第13話 おらぶ 英瑠



 英瑠がおらぶ。

日本狼。

明治時代に絶滅したとされる日本狼。

英瑠の長髪が乱れる程の絶叫が、子供達を襲おうとしていた日本狼を敗走させる。

犬将軍と皮肉られた徳川綱吉は、捨て子が野犬に食い殺されるのを阻止する為に、野犬を一ヶ所に収用した。

年間10万両の費用。

しかしそれは捨て子が無駄死にすることを止める為だったのだ。

蛍が駆け寄る。


「有り難う」


子供は一言呟くと、その場を立ち去る。


「山犬に食い殺されなくて良かった」


蛍の安堵あんどの声に、


「どうした?!」


追いかけてきた差助がウドを背負っている。

驚くべき足腰の強さ。


「山犬が襲ってきたの」


蛍が差助に言うと、英瑠がウドに手を貸す。


「ウドはまだ駄目?」


「梅干しの種まで食って、腹痛!」


「 梅は食べれど、さね食うな!」


 差助が言う。


「英瑠。さっきの坊主、手に油揚げ持ってたな? 盗んだのか? 神社から」






「おじさん、お腹減ってない?」


子供が言う。英瑠に助けて貰った子供が洞窟の中に入る。

神社に捧げられた油揚げを貰ってきた(盗んできた)子供が、洞窟の中で蠢く存在に、闇の中へ手を差し入れる。


童子わらし。礼を言う……」


「おじさんは咎人とがびとなんでしょ?」


洞窟の中から手を出す、その手には手枷てかせが、嵌められていた。


「わしは無実じゃ……。吉田神社の神官が無実の罪を拙者に着せなければ、わしは……」






「英瑠。蹴鞠道の極意ってさ、いまいちわかんないんだけど」


「蛍、わかんねえんだ!」


「差助は奥義知ってんの!」


「あ?!」


「差助?」


「英瑠に聞けよ!」


「知んないんじゃない!」


英瑠がウドの腹に手を当てながら言う。


「手鞠は手当て、蹴鞠は蹴上げ」


「手当てと蹴上げ?」


「手鞠で突いた鞠に移った手の陰を、大地の陽に移す為」


「蹴上げは?」


「差助。懸り場所の方形の中で、蹴り上げる鞠に、4人の頭上の陰を移し、各々の呪縛の身代わりが蹴上げとする」


「手鞠と蹴鞠は……」

蛍の側で、ウドがガバチョと起き上がる。


「ウド!」


「大丈夫だぁん!!」


英瑠の手当てで治癒した腹のやまい


「ナンマンダブ! ナンマンダブ! 英瑠は仏様か!」


長髪、長身、切れ長の双眸そうぼう。貴族と見紛みまが風体ふうてい

天子様の御落胤ごらくいんと言っても信じられる位の端正な顔立ちをしていた。

通った鼻梁は龍顔と言ってもおかしくない。


「差助……」


「あ?!」


「俺にはな、兄者あにじゃがいた……」





「おじさん! 大丈夫?!」


「ああ、坊主有り難う」


童子は微笑むと、走り去ろうとする。


背後の殺気に気付かぬ童子の頭上から降り注ぐ10本の牙爪がそう


「!」


童子が振り向かない内に、洞窟の中から瞬足しゅんそくで飛び出たその咎人の足が、プロペラのように回転し、狼の頭蓋ずがいを叩き割った。


「ああ?!」


頭蓋。洒落頭を割られた山犬のむくろから吹き出た血渋しぶきが、童子の上にシャワーのように降り注ぐ。



「坊主、大事ないか? 俺には手枷てかせめられている。足しか使えんが、ぬしの敵など、二本の足で蹴り殺して見せるぞ」



「わわわっ!」



「……骨法こっぽう橘家流きっかりゅう大家たいか、橘 大和守やまとのかみ相伝、『逆百足げきむかで』……」


「うわー!」


「童子!」


狼の血渋きを浴びた童子わらしは、転ぶように駆け出した。


洞窟の前、手枷を嵌められた罪人、橘 常明じょうめいは、狐の嫁入り、天気雨に、その汚れた体躯たいくを晒されながら、その顎を震わせていた。


「うおおおッッ!!!」



「英瑠?!」


「何だ?」


「英瑠が叫んだのかと思ったんだよ……。ん、まぁ、いいや」





-安土城、天守閣


「飛鳥井紫乃武。麗しい姫君を連れて、よう戻った」


「上様。丹波たんば平定の足懸かり、無事に」


丹波一たんばはじめの機嫌は損ねるな。雑賀さいが攻めが終わるまで、丹波は留め置きじゃからな」


「左様ですか……」


 信長が頭上から声を掛ける。


「金平糖は要らぬか?」


