第12話 純愛
「やっぱりさ」
「はい」
8月の半ば、いつものファミレスでいつものパフェを注文した悠馬様は念話で私に話しかけてきました。
「彼女って、俺に気があるよな?」
「・・・・・・・・そうとは言えないんじゃないんですか?」
「え!?なんで!?」
あの気さくな性格は誰にも平等に優しいものだと思いますが。たまたまシフトが一緒だから、悠馬様に親切にしているだけで、普通に気があるようには見えませんでしたけど。
しかし、悠馬様は私の言葉を承服しかねる表情をしました。
「いや、さー」
「はい」
「やっぱり、気がないとあんなに親切にしないと思うんだよね。思うに、彼女は第2のステップを欲しいじゃないかな?」
「第2、とは?彼女は今、仕事と勉強で忙しいはずですが」
それに重々しく悠馬様は頷きました。
「もしかして、それは抱きしめてキスすることじゃないでしょうね?」
悠馬様はぎょっと顔をしてこちらを見てきました。
「なんで、わかったの?」
はぁ。
「いいですか。それはしてはいけませよ。セクハラにあたります。私が、前にいた欧米でも、普通に女性の方からハグはありましたが、あれは女性の方からしているんで別にセクハラじゃないですが、欧米でも男性の方から一方的にキスしたらちゃんとしたセクハラですからね」
それにそっぽを向く悠馬様。
「別にここは欧米じゃない」
「ならば、なおさらいけません。私が見る限り、日本人は欧米の人たちよりも臆病なようで、いきなりそんなことしたら怖がられますよ」
怖がられる、という言葉に反応した悠馬様は、重い沈黙をしました。そして、おずおずとこちらを見て言います。
「やっぱり、ダメ?」
「まあ、その前に告白をするべきですね。私が見たところ、彼女が悠馬様に心を許しているのは確かです。しかし、特別な好意を抱いているようには見えませんね」
それに、ムスー、とする悠馬様。
「そんなことは、ないと、思うんだけどな」
そのまま、ムスーとした様子で行った悠馬様ですが、小鳥遊さんがさりげなく置いたいちごパフェをすぐに手元に持っていく、もぐもぐと食べ始めました。
小鳥遊さんはまだ悠馬様のことを怯えているようで、はたから見てかわいそうにビクビクなさっていました。
「うーん」
まだ、納得しかねる表情をしていた悠馬様に携帯のメール音が届きます。
「誰だろ?」
悠馬様はスマホを持ってそれを見ます。すると、パッと表情が輝きます。
「千早ちゃんだ!」
「なんて?」
「今月の26日に休みが取れそうだから会えないかって、そこで友達づきあいの練習をしましょう、って書いてある」
「やりましたね」
「ああ、やったぜ!」
そう、念話で話した後、思わずガッツポーズをした悠馬様ですが、不思議なことに(本当に不思議なことですが、こういうことで何故日本人の皆さんは興味を持たないのでしょうか?)誰も何も悠馬様に対して話そうとするものはいませんでした。
そして、悠馬様は一つの嘆息をしてからおもむろに言いました。
「・・・・・・してみようかな」
「?何を?」
「告白だよ。今まで、千早ちゃんにはしていなかったけど、気合い入れて告白しようか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「?おい、なんだよ。なんか言ってくれよな」
「いえ、いいと思います」
そう言いましたら、悠馬様は得意げな顔をなされました。
「そうだろ?そうだろ?いい案だろ?」
「幸運をお祈りします」
「けっ!嫌な言い方。まるで、それじゃあ神様がいるみてえじゃねえか」
魔王は信じていても、神を信じないというのはどういうことでしょうか?どうも、日本人の考え方はよくわかりません。
それでその約束の26日。夏の暑さもこれからが本番だ、とばかりに照りつける中、前に落ち合った駅の入り口で悠馬様は待っていました。
悠馬様は赤のTシャツに黒のロングパンツを履いて、昨日美容室で髪を7・3に分けるほど、徹底的に外面を見が決めていました。
そして、待ち合わせ時間の30分前に来て、ひたすら暑い中何も飲まずに駅の入り口に立っていました。そして・・・・・・・・。
「お待たせー」
千早様の声が悠馬様の耳に届き、悠馬様は喜びの表情を一色にして振り向きました。
なのですが、悠馬様の視点はある一点に注がれました。
その悠馬様の表情に気づいたのか、千早様は彼を紹介します。
「あ、紹介が遅れたね。彼は内藤隆(ないとうたかし)。私の・・・・・・」
そう言って、もごもごする千早様に隆様は言いました。
「僕は千早のフィアンセだよ」
「もう!隆!恥ずかしいから、軽々しく言わないで!」
「はは。ごめん、ごめん」
隆様は、顔立ちはイケメンではありませんでしたが、その丸い顔から誠実さが溢れ出ている好青年でした。
「えーと、君の名前は烏丸くん、だっけ?よろしくね」
そう言って手を差し出す隆様に悠馬様は握手をしました。
「烏丸。悠馬です」
そう、ロボットのようにギクシャクした動きをする悠馬様。その変化に千早様は気づいておりません。
