第11話痛みについて

4章 純愛




 もう夏の始まりの7月。暑さが容赦なく人々を照りつけます。

 私の体の機構にも温度覚はありますのでこの暑さに参ってしまいますが、しかし、大都会特有の人間の感情でしょうか?私がマナに変換できる負の感情がこの東京に渦巻いていて、それをちょっと拝借してカラダ中に冷温魔法を展開させているので、私自身はそんなに暑さにへばっていません。

 しかし、人々はそうではないようで、コンビニに入る人たちは皆、かなり疲れているような顔をしています。

 御愁傷様です。

「はい、お釣りは32円になります」

 しかし、そんな中でへばっていない人もいます。悠馬様と千早様です。

「iTunesカードですね。確認のボタンを押してください」

 二人はテキパキと元気よく人をさばいていました。




「お疲れ様」

「お疲れ様です」

 午後2時。なんとか大量の人混みも裁き、二人は先ほどの疲れを感じさせない元気を持っていました。

 千早様は蓮の笑みで言います。

「疲れましたか?」

「疲れたー」

 脱水が起きたかのように悠馬様がうなだれます。それを見ていた千早様はくすくす笑って言います。

「ちょっと待っててね」

「?」

 そのまま、待つこと少し、千早様はお茶を三つ買ってレジに差し出しました。

「これ、買います」

「あ、どうも」

 そのまま、買い物をし、三つあったお茶の一つを悠馬様に渡しました。

「いいんですか?」

 千早様は芋づるの笑みをして言いました。

「いいの、いいの」

「では、いただきます」

「はい、宮村さんも」

 千早様は店長の宮村様にもお茶を渡しました。

「お、ありがとさん。いやー、二人ともよく働くね」

「ま、まあ、給料もらっているので働かないと」

 そう、まごまごした様子で言っていますが、おそらく千早さんと一緒にいるとテンションが上がってしまうんでしょう。


「いえいえ、私は管理職候補生なので今のうちにたくさん働かないと」

 それに宮村さんは頷きました。

「そうだな。今は働いた後、勉強をするんだよな?」

 それにがっくしと千早さんが肩を落とします。

「はい。経営学はもちろんのこと、心理学、社会学、日本史、世界史、教育学、数学、経済学、宗教学、はたまた哲学まで勉強しています。まあ、将来のことと思って頑張っていますが、正直言ってしんどいです」

