30、真夏の夜の夢は暑苦しさゆえに狂気じみている
久しぶりにそれなりに飲んだせいだろう、僕はおかしな夢を見た。夢なんてだいたいおかしなものだが、そのなかでも奇妙なものだった。
僕はまず、美紀の前で土下座をしていた。僕が何をしてしまったのかはわからないけれど、とにかく謝っていた。
「すまなかった! 許して!」
僕は地面に
「調子に乗ってんじゃないよ」美紀が低い声で言った。
「すまない……」
――僕は調子に乗っていたらしい。言われてみると、そうだったかもしれない。美紀を恋人にできたことで、浮かれていた。美紀のために、美紀と釣り合いがとれるように、収入を上げようとか転職しようなど具体的な行動をしていなかった。そのことは何となく申し訳なく思っていたが、これまでずっと美紀が何も言ってこないのをいいことに、そのままにしていた。
「うん……、俺は調子に乗ってた」
「そうだよ。何様の気ィしてんの?」
美紀の言い方は板についていた。普段はこんな口を利かないのだが、もはやそういうキャラクターとして厳然と存在していた。
僕は美紀に叱られながら、晃子を思った。こういうとき、目の前の女よりも昔の女のほうが優しかったなあと、しみじみ思う(実際には昔もキツい思いをしていたのだが、それは都合よく記憶から消えている)。晃子……同い年で包容力があって、僕にとってはまるで湯船に浸かるような心地良さと安心感があった。
次の瞬間、僕は晃子と布団の中にいた。子どものように布団のなかでかくれんぼでもしているようだった。布団は波のようになって渦を巻き、晃子はその
やがて息が苦しくなり、いつの間にか僕は溺れかけていた。もう晃子を追うどころではなかった。生命の危機に、みるみる恐怖が募っていった。
そして一段と大きな叫びを上げようとしたところで、目が覚めた。
辺りは暗く、初めはどこなのかわからなかったが、あまりに俗物的な中上の
外が少し白んできているのが、カーテンの
悩んだ末に、温泉にもう一度入ろうと思った。深夜でも一部の温泉は入れるということを、中上が言っていたのを記憶していた。夜中の、誰もいないであろう広々とした洗い場で汗を流し、ゆっくりと湯船に浸かる――ようやく本格的に温泉を堪能できると思うと、ワクワクしてきた。
僕は中上を起こさぬように息をひそめ、部屋を出た。
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