第13話命尽きても純愛死なず
終章 命尽きても、純愛死なず
あれから15年が経った。
ベルゼブブと出会い、失恋をしてから15年。俺は34歳の誕生日を迎え、今ドラッグストアで働いている。
「烏丸さん」
「はい」
店長の吉田さんが僕を呼んだ。
「ちょっといいかしら?」
「はい」
吉田さんは中年の女性でここのドラッグストアの店長をしている。彼女に呼ばれ、俺はスタッフルームに入った。
そして、俺たちは座り、吉田さんの神経質なポールペンを叩く音が聞こえる。
「烏丸さん。うちで働いて何年になるのかしら?」
その言葉に俺の頭は動かない。職を転々突してきたものだから、どこも長くはいていない。
だから、その言葉に何年働いたのかわからなかったのだ。
一生懸命思い出そうとしている僕に吉田さんは言った。
「一年間、うちで働いていたわよね」
「ええ、そうですが」
「あなたの働きぶりは私は高く評価していました。活発な声かけ、後輩の指導、フリーター歴が長いこともあって、飲み込みも早かったですね」
「ええ、そうですね」
最も、一生懸命働いたのはどこも変わらなかったから、ここだけの話じゃないんだが。
「しかし」
吉田さんは鋭い視線を送ってきた。
「ここ、数日はどうですか?頻繁に下痢に襲われ、あまり顔にも明るさがなくなって、活発な動けなくなっているではありませんか?」
「まあ、胃と腸が調子悪いですから」
「ええ、でも。だから、一週間は様子を見てきましたが、改善されるどころか、ますますひどくなっているじゃあありませんか。これでは使い物になりません。まるきっかり一年間働いてきたあなたを今日でクビにします」
「すみません」
「一応、今月分働いてきた給料です。受け取ってください」
「ありがとうございます」
そう言って、頭を下げて俺は出て行った。
「しかし、なんだろうなぁ?」
おかしかった。体調がおかしいのだ。普段なら医者から薬を飲めば治るはずなのに、今回はそうではない。
「もしかして、重い病気なのか?」
その可能性はありえなくない。フリーターになってから正社員に何度もなろうとしたがいつも挫折してきた。バイトを何個も掛け持ちし、貯金は100万貯めてから後は全部寄付に回した。それは後悔していないのだが。
「でも、寄付に回してはっても、そんなに手取りはなかったけどな。まあ、明日、検査結果もわかるようだし、考えるのはそれからにするか」
「胃がんですか?」
「確実、と言えませんが、胃に腫瘍があるのは確かですね。ポリープかもしれませんが、ちょっと大きすぎる」
少し小太りの先生が神経質そうに僕のレントゲンを見てそういった。
「それに血液検査の値もそれに関連した数値が出ているようだし、胃がんの可能性は否定できない」
先生はメガネを直す。
「はぁ。血液検査でわかるものですか?」
「はい。医療は毎年発展しているので、今では血液検査で大体の癌の疑いを調べることはできます。まあ、でも、あくまで目安ですから、確実に胃がんかどうか決まったわけじゃあない」
「で、胃カメラを飲んでもらいますがいつ頃がいいですか?」
「いつでも」
「じゃあ、来週の水曜日に予約を取っておきますから、前日は夕食はうどん、9時以降は飲み物は飲まないでください。カフェインの入っていないお茶ならいいです」
「はい。わかりました」
僕は先生にお辞儀(おじぎ)をして診察室から出て行った。
「結局、こうなるのか」
結果は陽性。紛れもなく胃がんだった。ただ、早期発見をしたので手術をすればほぼ100パーセントの確率で完治できる。しかし・・・・・・・・。
僕はある項目に目を移す。
手術費300万円。
「払えねえな」
今の所持金は100万円しかない。
あれから15年の歳月が経った。千早さんとはあれからクロスで連絡を取り合っていたが、千早さんが大阪に転勤してクロスも経営難でアプリを閉鎖。それ以来連絡の取りようがなくなった。千早さんがその後、どうなったのかは知らない。