 それに宮村さんは快活と笑いました。

「まあ、でも、それだけ管理職のポストは重要なポストだから、会社としてもしっかり審査するつもりなんだろう。頑張れよ」

 それに千早様はしゅんとした顔つきになりました。

「はい」

「ま、まあまあ。それだけ難しくてもやりがいはあるでしょ?」

 それに千早様の顔つきがパッと輝きます。

「はい!」

 そして、千早様は気づきました。悠馬様がお茶に口を入れていないことに。


「飲まないんですか?」

「いやー」

 悠馬様は頭をぽりぽり書きながら答えます。

「俺って胃腸が弱いからさ、こう冷房がガンガン効いたところで冷たいものを飲むとたまに身体を壊すんだよね。だから、我慢してるの」

 それにまた千早さんがシュンとした顔つきをします。

「そうなんですね。気付かずにすみません」

「いや、いいよ。あとで飲むから」

「じゃあ、二人とも休憩入るか?」

「え?」

 お二人は同時に宮村さんの方へ振り向きました。

「ほら、二人とも頑張ってくれたし、休憩ということにしよう。外に出れば暑いから、冷え切った身体をあっためるのもちょうどいいだろう」

「じゃあ、行こうか?千早さん」

 それににっこりと千早様は笑いました。

「ええ」

 そして、コンビニの外側。その片隅で二人は話します。

「あったかいな」

「ええ」

「でも、数分後には暑い、と思ってしまうんだよな」

 それにクスリと千早様は笑います。

「そうですね」

 それからおもむろに二人はお茶を飲みます。

 悠馬様は一つの嘆息をして言いました。

「ああ、うまいな」

「ありがとうございます」

 悠馬様は首を回して言いました。

「やっぱりな」

「うん?」

 千早様はクリクリとした目をして悠馬様を見ました。

「お茶飲んで気づいたんだけど、結構喉乾いていたんだよな、と思った」

「はは!」

 千早様は快活に笑うと、言いました。

「夏ですからね。いくら冷房のついているところでも水分補給はちゃんとしないと」

「それと塩分もな」

 二人は同時に見つめ合い、笑いました。その時。


「あ、車」

 そうです、荷物を積み込んだトラックが入ってきたのです。

「休憩は終わりだ。急いで商品を下ろすか」

「そうですね」

 そのあと、二人はごくごくとペットボトルを空にしてトラックに向かいました。





「お疲れー」

「お疲れ様」

 悠馬様は定時に入ったので帰りの支度をしました。そして、更衣室から出ると私服の千早様が立っていました。

「あれ?千早さん、残らないの?」

 それに太陽の笑い方をする千早様。


「今日は残りませんよ」

「はは、そうなんだ、それはラッキ・・・・・・・」

「勉強しなくてはいけないんで」

 太陽は暗雲で隠れました。今度は悠馬様は乾いた笑みをします。

「はは。そうなん、だ」

 しかし、太陽はまたからりと晴れました。

「それはともかく、駅まで一緒に帰りませんか?」

「ああ、そうだね。そうしよう」

 そして、悠馬様たちは家路について行きました。その道すがら、千早様はファンシーな店を見つけます。


「あ!可愛い!」

 それはファンシーな外観をしていたアイスクリーム店でした。

「この店、春にもあったよ」

 それに千早様は急いで振り返ります。

「本当に?」

「本当、本当。中に暖房つけてアイス売ってた。多分、冬の時もやっているんだよな」

 千早様は明らかにウズウズした表情が滲み(にじみ)出てます。


「ねえ・・・・」

「入ろうか?」

 それに千早様の表情がパッと、輝きます。

「入っていいの!?」

「いいとも」

「じゃあ、行きましょう」

 そして、店内に入ります。店に入ると中央にアイスクリームが入ったボックスが、右奥に4つほどのテーブルがありました。


「あの」

「はい。いらっしゃい」

 そう言ってニッカリ笑ったのはちょび髭を生やした中年の男性でした。

「テイクアウトできますか?」

「もちろん」

「じゃあ、ここの店のオススメはどれですか?」

 およそ20種類ぐらいのアイスを見ながら千早様は言いました。それにニッカリと店長が笑って答えます。

「すべてがオススメさ」

「もう!おじさまー!」


「はは。でも、半分は本気だぜ?全ての商品にいい仕入れから仕入れているから、生半可な気持ちで商売してないぜ?」

 それに千早様はいたずらっぽく笑いました。

「じゃあ、何を頼んでも美味しい、ということでかぁ?」

「ああ、味は保証する」

「じゃあねー・・・・・・・・・・・」

 千早様はぐるりとアイスクリームを見て言いました。


「私、キャンディーアイスとグレープもらおうかしら?」

 そして、店長はクイット顎を悠馬様に向けました。

「そっちの彼は?」

「あ、僕はバニラとチョコレートをお願いします」

「カップとコーンどっちにする?」

「カップで」

「僕も」

「あいよ」

 それから、店長はカップにアイスを詰め込んで、千早様はトテトテと悠馬様のそばに来ました。

「美味しいアイスだといいね」

「ああ」

 それからほどなく、店長が呼びました。

「出来たぞ」

「はーい」

 そばに駆け寄る千早様に店長はアイスクリームを出しました。

「あれ?」

 千早様が不思議そうな表情をします。

「これ・・・・・・・・・・・」

「おお、お嬢ちゃん、可愛かったからおまけしといたよ。代金はダブルで大丈夫だ」

 そのカップにはグレープとキャンディーとソーダクリームがありました。

「わぁ!ありがとう!おじさん!」

「はっはっは。ほら、彼にもおまけだ」

「げっ!」

 悠馬様のアイスにも、バニラとチョコレートとそして、

「これはもしかして?」

「ああ、コーヒーアイスだ!」

 そう言ってガハハ、と笑う店長。悠馬様は渋い顔をしています。

 それに千早様がクスクスと笑って店長に教えます。

「店長。彼、コーヒーが苦手なんですよ」

「そうだったのか?ワッハッハ。そりゃあ悪かったな」

「いえ、大丈夫です。アイスぐらいだったら食べれます」

 そう言って、悠馬様はアイスを受け取りました。

 そして、代金を払って二人は店を出ました。

「では、またね。店長」

「おお、お嬢ちゃんならいつでも歓迎だ」

 二人は歩きながらアイスを食べ始めます。悠馬様はコーヒーアイスを食べ、震えました。

「これ、結構苦い」

 それにクスクス笑う千早様。

「なら、交換こしよっか?コーヒーアイスとクリームソーダだけ交換して、食べ終えたらまた交換するのはどう?」