有紗ありさ。上様に頭を下げよ」


「……」


「上様、有紗は口がきけぬ『おし』。私からお礼を申します」


「金平糖は要らぬか? わしはそう、お主に訊いた」


「……」


とげは要らぬ」


 織田右府。織田右大臣信長に凛とした声色で対等に言い放った童子等、


 信長の高笑いが階層下に迄響く。


「昔を思い出すわ! 気に入った! 童女! 主を力丸の側に置く!」


蘭丸、力丸、坊丸三兄弟。


「力丸!」


「上様!」


「力丸! 主にこの有紗を与える!」


「上様」


「紫乃武! 異論はあるまい?!」


「有紗?」


「……金平糖に棘は要らぬ」


「言葉の毒は要らぬという事か!」


「棘は要らぬ」


「幼き薔薇にも棘はある。美しき童女、主の色香は、全ての男衆に毒ぞ。蘭丸に勝るとも劣らぬ力丸付きのお主に、誰も手を出すものはおるまいに」


「上様」


右府公信長。


「手鞠唄を唄わずとも、お主の瞳が全ての男のこころを点くわ!」


「金平糖に毒は要らぬ」


信長の剣は、相手を倒す言葉。


「剣は抜くまい!」


「剣が抜けぬ程の美貌が、主の

武器! 傾城けいせいの美貌を失うな!」


 傾城、傾国とは、城、国を傾ける程の美女の事だ。



「力丸!手出しは無用!」


「剣も要らぬ」


「有紗! 『おし』であるお主が、口で断る契機になった!」


「!」


「飲めぬ水は飲むな。食べずとも良いぞ! 金平糖は!」


「!」


 信長の高らかな笑いを久しぶりに聞く安土の民草たみぐさ


「金平糖は要らぬ」


 平氏の天下が転ぶ先。


一族の系図は流転する……。


 神社は出生日をお宮参りで記録し、寺は過去帳で死亡日を記録する。


 戦国時代の系図書き換え。


 金で系図を書き換える為、貴族とつるみ、系図詐称に力を貸した神官一族……。


 応仁の乱を経た、戦国乱世の元凶。


 神社に送り込まれた吉田神道の神官達の奸計かんけい

 奸計とは裏工作、悪巧みの事だ。


 伴天連の命の書。


 生命の樹。


 窒素化合物にインパクトを与えると炭素14、炭素と窒素の放射性同位体へと変化し、半減期5730年を持つガンマ線を放射する。


 骨法で衝撃を与えた物質……。


 5730年の半減期を持つガンマ線は癌でも同じように炭素14を体内で集める。

 癌細胞エネルギーを与えられた、日本狼の頭蓋。

 

 骨同士がぶつかり合う時、その骨は骨肉腫となり、三年掛けて、体内で別人格を育ててしまう、三年殺しの秘儀になる。


 殴り合い、蹴り合いは避けるべきだ。


 十二単をばらし、伝導体でもあるフィブリン、絹繊維で出来た手毬、蹴鞠。

 自分の静電気を移し、その紫電しでんを纏った毬を頭上に蹴り上げ、各々の咒を頭上から祓う形代かたしろとする。


 骨法で移した他人への呪詛。


 その体内の蛇毒を祓う為、骨法の呪詛に掛かった人間は、その陰咒を蹴鞠へ間引くのだ。


 間引き。差道。


 間を引く時、その空間を雄走おばし紫電しでんを集める毬……。


 秘賀茂神社の御神体。


 お市の方が浅井長政に嫁ぐ前に纏っていた着物の絹を使った毬……。


 上総介信長。


 木下秀吉。


 酒を喰らった鬼……。


 酒を喰らった鬼が求める存在……。


 蘭丸、力丸、坊丸は、信長にはべり、信長が長嘆息する様を凝視していた。


「・・・ッふシゅー……シ……・・・」


信長の目の前にある護摩壇の上で焼かれしモノ-。


「神の曲霊まがつひ、天の邪鬼、身共みどもに有りて此界しかいで最悪に汚れし魂魄こんばく・・・」



織田信秀-。


お市の方の父であり、信長の父-。


「うぬの魂魄こんばく。焼き棄ててくれる・・・・・・」


浅井長政の正室、小谷の方(お市の方)。

戦国時代に咲く蓮の花。

泥に咲く蓮の花。英語でロータス。

洗礼のヨハネを生んだユダヤ王室ハスモン家。

誰もが認める傾城の美女は、浅井の家を潰すことになるのか?


飛鳥井紫乃武の屋敷に戻った有紗は、黙って庭の山梔子の花を見つめていた-。



13ステージ タイムアップ

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