県は軍備全廃、地球連邦誕生を目指す国連が置かれる場所として、映画、音楽、モードあらゆるメディアで、世界平和を世界に訴え続けており、それはメゾン支配時代も変わらず続いたのだ。

 特にファッション・モードは東京コレクションに替わり沖縄コレクションが開催されるようになる。『オートクチュール=特製品』と『プレタポル=既製服』、両コレクションが開催される、パリやミラノ、ニューヨーク、ロンドン、この沖縄等は、『自由貿易都市』、『御洒落御免都市』として、どのメゾンにも属さずに中立性を保持しており、此処には天下六0余メゾン全てのブランドの服飾類が集まる。

 そこに目を付けたのが、彼らである。漫画家やイラストレーター、出版、ゲーム産業等の若いクリエーター達が国際電脳網絡を使って自分達がデザインした服をホームページ上に発表。直接世界の特権階層の人々から注文を取り、イーストハリウッドの映画衣装会社に発注するという新たなスタイルを成立させたのだ。電脳網絡メゾンの誕生。それは、タックス・ヘヴン沖縄ならではのスタイルである。

 その為に、年収何千万も稼ぐ高校生等も出現していた。

 緑扇ルゥ。通称ベベルゥ。電脳でんのう網絡もうらくメゾン、ブランド、ベベルゥ=モード、通称ベルモのデザイナー。彼もそんな高校生の一人である。

 眼下に景勝地として知られる川平湾が広がり、海岸のプライベートビーチにはトップレス姿のスーパーモデル達が、眩しい沖縄の陽光を浴びている。そんな、映画スターやスーパーモデル達の別荘が立ち並ぶ石垣島石崎半島の高級住宅街の一角にある、彼が住んでいるプール付きのこの豪邸も、彼一人の稼ぎで購入したものだった。

 しかしそんな広い豪邸に住んでいるのは、ただ彼一人であった。

 その豪邸の二階、二十畳程の部屋は、紺碧の沖縄の海が俯瞰出来るよう東側が一面嵌め殺しの窓になっている。『インテリアの壁面は反射率60%を超過してはだめ』という原則を守り、貝殻の粉末を漆喰しっくい(白)と混ぜ合わせたオフ・オワイトの壁。配合色としてブ ルーで統一された洗練された調度類に囲まれ、緑扇ルゥ、通称ベベルゥは、顕示器の前に座って、絆創膏だらけの指で鼠標を動かしていた。


「ふー……。今日も手掛かりなしか……」


 ベベルゥがそう呟いた時、いきなり部屋の扉が勢いよく開き、白虎と全身引っ掻き傷だらけになった少女が飛び込んで来た。


「ちょっと! ベベルゥ! あんた、このバカ虎に一体どんな躾してるのっ 」


 荒い息の合間に、目を吊り上げベベルゥに怒鳴る少女。これでも一応スーパーの冠が付く電脳 模特 《モデル》(インターネット上で活躍するモデル)であった。

電脳模特とは、電脳網絡メゾンが電脳網絡上で開催するファッションショーで登場する模特の事である。当然実際に彼女達が登場する訳でなく、リアルなCG映像の彼女達が様々なドレスを纏って登場するヴァーチャル・ファッションショーであり、だからこそ彼女達は専属模特でない限り、多くのコレクションのステージに同時に出演する事が出来る。よって、その出演料も莫大である。

 

 その電脳模特は実際の女性ばかりではなく、アニメや漫画のキャラクターも模特として活躍しており、特に今『グミっ娘』シリーズの『グミっ娘戦隊 パイパジャマー』のキャラクターは、世界各地の電脳網絡メゾンのコレクションに引っ張りだこの状態である。



「何だよ、愛蘭あいらん。何か用か?」




第6話 了

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