8、バランスの崩れや改善すべき欠陥への気付きと対処行動

 僕だって、『7つの習慣』は28のときに読んだし、『人を動かす』も読んだし、苫米地英人や斎藤一人や現代の日本の自己啓発のような本も読んだ。最近もてはやされはじめている瞑想だって、もう10年前にはやっていた。

 それでも、今このありさまなんだ‼ これは本のせいでもないし、瞑想に効果がないわけでもない。瞑想は1週間ぐらいしか続かなくて、あとはときどき思い出してやってみるくらいだった。これじゃあなかなか効果は出ない。本は、実際に読者の人生を変えているものばかりだったのだが、僕の読み方というのが、ほとんど、いや完璧な自慰行為だった。マスターベーションだ。読んで気持ちよくなって、希望も感じるのだが、その先がない。行動は変わらないのだ。

 〈知識として頭に入れば、自ずから行動も変わる〉という説は、まったく間違っているわけではないが、すべてに当てはまるものではない。例えば僕が、鳥や牛や羊の屠殺があって、その肉を食べているという事実を知るとする(例えばというか、実例なのだが)。そして、あんなに純粋な目をした動物が、僕たちのという欲望のために、無残に殺される――『ドナドナ』という歌は、人間の業の深さを表現しているのだ! 僕がベジタリアンにでもなれば、肉食をやめる人間が一人でも増えれば、彼らのうちの何羽か、何頭か、何匹かは、殺されずに済むのだろう。だが、僕は未だに彼らの肉を食らい続けている。こんなのはほんの一例で、他にも健康に良いと分かっていても運動をしないとか、ここには近寄らない方がいいと言われているのに怖いもの見たさで近寄ってしまうとか、大事な人との関係を壊さないために自分の言動に配慮し、相手を常に思いやる必要があるとわかっているのに、あんな思い出すに堪えないひどい喧嘩を安易にしてしまうとか……。


 行動だ。行動を変えなければならない。決意してはうまく実行できなかったこれまでの苦い思いが積もりに積もって、コップから水が溢れ出すように、ようやく本当に実行するまでの域に達したのだ。

 しかし……何をしたらいいのか、わからない……。こういう時は、筋トレか瞑想だ。それはやろうとしてやれていないことだった。僕は5分ばかりの筋トレ(あんまりたくさんやると長続きしないと思い、5分間の簡単なメニューを組んだのだが、それでも続かなかった)と、10分間の瞑想を行った。久しぶりの腕立て伏せは10回でも肩がバキバキに痛んだ。そのあとの腹筋やスクワットでも、自分の筋肉のなさを痛感した。瞑想は、久しぶりだったので平穏の集中状態には至れず、雑念がどんどん湧いてきた。その中には、晃子との性行為の記憶もあった。そのまま、それこそマスターベーションでもしたくなったくらいだったが、それによって自己嫌悪に陥ることは目に見えていたので、避けることができた。その他、職場で何気なく感じていた不満を肌で感じるように、より実感を伴って思い出したことで、それが意識化された。備品の不足や、PCの動作の遅さ、それらによる業務の滞り――日常的なものだったが、これが僕に対して多大なストレスをもたらし、疲弊させ、無気力にさせていたのだ。だいたいが忙しすぎる。あの時給に比して!

 とまあ、平穏には至れずとも、大事な気付きはあった。まだその段階なのだ。僕には気付くべきことが山ほどある。ある意味では、平穏にいるからこそ、それらのことに気付くことができるのだ。うむ、だから、今日の瞑想はだ。僕は合格をどんどん取得して、然るべき自信を付けていかなくてはならない。人間失格はまっぴらだ――。

 そんな言葉、つまり、〈合格〉という言葉をたまたま使ったことで、その反対の状態の〈失格〉を思い浮かべ、それから太宰の『人間失格』を連想し、〈人間失格はまっぴらだ〉なんて、嘯いてみたりする。そうすると、10年以上前に読んだ『人間失格』の内容を思い出す。そして僕は、外に遊びに出たくなる。晃子とあんなことがあったあとのせいか、僕の性的フラストレーションは高まっていた。何をしでかすかわからない。どこかのソープに入って済ませられればまだいいほうだ。いや、外出したらそんな気分は消えて、おとなしくカフェでコーヒーをすすって帰ってきたなんてことになれば、なおいい。だが、僕は少なくともというものに、何かしらコンタクトを取ろうと決意し、玄関で靴に足をねじ込んでいた。

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