第21話 オラの故郷



 天正3年、織田信長は義弟である浅井長政が治める北近江へ侵攻する準備をしていた。

 南近江にある甲賀の地は、六角ろっかく義賢よしかたが治める場所だったが、織田信長により六角一族がこの地を追われると、甲賀の地は信長支配となった。

 応仁の大乱の原因となった8代室町幕府将軍足利義政公の継嗣問題で、9代将軍となった足利 義尚よしひさがこの地で戦没した事は、甲賀の里の忍びが、9代将軍の出自に問題があった事を知っていたが為、9代将軍義尚は、甲賀の里を滅ぼす為、六角一族を征伐する為にこの甲賀へ侵攻した。

 8代将軍足利義政公の正室である日野富子に近づいた、京都吉田神社の神官、吉田兼倶は、神祇長上を名乗り、全国の神社へ吉田神社の息が掛かった神官、禰宜を送り込み、全国の神社を支配下に置こうとした。

 各地の武士が任官を求め、自分の出自を偽る為に、金銭を神官へ贈賄し、家系図の書き換えが日常茶飯事に行われた結果、日本の氏姓名を遡源する事が難しくなってしまったのだ。

 現在の氏姓名の家系図を辿った場合、室町後期から江戸時代初期までで途絶えてしまうのは、その贈賄による家系図の書き換えがあった為で、有名大名の出自でさえ曖昧な判断がされる状態を作り出してしまったのだ。

 将軍正室日野富子に近づき、神祇長上を名乗った吉田兼倶と、日野富子が9代将軍足利義尚を生んだのが1465年。

 1467年から1477年まで続いた応仁の乱の原因が、9代将軍義尚が8代将軍義政の実子だったかどうかなのだ。

 将軍家を乗っ取ろうとした吉田神社の神官であった吉田兼倶。

 その功罪は後世の人間からして、君側の奸であり、戦国乱世を作り出した元凶としか言いようがない程、その罪は大きいと言わざるを得ないだろう……。


 19代天皇である允恭天皇の時代に乱れた氏姓名を盟神くが探湯たちで糺したと言い、室町幕府時代には湯起請ゆぎしょうがあった。

 20代天皇である安康天皇は、木梨軽皇子を殺し、大草香皇子を殺し、彼の妻を娶ったという歴史上悪の天皇とされる人間だった。


 

 氏姓名の混乱時、ドサクサ紛れに政権を奪い取ろうとする存在。



 甲賀の地は火術に長けた忍者が多い。火を使う術。甲賀者には江戸時代には鉄砲同心として幕府に仕える程、火に関する知識を基にした忍術が伝わっている。


 海鳥の糞に含まれる燐酸りんさん石灰せっかいはグアノと呼ばれ、硝石しょうせきは黒色火薬の原料となる。

 鳥の糞。

 東南アジアの海燕が唾液で固めた巣は中国高級食材だが、日本の燕の巣は、唾液で枯草と泥を固めたものなので食材には適さない。

 燕は英語でスワローだが、雀の場合はスパローと言う。

 燕尾服はスワローテイルであって、スパローとは雀の事だ。

 昔の台湾の高砂族の方々と関連するか分からないが、古来婚姻の儀式で、日本では、


高砂たかさごや」で始まる能の謡曲は「相生あいおい」とも言う、世阿弥の作の名曲だが、現在の兵庫県加古川市にあたる場所は高砂とされた土地だった。

 日本に土着した台湾の高砂族の方達。

 世阿弥作の能の謡曲に、「高砂」の文言がある事は、古くから台湾系の方々が日本へ渡来していた事の証明となるだろう。


 相生あいおいの松。


 あいおい生命は、あいおいニッセイ同和損害保険と改称したが、会社名に含まれる「同和」という言葉が想起させる同和問題は、今でも重大な差別問題であって、いまだに同和の方々への差別と偏見が根強い。

 渡来した一族に対して、彼らにとっては無実の罪を着せられ、冤罪で処刑されたケースが至極当然多かりし事は想像に難くない。


 伏見稲荷大社の神事で、美しい巫女さんが自分の女陰に鰹節を出し入れして、その自慰行為を氏子に見せる神事があるが、鰹節についた青黴あおかびを基にしたペニシリンは最初の抗生物質であって、遊女が感染源となった梅毒の治療に使われる抗生物質だった。

 もし巫女さんの鰹節による自慰行為で、女陰の中で鰹節についた青黴が自然にペニシリンを培養していたらと考えると、梅毒を救った神事であったとも言えるかもしれない。



「のけって言ったろうが! この唐変木とうへんぼくのうすらとんかち!」



 巫女の股座またぐらの前でどっかと腰を据えて、じーっと正視しながら、その相撲取りのような男、年の頃は二十三、四。



「こんの野郎!」



 相撲取りのような巨木の男の背中へ蹴りを入れ続ける男達。



 ガシ! ゲシ! ガッシシ!



