4、食について

 仕事をしているあいだは何も考えていなかった。いくら仕事に精を出しても、僕の人生の本質的なところには、何の進歩もない。むしろ後退しているかもしれない。だが、帰りの電車の中では思考が渦を巻いた。本質的な思考だ。その波に飲み込まれる苦しさはありつつも、改善に向けて前進しているという感触はあった。こうでなくてはならない! こうしなくては、晃子との関係の修復は不可能だ。


 まず忘れてはいけないのは、明日の昼食を大学のキャンパスで食べないことだ。オフィスビルの食堂でもいいし、周辺の店でもいい。そしてカップラーメンよりもマシな、できれば幕ノ内弁当のようなものを食べよう。カップラーメンは絶対に避ける――。

 そこから先、日常生活のあり方についても考え直そうとしたが、思考がさほど広がらなかった。疲れて、眠気があった。明日の昼食のことを何度も反芻し、それだけで1時間の乗車時間は終わった。だが、あっという間で中身の濃い時間だった。僕はそれが嬉しく、電車を降りたとき微笑みを漏らしていた。


 駅から僕のアパートまでの10分間の徒歩の途中、まず目につくのがマクドナルドだ。週に1度か2度、ここで夕食としてセットを注文している。今日はここを通り過ぎなければならない。通り過ぎなければならない。世間が言う栄養の問題のためではなく、明日、カップラーメンという安価な昼食で済ませられず、食堂なり店に入る以上、いつもより高くつくのは目に見えているからだ。最近のマクドナルドのセットは平気で700円以上するのもある。そして僕は、注文するときその旨そうで高いセットに心を奪われてしまうのだ。明日の昼食より高いものを注文しかねない。僕は足を早め、視線を向けずに強い意志で通り過ぎた。

 その後、松屋やココスがあったが、そこは比較的ラクに通り過ぎることができた。マクドナルドの吸引力の強さを、ハッキリと理解した日となった。


 アパートの扉を開け、中に入ると、僕はいつもと違いテキパキとスーツを脱ぎ、部屋着を着て炊飯を始めた。今日は食べ残しのご飯がないので、一から作らなければならない。一度に3合作って、2~3日は食べられる。どうせ朝は食べないし、夜だけなのだから……しかし、僕はそれもあらためようと思った。もう40なのだ。そんないい加減な食生活をしていたら、いずれ痛い目に合うだろう。

 僕は今後、朝も夜も自炊のご飯を食べることにした。今夜は今までのように、ふりかけをササっとかけて終わりだが、明日からは味噌汁とおかずも作ろう。そして朝も、ご飯+α。トーストなんかもたまにはいいだろう。とにかくそういう、生活を送る必要が、今の僕にはあった。進歩のために。

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