その時、僕の脳裏に両親に援助を頼んでみようか?とも考えたが、二人とももう定年退職をした。両親でお金でどうにかできるとは思えないし、あの母親に頭を下げるのは端的に言ってありえないことだった。
ぐー。
「はは」
どうやら胃袋はガンがあるのに、俺に飯を食わせろ、というサインを与えているらしい。とりあえず、飯を食うか。
それから、俺はアパートを出て、どこで食べようか悩んでいた。どうせ人生最後の食事だ。
だが、結局、悩んでもこれが食べたい、というものがわからなかった。人生が終わるというのに、特別好きなものはないな。むしろ、悩んで損した。いつものイタリアンの店行ってピザ食べるか。
そう思い立って、くるりと体を半回転させて歩いているとそれを見つけた。
俺は迷わず走った。で、その人に話しかける。
「ベビーカー持ちましょうか?」
その、母親らしい人物は思わずビクッとした。俺が話しかけると皆、こういう反応になる。
その女性は完全にビクついて首を横に振る。
「いいえ、大丈夫ですよ」
「でも、ベビーカーを一人で持ち上げるのは大変だ。二人なら簡単だし、もし落っこちたら大変でしょう?手伝いますよ」
そう、歩道橋の前でベビーカーを一人で持ち上げようとしている女性に僕は言ったのだ。
その女性は恐縮して言った。
「お願いします」
「なんのなんの。行きますよ」
「はい」
それで、二人してベビーカーを持ち上げて反対の歩道へ移動した時俺はいった。
「今から買い物?」
時刻は1時。別にこれから買い物だとしても不思議ではない。しかし、女性は首を横に振った。
「いいえ、今日は帰ります」
「なら、気をつけて」
それから俺は赤ちゃんに笑顔で言った。
「バイバイ」
赤ちゃんはよくわからなそうにしていた。
そして、俺たちは別れた。
「さむ」
ブルリと体を震わす。今は1月。吐く息が白い。俺は一つの目標を固めてコンビニに入る。
「いらっしゃいませー」
コンビニの店員が挨拶をする。挨拶してくれるだけここのコンビニはいい店だな。
そして、俺はATMで貯金の100万と3万を下ろし、郵便局でその100万を貧困家庭にある子供の教育を支援している団体に寄付した。
そして、ピザを食べる。こってりとしていて、下が美味しいと思う反面胃は少し違和感を覚えたがなんとか食べきる。
そして、俺は百貨店に向かう。
「アメリカの核テロの被害にあった子供たちのために募金をお願いします」
そう、百貨店に向かう最中に聞こえた、駅の前の高校生の子供たちの声。俺はおもわず足を止めた。
そうしたら一人の高校女子が駆け寄ってくる。
「募金、お願いします」
その女子高校生は三つ編みでそばかすがあったがどこか愛嬌を感じる顔つきだった。
「ああ」
俺は手元にあった3万円を募金箱に突っ込んだ。その女子高校生はたいそう驚いた顔つきになる。
「ありがとうございます!」
そうして、深々とお辞儀(おじぎ)をする女子高校生。俺はその場を後にした。
俺はある目的を持って動いている。さっきの3万は予想外の出費だが、後悔はしていない、俺は百貨店に到着すると手頃な席を探し、さっきのコンビニで買った紙とボールペンで文を書いていく。
テレビのテロップに今日から今週にかけて列島に最強寒波襲うという文字が浮かぶ。俺はそれに気にせずに手を動かしていた。
「やっぱ、こうなるか」
俺は手にしていたウィスキーを一口飲むとゆったりと河川敷の柱に背をもたらせる。
結局最後の食事はバーガーだった。もっと、高級なものを頼んでもよかったが、さっきの3万の募金で手元に残ったのは二千五百円。高級な料理は頼めなかったし、頼む気は無かった。
なぜか、人生最後となると、バーガーとポテト、コーラを注文した。それで俺は満足だ。
グビリ。
