7、声は聞こえている
その日は結局、晃子とコンタクトを取ることはなかった。視線も合わなかった。安堵した一方で、拍子抜けだった。終わったからこそだろうけど、帰りの電車の中では、むしろ何かひと波乱あったほうが良かったと感じていた。
実際、何にもなかったことは不吉だった。かなりネガティヴにとらえると、僕たちが決定的に〈他人〉になったようだった。せめてアイコンタクトでもあって、怒っていてもいいから、僕たちがただの同僚ではない、それ以上の関係だという
救いは、晃子が僕に見せつけんばかりに他人の顔をするという事態が起こらなかったことだ――いや、もしかすると僕はそんな冷たい態度でもいいから、晃子から何らかの感情をぶつけられたかったのかもしれない。そうだ、ぶつけられたかったのだ。
部屋で僕は晃子と連絡を取ろうかどうか迷っていた。LINEを開いては閉じ、寝転んで考え、またLINEを開き……。今までの喧嘩では、どちらかが連絡を入れて、なんとなく仲直りをしていた。今回はたぶんお互いに、『連絡なんか取るもんか!』と思ったはずだ。少なくとも僕はそう思ったし、晃子がそのくらいの勢いで不機嫌になり腹を立てたことは、喧嘩している最中も別れ際も痛烈に感じた。
だが、僕は早くも強張った拳をゆるめようとしている。たった数日で、気分が変わる。
――クールダウン、カームダウン――
あんな喧嘩で、こんなふうに牽制しあっているのは不毛だ。精神的に不毛であり、人生においてもだいぶ不毛だ。たしかに僕はまだ、晃子を許せないでいる。晃子もそうだろう。しかし、意地を張って消耗するよりは、うまいとこ落としどころを見つけて、なるべく早く和解したほうがいい。
……そうは思いつつも、結局連絡を取る勇気は出せず、(まあ明日休みだし、今日の緊張で疲れてるし、ゆっくり態勢を整えてからにしよう)という脳内の囁きに素直に従い、その日は寝てしまった。同時に、たぶんそれは悪魔の囁きなのだろうという頭上からの響きも、ビシビシと、それこそ痛烈に感じてはいたのだが。
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