第29話 渡し守が寝る為の仮小(仮庵=スコット=仮の幕屋)


 下総《しもうさ)国-茨城県南西部、千葉県南西部の野木崎を、徳川家康公が元和元年(1615)夏、鷹狩の途中、椎名家を立ち寄り、約一反堀の店舗を与えた朱印状が残されているが、氾濫していた鬼怒川、利根川を向こう岸まで無理して=我慢して渡した渡し守がいたようだ。

 野木崎側に寝小屋と言う屋号が残っているのは、千葉県側に住んでいた渡し守が野木崎側で寝る為の小屋があったと言う事である。

 守谷市史跡の我慢の渡しは、現在の環境センター土手付近にあり、野木崎下河岸の明治乳業守谷工場付近ではない。


 蛍ははたを織っていた。

 自分で着ていた着物の袖を鞠と、相手が着る帷子かたびらに織り込むと、想い人の命が護られる。

 摩利支天まりしてんの護身の法。

 九字切り。縦4本、横5本手印で空を切る。

 機織-縦本に4。横本に5。


「右の袖はサスケの為」



「左のは……」



 蛍の着物。


 両袖がない両の脇から、白桃のような乳房が覗く。






「!」


 サスケが、


「どうした? 英瑠」



「蛍の姿が見えないな」




 蛍は小さな湖の辺りで、機織で流した汗を、水浴びで流していた。


「!」



 蛍が振り向く。


「!」



 声があげられない。

 口が塞がれる。

 蛍の片目が、蛍を襲うものの顔を焼き付ける。


「!」


 妹思いの渡し守の優しい顔は、鬼のように醜く歪んでいた……。


「許しておくんなさい! 我ぎの為なんす」


 渡し守の言葉は誰にも聞かれる事なく。


 闇に流れていった……。


木下藤吉郎秀吉が、数え13歳の佐吉と言う少年に遭った時、ある蹴鞠道の少年の顔を想起した。

サスケ。

 佐吉と言う少年は言った。

 ぬるめのお茶を出しながら。


「比婆の木の枝と葉をくべると思うより燃えるのです」


「……合戦かっせんで命を落とした哀れなむくろも、速く燃えるだろうな」


 藤吉郎秀吉は天を仰いだ。


 1571年9:月、穏やかな秋の日。

 風はなぎ(無風)の状態。

 比叡山は焼かれた。

 比婆の木は思うより燃える。

 夏型の気圧配置で高い気圧から低い方に加勢は流れる。

もし比叡山が山火事になった時に京の都は大火になるだろう。



『禿げねずみは何処に在る!」


 信長公の怒号が響く。

 信長は第六天魔王になろうとしたと言うが。

比叡山は京都の丑寅。

 金色ごんじきの夜叉王になろうとすれば、焼いた比叡山に城を建てるだろうが。

 比婆の木は燃え、禿げ山になった……。



「?!」


 森の中のきこりの寝小屋で蛍は目覚めた。


「服は妹が着せた」


蛍がギョッと後ろを振り返ると、蛍そっくりの美少女が髪の毛を後ろに結び、朝餉あさげの準備を始めていた。


「おらはお前に何もしていない」



 蛍は下を向き、えりを慌てて整えた。


「おらの妹は口が利けぬ」


蛍には了悟出来ていない。


「織田上総介の妹、お市の方の子供の身代わり」


蛍は自分をさらった男の顔を朝焼けの中に見た。


「あんたはあの時の船頭」


「口が利けぬ妹では、襲撃され籠かきが逃げた時に声が出せぬのだ」


蛍は船頭の妹の顔を凝視した。


「お主が助けを呼べばおらが助ける」


蛍は鼻で笑う。


「あんた、甲賀のくノ一の蛍様の名前を知らないとは」



「?!」


「もぐりだね」




第29話 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る