もう、真冬の夜、外は相当寒かった。厚着して、段ボール箱に入っても相当寒かった。俺が今、こうしてウィスキーを飲んでいてもかなり寒い。まあ、当然か。
「俺の人生に乾杯」
冬の月に向かったウィスキーを掲げる。後悔はなかった。
俺は15年前に変わった。それからの俺は自分のことが好きになれた。なんとなくだが、死ぬのに、今、むちゃくちゃ寒いのにそれだけで満ち足りていた。
・・・・・・・・・・・・・・
「君、君!」
苛立った声で目を覚ます。目を上げると警官二人が睨んでいた。
「こんなところで寝るんじゃない!ほかのところにいきなさい」
どうやら、俺は生きているらしい。あの寒波で死ぬかと思ったが、まだ生きている。
俺は返事をしようとしたが、そのとき喉に強烈な痛みが走った。
「君!聞いているのか!」
多分、風邪を引いたんだ。死なないでよかったのか、惨めな病に苦しむのが悪いのか判断に苦しむところだが、なんとか返事をした。
「はい」
そう言うと、立ち上がろうとしたが体が動かない。体の感覚がない。今日の寒波は俺の命を奪わなかったものの、かなりのダメージを与えたのは確からしい。
「さあ、立ちなさい!」
そう警官がいうと、二人掛かりで俺の肩を掴んで、道路に放り込んだ。俺は昨夜のあまりの寒波で体を動かすことはできなかったが、昼ごろになると、なんとか冷えた体が戻った。
「あ。ウィスキー」
どうやら、さっきの警官たちで持ってくるのをわすれたらしい。まあ、でも。
俺は財布を取り出す。
「あと、2500円あるな。まだ、買える」
俺はおもむろにコンビニに向かった。
近くのコンビニに入る。暖房が心地いい。
「ウィスキー、ウィスキー」
俺はウィスキーを求めて店内を歩き出した、なのにどうしたことだろう?コンビニは狭いはずなのに探し求めているウィスキーがない。
「ウィスキー、ウィスキー」
そして、歩き回った俺は気づいた。俺はただ、店内をうろうろと歩いていただけで、品物を見ていない。
俺をあたりを見渡してそれを見つけた。
「ウィスキー!」
俺は大声で笑った。やった!やったぞ!ウィスキーだ!。これで今日の楽しみが増え・・・・・・・・。
「あの、お客様」
その声のした方へ振り向く。そこには俺を睨めつけている中年の男性がいた。見るからにここの従業員らしかった。
「お客様。残念ですが、うちから出て行ってくれませんか?」
「なぜだ!金はある。金はあるんだ!俺はウィスキーを・・・・・・・」
しかし、その店員は俺の腕を掴んで外へ連れ出そうとした。俺は未練がましく酒類を見る。
「ウィスキー。ウィスキーを買わせてくれ・・・・・・・」
俺を放り出した、従業員が睨んでいう。
「出て行け!ここはお前みたいなやつがいていい場所じゃない!」
「なぜなんだ!金はあるんだ。ウィスキーを買う金があるんだ!」
しかし、男のこめかみが歪んだ。
「いいから出ていけよ!こっちは迷惑しているんだ!もう、店にくんな!」
そう、男は俺に胸を突き飛ばした。
俺は昨日の野宿をしてすっかり体力がなくなったため、突き飛ばされた仰向けになった。
「ウィスキー・・・・・・・」
金はあるんだ。最後ぐらい旨いものを飲ませてくれよ。
しばらく時間がたった後に俺は起き上がった。日の勢いがちょっと衰えていた。
ウィスキーを諦めた俺は何か飲み物を求めて歩き始めた。
コンビニはダメだ。なら、他には?いや、他の店もダメだろう。仕方ない、自販機でコーヒーを買うか。
キョロキョロ辺りを見渡す俺に自販機がすぐ見れた。ほんと東京はなんでもあるよな。
俺はフラフラしながら、その自販機の前に向かった。その自販機は道路のそばにおいてあるどこにでもある自販機だ。
非常に疲れた。
路上で寝るというのはこんなにも体力を消耗するということは知らなかった。自販機の前に行くことでさえ、骨が折れる。