「そうしよう」

 二人はそれぞれのアイスを交換しました。

「うわ。本当だ。このコーヒーアイス、かなり本格的だ」

「だろ?」

 そして、悠馬様もクリームソーダを食べて上機嫌な顔になります。

「うん。これ、美味いな」

 それにニヤニヤと千早様が笑います。

「な、なんだよ?」

「いやー、なんとなく烏丸さんの性格がわかったような気がして」

「な、なんだよ!わかった気がする、って。何がわかったんだよ!」

 悠馬様の上ずった声に、千早様はふふ、と笑いました。

「ヒ・ミ・ツ♡」

「こ、このー!」

「きゃー!」

 悠馬様はスプーンを持った手を上げました。それに千早様が逃げます。

「待てー!」

「きゃー!来ないでー!」

 というじゃれ合いを2分ぐらいした後、二人は肩で息をしていました。

「ゼェゼェ。私たちって、ゼェゼェ、体力落ちているよね」

「ハァハァ。そうだな」

 それから、どちらともなく二人して笑いましたが、すぐに千早様の顔色が曇ります。

「どうかしたの?」

「いや、今、こうやって烏丸さんといることが幸せだな、って思って」

「え?」

 悠馬様はドキッとした表情になりましたが、千早様は気付かず、言います。

「世界の中の人はこんなに笑えない状況の人がいるのに、私たちが幸せでいいのかな、って思ったの」

「ああ、そうか・・・・・」

 明らかに落胆の表情をする悠馬様に、千早様はそれを誤解しました。

「そうだよね。烏丸さんもそう思うよね?」


「うん。思う。でもさ・・・・・・・・・・」

「でも?」

 千早様が烏丸様の表情を窺います。

「でも、そういうのはキリがないと思うぜ?俺、ニュースとか詳しく知らねえけどよ。アメリカだけじゃなくて、中東やアフリカでも非人道的なテロが続いているんだぜ?日本だって、そうだ。児童虐待や高齢者の自動車事故。悲しみはいたるところにある。


 それは大きな惨事に心を痛めるのも大事だと思うけど、でも、事故にあった当人や被害者だって大きな苦しみにさらされていると思う。つまり、つまりなぁ・・・・・・・。大惨事だけ心を痛めるは違うと思うし、だからと言って全ての人に心を痛めるなんて俺には不可能だと思うんだよね。これは千早さんにとって耳障りな言葉かもしれないけど、そういう考え方はほどほどにしといたほうがいいと思うぜ?」

「うん」

 千早様は曇った表情のまま頷きました。

 悠馬様は空を見ます。もう夕方とはいえ、かなりの熱波が外にいる人を襲います。

「交換しようぜ?こんな暑さじゃ、すぐに溶けてしまう」

「・・・・・・・・・・・・・うん」

 それでほぼ溶けかかったアイスを二人は交換して、食べ始めました。それにボソリと千早様が言います。

「でも・・・・・・・」

「ん?」

 千早様は顔を上げてはっきりと悠馬様の顔を見つめ言いました。

「でも、私は人の痛みに鈍感な人でありたくない」

 悠馬様はカップを路上におきます。千早様もそうしました。

 悠馬様は似つかわしくないほどの真面目な表情で千早様を見ます。

「それが、不可能な道だとしても?」

「ええ」


「どうして?」

「・・・・・・・・・・・」

「どうして、そんな無駄なことをするんだ?千早さんだってやることはいくらでもあるだろ?仕事とか、勉強とか、息抜きも大事だ。人を思いやる時間なんてそうないだろ?」

「それは・・・・・・」

 千早さんは少し俯いた後、はっきり言いました。

「それをなくしたら人間でなくなるような気がするからです」

 それに悠馬様の顔は色を無くしました。

 そして、アイスのカップを持ちます。

「そうか、わかったよ」

「あの、烏丸さん」

「いいんだ。それが君が選んだ道だろ?なら、何も恐れることはない」

「・・・・・・・・はい」

 千早様は縮こまりました。

 そして、そんな千早様を悠馬様が追い越します。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 千早様はそんな悠馬様を憂いを秘めた目で見つめます。すると、悠馬様が立ち止まりました。

「それとな」

 悠馬様が振り返ります。


「勉強、頑張れよ」

 それにパーっと千早様の表情が輝きます。

「はい!」

「その道に入ったから、管理職になれなかったという愚痴(ぐち)は聞いてやらんからな」

「もちろん!言いませんとも!」

 それから二人は駅で別れ、悠馬様は駅で電車を待っていました。

 ずずっと、抹茶のようにアイスを啜る、悠馬様に話しかけます。

「彼女、立派な人ですね」

「全くな」

 ずずっ。


「なあ」

「はい?」

「なんで、お前たちはそんなに人の痛みに敏感であろうとするんだ?そんなの、一文の得にもなりはしないのに」

「悠馬様。悠馬様は私や千早様と話してどう感じましたか?」

「・・・・・・・・・・・話しやすい。俺とは正反対な生き方だけど、素直に尊敬できるよ」

「ほら」

 私は笑いました。その笑いの感情に気づいたのか、ビクッと悠馬様の体が震えます。

「な、なんだよ?」

「人にそう思われるのは非常に得な生き方じゃないですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そこで、電車が来て私たちはそれに乗りました。

「なあ、ブブ様。ブブ様は毎日が楽しい?」

「まあ、人の苦しみに心を痛めるということはいつも楽なことではありませんけど、しかし、私の考えに共感してくれる仲間がいます」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「そんな彼らと語らうことは楽しいことですよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「それに弱い人の支えになるのは快楽とは違う充足感もありますしね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 電車が降りる駅に止まりました。悠馬様はアイスのカップをゴミ箱にして、暮れになっている時間帯を歩いていきます。

「俺も・・・・・・・・・・・・・」

「俺も?」

「いや、なんでもない」

 それから、家に着いた悠馬様はさっさと食事とお風呂を済ませ、すぐに就寝しました。



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