第2話 《壬生》の群狼



 プレタポルテ自治共和国。世界最深(1,742m)のバイカル湖を囲繞する、僅か4万ha程の国土を持つ、二十一世紀初頭に誕生した小国家である。そのプレタポルテ自治共和国に向かって、アラル海上空を単機飛行する藍青色の蘭蛇帝のシルエット。その蘭蛇帝を、純白の機体をした二十数機の蘭蛇帝が追撃していた。

ファッションモードの世界では、既製服をプレタポルテ、オートクチュールとは特注品の事である事は最初に付記しておく。


 ドウッ! ドウッ!


 背後から撃たれたビームライフルの火線が追い越して行く。

  

「チッ! 外したっ! だが、匂い付けしているのだ! 逃げ切れると思うなっ!」


 羅漢よろしく厳つい顔の偉丈夫がコクピットで吠えた。と、その時通話モニターが開く。


「弌番隊このまま、二番隊は左、五番隊は右。宇堂さん、三番隊は下からお願いします!」


 左右の肩に『壱』『隊』と墨字で書かれた蘭蛇帝のコクピットに座る美丈夫。


「わかった!」


 羅漢のその声と同時に、追撃隊は四隊に別れる。そして弐番隊、伍番隊は速度を上げ、 目標の蘭蛇帝の左右を並走しながらビームライフルを斉射する。

 青の蘭蛇帝は上下に動いてその射撃を回避するが、真下に回り込んだ宇堂以下の参番隊が間髪入れずに攻撃した為、青の蘭蛇帝の逃げ場は上にしかない。だがそれを待ち構えていたかのように一番隊が一気に距離を詰めながら攻撃を開始した。

 左右上下に逃げ場を失った青の蘭蛇帝に白の蘭蛇帝群の一斉砲火が襲いかかる。

 しかし青の蘭蛇帝は信じられぬ程の回避を見せた。四方からの集中攻撃を避けたのだ。


「ま、まさかッ?! 新撰組の必殺戦法をかわした?」


 羅漢、参番隊組長の宇堂は驚愕の悲鳴を上げた。その時である。


〃フフフッ・・・・。アハハハハッ!〃


 宇堂の通話モニターから笑い声が聞こえてきたのだ。


紫乃武しのぶ?」


流石さすがじゃないですか。こうでなくちゃ面白くない!」


 正に美丈夫、弌番隊組長紫乃武は満面に笑みを浮かべると同時に刀をスラリと抜き、フルスロットルでバーニアを噴かし、急速で青の蘭蛇帝目がけて降下した。

 青の蘭蛇帝のモニターに背後に高熱源体接近の表示が点滅し、警報が鳴り響く。

 弌番隊組長紫乃武の蘭蛇帝メルクルシオンが、踊るように青の蘭蛇帝に襲いかかる。



「ザイヴード ザイヴード マグロン……」



 

 紫乃武によって詠誦された言霊が、コクピットを包む『聖梵フレーム』に分子レヴェル で封入された極小の『曼陀羅チップ』に感応し、その言霊に対応する梵字を全天宮モニター上に浮き上がらせる。そしてメルクルシオン頭部の額の位置、即ち人体で云う『アージュニャー チャクラ』にある『第三の眼』が開眼し、その紅黄ルビー色をした瞳孔から銀色の梵字が精霊魔術の神咒かじりとなって漆黒の闇に流れ出した瞬間! メルクルシオンが刺突に構える愛刀『紅桜』の刀鋩に、紫電を纏った巨大な風球が生じた。そしてドクンドクンと脈動する炎をその核に抱いた風球が高速回転を始める。

 そして射干玉にばたまの闇夜に驚呂おどろに舞う銀色梵字が、森の香気を孕んだ周囲の空気と共に風球に吸い込まれると、まるで梵字の鎧を纏ったその風球が更に超高速回転をする。


    

「……盟約の言霊に従い 闇を切り裂く風となれっ!


                        【風裂レヴラムッ】! 」



 刹那! その梵字が弾け飛ぶと同時に振るわれたメルクルシオンの『紅桜』! 爆裂した空気の束が幾千条もの炎雷を孕んだ烈風の斬撃波となって青の蘭蛇帝に背後から襲いかかる!

 紫乃武本人そして宇堂以下の誰もがその心で一足早い快哉を叫んだ瞬間、驚愕すべき事が起こった。大気を振動させて放たれた幾千もの斬撃波が青の蘭蛇帝を捕らえようとたまさにその時、青の蘭蛇帝の全身から白青色の光が吹き出したかと思うと、再燃焼室を掛けた以上の信じられない程の加速でその斬撃波を躱したのだ。その斬撃波が地上に激突し、360度映し出す全天宮モニターの左下に映し出される何haもの森林の樹木が薙ぎ倒された光景を俯瞰する紫乃武が、

「紫乃武! 逃げろっ!」

 という宇堂の絶叫で視線を戻した瞬間だった。


 月華を背にして満天の夜空を横切る、一条の青白い光り・・・・・・。


 いっそ幻想的なまでの流星のような煌きに、一瞬心を奪われた紫乃武を激震が襲った。燐光に包まれ青白く輝く青の蘭蛇帝が正に神懸かり的な速度で、彗星の如く紫乃武のメルクルシオンを攻撃したのだ。



「グハッ!」



 モニターに顔面を痛打し紫乃武の額から鮮血が飛沫いた。完全に動きを止めたメルクルシオンに、尾を引く一個の彗星と化した青の蘭蛇帝が、神速で一撃離脱ヒットアンドウエイを繰り返す度、紫乃武の体は大きく揺さぶられシートの上で踊るように跳ねた。

 バーニアの死んだメルクルシオンの自由落下を、彗星と化した青の蘭蛇帝の体当たりとも言うべき攻撃による物理的な力がそれを阻止している。

 音速を遥かに凌駕した速度でありながらも、急速反転を僅々の距離と時間で繰り返す、物理法則を無視した彗星の動きは、



いっそ華麗な舞と云ってもよかった。




(……ぼ、僕は、このまま死ぬのか……? ……り、流星さん……)



「紫乃武ーッ!」




 為す術なく玩具にされるメルクルシオンを助けに行こうとするブラゼイガル。その宇堂の前で突如彗星の動きがメルクルシオンの直上で停止した。

 無残に無残に斬り刻まれたメルクルシオンが落下を始めるのを、青白い彗星の球が掴む。そして次第に彗星を包む燐光が薄れていった時、宇堂達の前に出現したのは、正に龍に変形した青の蘭蛇帝の姿だった。

 まだ青白く輝き、龍を彷彿とさせるその異様なシルエット。その後ろ足の鋭い鍵爪でメルクルシオンをがっちり掴み、どす黒い邪気を孕んだ呼気を吐き出すかのような禍禍まがまがしい咆哮を上げるその姿は、百戦錬磨だった宇堂達の心に恐怖という二文字を刻んだ。



「・・・・・・ば、化け物か・・・・・・」


 

 宇堂が唾棄するように呟いたその時、その鍵爪が離れて、メルクルシオンは百m下の森林へと落下していく。


 そして龍化ドラゴナイズした蘭蛇帝は、凱歌を高らかに上げるように一鳴きし、再び強い燐光を炎を吹き出すように発した一個の彗星と化した後、長い尾を引きながら漆黒の闇に流れていった……。




第二話 了



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