しかし、俺はなんとか自販機の前に着いた。その時、一陣の突風が俺を襲った。
「さ、寒い」
すぐに収まったが、また1日は夜の始まりが訪れようとしている。俺は財布を取り出した。そして、百円玉を取り出そうとして、自販機に入れた。
「あ」
入れるはずだった。だが、どうしたことだろう?財布の百円玉が取り出せない。俺の手はかなり冷え込み、ブルブル震えて小さなものを持つことができなかった。
「落ち着け、落ち着け俺。できる、できるはずだ」
そして、なんとか百円玉をつかんだ。なんだ、ゆっくりやればできるはずだよ。はは、そりゃそうだ。この前までは社会人だもんな。
そして、その百円玉を持ち上げようとした時。
「あ」
無情にも百円玉を手元をスルッと抜けて転がりだした。
「あ、あ!」
その百円玉は道路に向かってスルスルと転がったのだ。
「あー・・・・」
俺はその百円玉を見て、また財布に目を移した。
「落ち着け、俺。今度は、今度はできるはずだ・・・・・・・・・・」
俺の百円玉をつかむ冒険は始まったばかりだった。
「かんぱーい」
また、月に向かって乾杯する。今度は、コーヒーだ。だが、それでも構わない。そうだ、これでいいんだ。俺はやれるだけのことを全部やった。100万超えた貯金は全部寄付に回した。正直言って自分のために金を使うよりも、もっと困った人に金を使ってあげたかった。
そう、俺は彼にそのことを学んだ。彼の教えを守るために自分の行動を律した。それでいいじゃないか。それで俺は自分を愛せた。それだけで満足だ。
そして、ちびりとコーヒーを飲む。
相変わらず腹は死ぬほど痛い。ちょっとした飲み物でも痛みを感じる。まあ、それでもよかった。それだけちびちび飲めるということだから、しかし、昨日のウィスキーと違って体をあったかくしないので、寒波の寒さが半端ない。
ちび。
ちょっと、コーヒーを飲む。カフェインの誇り高い香りが、なぜか俺も誇らしくなったかのようだ。
胃がんのいいところを食欲がなくなるというところだ。食欲がないから、あまり食べなくてもまんぞ・・・・・・・・・。
その時、信じられないほどの痛みが襲った。
これまでの激痛が小学生の突っ張りなら、今度のは横綱の突っ張りだ。
あまりの激痛に俺は体をくの字にして無我夢中で吐いた。胃が空っぽになっても吐き続けた。吐くというのがこんなにも苦しいとは思わなかった。
そして、なんとか吐き気がなくなっても、今度は凄まじい痛みが襲われ、寒さなど感じない、完全に痛みだけに支配された世界だ。
その世界一色に染められ、やがて痛みは引いた。
「はは、はー・・・・・・」
俺の目に熱いものを感じた。
惨めだった。さっきまで人助けをしている自分がいいと思ったのに、痛みが引いた瞬間、痛みの緩和の安堵感で出た涙は惨めだった。
こんなはずじゃなかった。なんで、俺は生活保護の医療自給を受けなかったのか?両親が嫌がるから受けないと思っていたが、そんなことは無視するべきだった。俺はガンを治すべきだった。
千早さんのことにしてもそうだ。俺はなぜ、彼女を真剣に探さなかったんだ?俺たちが働いていたコンビニは業績を伸ばして存続している、会社にもっと真剣に探してみるべきだった。彼女なら、200万ぐらい俺に貸してくれただろう。それなのに、俺は彼女に迷惑がかかるからといって、遠慮した。
遠慮するべきじゃなかった!こんなにも、こんなにも死ぬのが苦しいとは思わなかった。
生きたい。
生きたい、生きたい。1分、一秒でも生きていたい。愛する人が一人もいなくても、死ぬなんて馬鹿げたことだ。まして寄付なんてくだらない!
どうでもいい。他人のことなんかどうでもいい!俺は一分一秒でも生きて美味しいものを食べて結婚して愛する人たちに看取られながら死ぬべきだった。
他人のための寄付なんてどうでもいい!俺は他人のために生きるなんて思うべきじゃなかった!