「もう!ちゃんと覚えてよー!何度も言ったでしょ!?」
「はは、ごめん、ごめん。千早のこと以外あまり頭に入らなくて」
それに千早様の顔は火がついたかのように赤くなります。
「もう!おだてたって何もしてあげませんよーだ!」
そう言ってそっぽを向く千早様。それに対して、悠馬様は・・・・・・・・
「は、はは」
乾ききってヒビが入った笑いをしておりました。
そのあと、3人はゲーセンに行ったり、ショッピングをしたり、食事をとり、悠馬様が友達なれるように努力しました。
しかし、始終、悠馬様は浮かない顔をして、お二人は何かあったのか?と言いましたら。
「ちょっと、失恋してね」
と、悠馬様がいい、お二人は悠馬様を労わりました。
それで、千早様が失恋をしたのならカラオケがいい、と言って、カラオケが終わり、悠馬様と千早様たちとは別れました。
そして、悠馬様は家字につき。ベッドに倒れ込むと死ぬように眠りました。
「あ・・・・・・」
粉々になったパフェ。小鳥遊様が誤って転んだ拍子に落とされたものです。
「あ・・・・・・・・」
小鳥遊様の視線はここにはなく、心が完全に現実逃避なさっているようです。それはそうでしょう。小鳥遊様が心底恐れている悠馬様の注文ですから。
そして、それを見た悠馬様は立ち上がります。
「ひっ!」
小鳥遊様は腕で顔を隠し目を瞑ります。悠馬様がとった行動は・・・・・・・・・。
「大丈夫?」
小鳥遊様に優しく手をさしのべました。小鳥遊様はそれをぽかんとした表情で見ます。
悠馬様は相変わらず優しい表情で言います。
「立てれる?」
「あ!はい!」
そして、小鳥遊様は悠馬様の手を取り急いで立ち上がります。悠馬様はそんな小鳥遊様の下半身をまじまじと見ます。それに小鳥遊様は怯えて言いました。
「な、なんですか?」
「いや、パフェで服が汚れてないか確認してね。汚れてなくてよかったよ」
そう言って、悠馬様はにっこり笑いました。
それに小鳥遊様は、恐る恐る、悠馬様を見ます。
「お、怒ってないんですか?」
かなり、上ずった声でしたが、悠馬様は気にせず言いました。
「いや、怒ってないよ。それよりも席を移してパフェを食べたいんだけど」
その言葉にハッと、小鳥遊様は気づきました。
「申し訳ありません!お客様!」
「うん。大丈夫だから、早く席を移動したいんだけど」
「は、はい!」
そして、悠馬様は新しい席に案内されました。
「あの、お客様。先ほどのパフェでよろしいでしょうか?」
「ああ、良いけど、それよりあのパフェの始末をしたほうがいいんじゃないかな?俺の後でいいよ」
「はい!ありがとうございます」
小鳥遊様はペコペコと頭を下げて、その場を後にしました。
それから、しばらくして注文のパフェが届きました。
「あの、先程は大変失礼しました」
「いいよ、気にしてないから。じゃあ、美味しくいただこうかな」
それから悠馬様はパフェをゆっくりと美味しそうに食べました。そして、お勘定を払いにレジの前に来ました。
そこには先ほどの小鳥遊様が。
「あ!あの!」
「ん?」
そんな小鳥遊様を見つめる悠馬様の目は優しい瞳をしていました。
「お、お勘定はいりません!」
それに、ふふと笑う悠馬様。
「いいや、払わせてくれ」
「で、でも!」
「ただし、払うのは食べたパフェだけな」
そう言って、悠馬様はウィンクをしました。それに小鳥遊様は目を丸くしました。
そして、ハッと気づいて言います。
「は、はい!喜んで!」
そして、お勘定を払って、ファミレスから出ました。そのまま家路につくかと思われましたが、悠馬様は暮れの公園にやってきました。
私はその様子に何かあるな、と思いました。最近の悠馬様は何かピンと張り詰めた糸のような透明な緊張感がありました。
悲愴(ひそう)というのは大げさですが、それに似た緊張感が最近の悠馬様にあります。
そして、ついに私に何かを伝えようとしているのはよくわかりました。
「悠馬様」
私の方から話しかけてみます。
「私に何か話があるのですか?」
悠馬様は頷きました。
「ああ、そうだ。元の姿になってくれないか?」
私は元の全長2メートルの姿になりました。
「うん。その姿がいいな」
そして、悠馬様は言いました。
「ブブ様。いやベルゼブブ。もう君は元のところに帰ったほうがいい」
何となく想像してきましたが、やはり来ましたか。しかし、私の答えは。
「いえ、帰りません」
「なぜ?」
「失恋中の悠馬様をおいては帰れません」
それに悠馬様は頷きました。
「そうだな。俺は失恋したよ。でも、相手はまた見つかるし、今度はうまくいくかもしれないだろ?」
変わりましたね。悠馬様。以前のあなたならここまで建設的な考えをすることはなかったでしょう。
恋というのは人を大きく成長させるものですね。
「いえ、帰りません」
悠馬様が不思議な顔をします。
「なぜ?ガブリエルさんが待っているよ」
「それは・・・・・・・」
「それは?」