 何発もの蹴りが入れられたか分からぬ程だが、その相撲取りのような男の背中は不動の山の如きだった。


 野良着の着物が破けそうになった時、その肌に見えたモノ……。



「こ、こいつ!」



 相撲取りのような男の背中に見えた彫り物。彫り物を「もんもん」と言うが、所謂ヤクザの彫り物、タトゥー、入れ墨の事だ。



「こいつ、高砂の人間だ……」



 相撲取りのような男の背中で、蹴りを入れ続けた男達は、一歩ずつ後ずさりをした。


 鰹節を女陰に入れながら喘ぎ声を出す美しい巫女の股座の前にどっかと座りながら、彼の背中は微動だにしなかった。


 背中の彫り物には、相生の松に昇る猿が一匹と、その松の側に一匹描かれたのは、



「こいつ、高砂の蟹猿かにざるや……」



 高砂の蟹猿。


 猿蟹合戦は室町末期の昔話だが、蟹が自分の握り飯を猿が持っていた柿の種と交換し、蟹が撒いた柿の種が実を結んだ後で、猿は親切の振りをし、柿の実を取ってあげようとするが、渋柿を蟹に投げつけ殺すのだが、蟹の子は、うすきね、蜂、あわの助けで仇を討つ民話だ。


 相撲取りの背中の彫り物は、自分が死んでも、その子が必ず仇を討つというしるしであった。



 相生の松。



 五代続くとされる相生の松と掛けて、決して仇が討てずとも、五代続く限り、その仇は必ず果たすというしるしだったのだ……。


 



 その晩、相撲取りのような男は、自分に神事を見せたその巫女と祝言を挙げた……。




「高砂や~」


 相撲取りの男と、その美しい巫女だった女性の三々さんさん九度くど


 その晩が開ける……。


 鶴と亀が滑った晩。


 鶴は千年、亀は万年。


 1000/10000。1/10。


 10分の1。


 トといちとは上物、美人の事であり、トトイチ八一ハイチとは女性の同性愛の事だ。

 十一トイチは十日で一割の利子。


 十一といちの借金のかたに売られたト一の美人を買い取った相撲取りの男。

奈良・平安時代には相撲すまいせちと呼ばれ、天皇陛下が観覧する宮中行事7月28日の本番の召し合わせ17番の相撲すまいの内、全勝した相撲人。

正親町おうぎまち天皇によって、記録に残らない相撲の節が行われ、この年の相撲人の優勝者として拝領した金子きんす銀子ぎんす大枚たいまいはたいて、その相撲取りの男は、その巫女を買い取ったのだ。



彼女を救う為に……。



 翌朝、夫婦は新婚旅行として安土へ向かった。

京都と安土を繋ぐ、瀬田川。琵琶湖から流れる排水河川で、下流は宇治川、淀川となって大阪湾に注ぐ。ちなみに昔は大阪と書かず、大坂と書いた。大坂なおみさんと言うプロテニスプレイヤーの女性の苗字で書く漢字の方が、昔の書き方なのだ。

安土に本拠を置いた織田信長の目論見もくろみは、琵琶湖畔ほとりの安土と京都、大坂をも抑えられる拠点として要害だった安土城の建設は、不破の関とされる関ケ原を抑える岐阜城で天下布武を唱えるに等しい場所。

関の刀工を抑える事と、甲賀の地の鉄砲鍛冶を抑える事が、一歩一歩、天下を支配する為の布石だったのだ。



 碁石。


 黒い碁石。


 白い碁石。


 石の色は違えども


 黒石


 白石。


 オセロではひっくり返せる領地でも、碁石で陣地を囲む囲碁。


 現代の5人制サッカーであるフットサル。


 差助、英瑠、橘 常明、有念、そして……。





「差助!」


「あんだよ!」


「差助。あれが甲賀のあかりだ」


 英瑠が指差す方向にともる、甲賀の里を照らすともしび


 織田信長公の浅井攻めの為に、鉄砲鍛冶が打つ甲高い音が響き渡る。


 甲高い音は、周囲の音を撒き込み、周囲の人間の耳朶じだを震わせるが、虚無僧が吹く尺八の甲高い音を聞く事で、虚無僧は厄を取り払うと言われる。

 呪詛を核として念を送り込む絶叫は、周囲の人間を絶望の淵に陥れる狂気となるが、より高い周波数の音を聞く事で、その呪詛の念すら抑える事は出来るのだ。

 甲高い金属音。強く締めるドアの音。ソプラノリコーダーや、東南アジアの楽器の「ピー」、尺八、篳篥ひちりき

 古来より呪い、呪詛を祓う方法は宗教儀式の中に散りばめられているのだ。



「差助!」



 深呼吸をする差助。



 蛍の声も聞こえないのか、差助は目を閉じ、二三度深呼吸をすると、今までに差助が同調してきた敵との呼吸を自ら断つように、シンクロした呼吸リズムを崩す為、不規則な深呼吸をする差助。


 

 差助が駆け出す。



 夜半の甲賀の里の賑わいは、これから始まる北近江、南近江の戦乱の序幕だったのだ。




第21話 了

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