その時、一枚の紙が、俺の胸元を離れた。
「あ」
俺は地べたうつ伏せに座って、それを見た。そして、思い出した。彼のことを。彼がくれた俺に対する純愛を。俺は・・・・・・・・・・・
「ごめん!ベルゼブブ!俺は、俺は悪かった!一瞬でも他人のために生きる自分が醜いと思ったことを悔やんでいる!」
俺の大声に腹はまた、痛みの世界を捉えようとしているが、俺は叫ぶのをやめなかった。
「俺は、俺は今までの人生で良かったと思っている。誰からも、誰からも俺の行為を認めてくれなくても、俺は俺自身で自分のしたことがいいと思っている!」
その瞬間激痛が支配した。神経と言う神経が激痛に支配されている。
しかし、俺は叫ぶのをやめなかった。やめないでいたつもりだったが、本当のところは声を発していたか、どうかわからないがそれはどうでもいいことだった。
「俺は、俺は幸せ者だ!君に出会えて俺は愛を知った!あのまま、正社員になって結婚したとしても、あのままの俺だったらどうせうまくいっていない!俺は君に出会えて本当に幸せだ!ありがとう、ありがとう!ベルゼブブ!」
激痛という激痛が分裂し変色しそれぞれ俺を襲った。さっきの比じゃない。今度は巡航艦ミサイルだ。俺はあまりの激痛に支配されて身じろぎもできなかった。
やがて、その痛みが少し引いた。俺は目を開ける。その紙はまだあった。というよりよく見ると誰かが持っている。
その人は俺のそばにやってきた。
俺はその人の白いもの。多分服だがそれを掴んで行った。
「頼む。それを、それをベルゼブブに・・・・・・・・」
そして、俺の意識は闇に包まれた。
私は、強い愛を感じ召喚された。そこは夜の公園だった。
「誰が私を呼んだのかしら?」
夜の公園はカップルかもしれないが、私は恋愛では呼ばれない。というより、人の愛というほとんどのものは自己愛の産物であって、私を呼ぶ真のアガペーの持ち主でないと私は呼ばれない。
「あら?」
私の足元に紙切れが転がる。私は拾って、その紙を見た。
「!これは・・・・・・・」
私は周囲を探す、すぐとその人はすぐに見つかった。私を呼んだその人が。
私はすぐに彼のもとに駆け寄る。
大丈夫かしら?神は人の運命に関与してはいけないというけれど、でも今回は大丈夫だわ。なぜなら・・・・・・・・
私は彼の元のそばに寄った。彼はうつ伏せの姿勢のままピクリともしていない。
その彼の服装はホームレスそのものだった。しかし、私は当然のことながら彼を抱き起こした。
「大丈夫ですか?烏丸様」
おそらく烏丸様でしょう。しかし、彼の頬はげっそりと削ぎ落とされて、以前の若い時の表情は見る影もなかった。
その瞬間。私のクロークを烏丸様は握りました。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
私はすぐに念話を始めた。その残滓に彼の名前があった。
「はい。この手紙は彼に必ず、届けますからあなたは眠ってください」
烏丸様の表情が少しだけ柔らかくなって、そしてピクリとも動かなかった。
私は烏丸様を仰向けにしました。
「まあ、死んだ人の体に関与しても、神の法則に違反しないでしょう。烏丸様。あなたはクリスチャンではありませんが、あなたの愛は確かに私に届きました。天の火よ」
私が手をかざした、一瞬で烏丸様の体が火に包まれ、すぐに灰になった。
「仏教は火葬するのが通例でしたね。まあ、烏丸様が仏教を信じていたのかよくわかりませんが」
そして、私はすぐに向かった。彼の元へ。
「待っていて、ベルゼブブ。あなたのしたことは間違ってなかったわ」
あれから、15年経っても、その傷跡は癒えない。
15年前の自爆核テロで亡くなった人の慰めで天使や悪魔が大わらわになっても、今度は放射線に侵され癌になった人たちでまた、天使も悪魔も大わらわです。
天界ではそんな人たちで溢れかえっています。テロの犠牲者たちは慟哭し天主を呪い、私たちが慰めても慰めても大声で怒り苦しみ泣いていました。