私がいうかどうか迷いました。人にその人の持つ宿命を教えるというのはとてもよくないことです。しかし、別に破ったからといって何か罰があるというと、それはそれぞれの神の最高神がお決めになることです。
そして、この状況なら天主は何も罰を与えない、というのはわかっていましたが、つい口ごもったのはやはり神としての性ですね。
私は決意しました。今の状況で悠馬様を納得させるには真実を話すしかない。それしかないのです。
「それはあなたがある宿命の星を持っているからです」
「宿命の星?」
悠馬様は訝しげな表情でこちらを見ました。私は話します。
「はい。それは生涯孤独でいる星です」
「生涯、孤独・・・・・・・・・」
「本来人間は運命の星を持っています。しかし、それは本人の努力次第で変えられものがほぼ全てですが、まれに、本当に稀なのですが、本人の努力次第ではどうしても変えられない宿命を帯びて生まれてくる人がいます。それを私たちは宿命の子と呼んでいます。人間界では宿命というと、何か大きな使命を持っている人を指しますが、もちろんそういう人もいます。しかし、人間の宿命は本当に様々で、偉業を成すために生まれた星や天才的な資質を持つ星もいますが、性欲が絶倫で風俗嬢になるかレイプ犯になる星を持っている人がいます。
そして、宿命の星は変えれません。絶対にです。性欲が絶倫な星を持っている人は、レイプや風俗嬢になることは非常に強い意志を持てば、回避できますが、しかし、その人の性欲が絶倫であることは変えれないのです。それと同じようにあなたにも宿命の星を持っています。それが生涯孤独であること。あなたは生きている間一人も友達や恋人ができずにその生涯を終えるのです。それは変わりません。あなたはずっと一人なのです。
だから、私がいるのです。宿命の星を持つ人はいい星であったり、あるパラメーターが特化したり、本当に取るに足らない癖みたいだったりほとんど害のない宿命がほとんどです。だから、私たちは宿命の子が現れても放っておくのですが、あなたは違う。あなたの星は自分の力ではどうしようもできない。どんな話が合う人が現れてもやがてあなたの元から去る。あなたを見捨てる星をあなたが持っているのです。だから、私がいるのです。生涯孤独であるあなたを一人にしないために私が今こうしてここにいるのです」
悠馬様は私の言葉に黙りましたが、すぐに私の前肢を手で握りました。
「違うよ、ベルゼブブ」
「え?」
私は驚いて彼を見ます。彼は穏やかに微笑んでいます。
「俺は君とこうして友達になれたじゃないか。宿命は変えられたよ」
「悠馬様。しかし!それは私が自主的に悠馬様の元に訪れようと思ったからで!」
「でも、幸運なことに君は来てくれた。そして、友達になってくれた。そしたら、もう一回幸運な出来事が起こるんじゃないかな?」
「悠馬様・・・・・・・・」
悠馬様の心遣いに言葉が出ません。私は知っています。確かに私が現れたのは幸運でしたが、それは私が神なので私たちは繋がれた。しかし、悠馬様は人同士では絶対に繋がれないのです。
しかし、私には届いています。悠馬様の愛が。悠馬様は自分のことを顧みず私の幸せを願って今の発言をなさっていることを。その行為を簡単に無下にすることはできません。なぜなら、その行為こそが人間の最も素晴らしい部分だからです。
「悠馬様。確認のために言いますが。もしも、2回目の幸運が訪れなかったらどうしますか?」
悠馬様はきっぱり言いました。
「どうもしない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「それよりも」
悠馬様は私の前肢を握ります。
「今、苦しんでいるアメリカの人たちのために君は君の労力を使って欲しい。僕は、もう大丈夫だから」
そう言って悠馬様はにっこり笑いました。
「悠馬様・・・・・・・・・・・」
そして、その言葉に私も決意をしました。
「わかりました。私は帰ります」
「ごめんね。色々わがまま言って」
「いいえ、楽しかったですよ。最後に」
「ん?」
悠馬様が不思議そうな顔をしました。
「あなたに対してお祈りをさせてください。あなたの障害はかなり苦難に満ちたものになると思いますから」
「いいよ」
私の前肢が悠馬様の頭において、もう一方の前肢で私は十字を切りました。
「あなたに神のご加護あらんことを」
「・・・・・・もう、終わり?」
「はい。では、私は行きます」
「ああ。帰って、ガブリエルさんによろしく言っておいて」
「ええ」
そして、私は意識を集中させて全身を構築させる身体の構造を解体、そして、元の魔力に戻し、私は向かいました。天界へ。
悠馬様・・・・・・・・・。
おそらく悠馬様はいろんな苦難が待ち受けているでしょう。しかし、それでもなお、他の人を思うその心に私の感が動かされました。
そして、その気持ちを無駄にしないために、他に苦しんでいる人たちに私の労力を使おう、そう決意しました。
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