その人たちがなんとか落ち着いたと思ったら、やはり新たなテロや放射線の病気で死んだ人たちが現れて、怒って、呪って忙しい日々を送っています。
しかも、私が話しかけると人々はどうも誤解するみたいで、ベルゼブブの呪いにかかったから俺は死んだのか!とまた怒り出すのを堂々と慰め、教え、とにかく私は知名度が高くてかなり忙しかったです。
他の天使たちの助けがなかったら、私一人が慰めても逆効果でしょう。
私は自分の部屋に帰り、マナポーションを飲みました。
特に今日は大勢の人の話を聞きましたから、何かちょっとした快楽を得たかったのです。
そんなとき、個室の扉をノックする音が聞こえました。
「はい」
開けると、そこにはガブリエル様でした。
「あなたでしたか。部屋に入りますか?それともラウンジに行きますか」
ガブリエル様は首を横に振りました。
「いいえ、ベルゼブブ。これはあなたのとてもプライベートなことだから、部屋に入らせてもらうわ」
「そうですか。まあ、かなり狭いですがどうぞ?」
その部屋は私の体2個分とマナポーションの箱しか置かれていないかなり殺風景の部屋でした。
もともと、天界の部屋は天主が作ろうと思えばいくらでも作れるもので、空間も店主の思い通りで、広くできますが、私たち天使や悪魔のほとんどが見たい娯楽などありません。
というより、調べ物は自身の魔法でいくらでも人間界、天界のことを調べられるのでものを置くという必要がないのです。せいぜい、マナポーションぐらいなものです。
だから、人間から見ると殺風景に見えるかもしれませんが、私からすれば十分なのです。
私はちょっとずらしてガブリエル様を入れ、また向きました。
「それで、話とはなんですか?」
「これを」
ガブリエル様は紙を広げました。そこに書かれてあったものは・・・・・・・。
ベルゼブブ様へ。俺です。烏丸悠馬です。
いかがお過ごしでしょうか?
なんてな。やっぱこういう文章は俺に向いていないから単刀直入にいうぜ。
俺は胃がんになった。早期発見で直せば直るらしいが、残念ながら俺にその手術費は払えない。
まあ、役所や病院、親に頼ればなんとかなるかもしれないが、俺はしない。なんとなくな。もし、そんなことをすればあの母親を怒らせるからな、そこまでして生きたいわけじゃあない。それに俺に愛する人もいないし、無理して生きる必要はない。
でも、これまでの人生無駄なことはなかったって胸をはっきり持って言える。いろんな人を助けてきたし、ちょっとお金がたまれば寄付してきた。その人生に後悔はない。
俺、思うんだけど、人って愛の深さで決まるんじゃないかな?
それは恋人を持つとか結婚するとか子供を持つとかじゃあないんだ。
どれだけ人を愛せれる素養で人の価値は決まる。
たとえ、生涯一人でも人を愛する素養が深ければその人は光り輝く。
しかし、結婚して子供を持っても人を愛せれる素養がなければ、その人は貧しいんじゃないかな、って思ってる。
だから、俺の人生はベルゼブブの言った通り、生涯一人だけど後悔はしてないぜ。ほんと、まじで。
そして、本当にありがとう。ベルゼブブ。あんたのおかげで俺は真っ当な人間の道を歩むことができた。これは感謝しても仕切れないことだ。本当にありがとう。
かしこ 烏丸悠馬
悠馬様」
私の胸が熱くなっています。見上げるとガブリエル様の眦も涙で濡れていました。
「ね?ベルゼブブ。あなたのやったことは間違ってなかったわ。人の一生の運命を変えずに、しかし、一人の人間を幸せにできた。あなたのやっていたことは間違ってなかったのよ」
「はい」
私は頭を下に向け、しかし肩にしっかりとガブリエル様の腕が絡んだのはわかりました。
天主よ。彼は異教徒なれど、どうか彼の魂が安らぎに満たされんことを。
私は祈りました。しかし、私にはなぜか悠馬様のおの子供っぽく朗らかに笑っている顔が脳裏に自然に浮かびました。
終わり
純愛 サマエル3151 @nacht459
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