2-3

「どうやら、〈雀〉と〈燕〉辺りが動いたらしい。クーデターは未然に終わった。安心してくたばっていいぞ」



 クロウが走りながら、腕の中でぐったりと息をするオウルに呼びかける。

 彼の周囲にはカラスが数羽舞っている、カラスを介して国内の状態を探っていたのだ。



「お前が掴んだ闇ルートも押さえた。しばらくは隣国の干渉もねえだろ。……おい、まだ生きてるか」

「ん……たぶん」

「……チッ」



 悔し気にクロウは舌打ちした。自分に伝わる熱が上がってきている。魔力欠乏による衰弱、その一段階手前といったところか。こうして走る間も魔力を流し込んではいるが、休まる状態でなければ回復はしない。

 一声かけてクロウはスピードを上げた。風を切る鴉のように、夜の森を駆けて行った。






「ほい、お前ン家着いたぜ。このままベッド直行でいいだろ、いいよな、いいってことにするぜオレの独断で。下着とか見ちまっても俺の責任じゃねえからな」



 いつもなら「デリカシーがない」などと言い返すところだろうが、オウルは何も言わずクロウの制服を握りしめるだけである。これは本当にまずい、とクロウも焦りを見せている。



「服脱がさねえだけオレぁ優しいよな。うんうん。はーいオウルちゃーん、ベッドに着きましたよー、あとは自分で着替えるなり何なりしやがれください。……おい離せって」



 ベッドに下ろしても尚、オウルのか細い手が服から離れず、クロウは戸惑った。革手袋を嵌めた手で引きはがそうとするも、むしろその手を掴まれる具合である。



「オウル……お前いい加減に」

「やだ、いかないで……ひとりにしないで」



 ピタリ、とクロウが動きを止めた。

 フクロウ面を地面に払い落として、オウルはそのままクロウにしがみついた。弱々しく込められた力で何とか彼を逃がすまいとする。



「たりない。死んじゃう。たすけて、もっとちょうだい」

「…………」

「……おねがい……」



 カラス面が天井を仰いだ。後ろに流した黒髪をガシガシと掻く。言葉選びに悪意があるぞ、というひとり言はオウルの耳に届かない。

 色よい返事がもらえず、より必死になったのか──オウルの声に魔力が宿った。



「『クロウ。行かないで』」

「バ……てめ、魔力ねえのに何やってる!」



 力尽きたのだろう、言うだけ言ってぐったりとクロウに倒れ込んだオウルの体は先ほどよりも熱を上げていた。バカが、と小さく悪態をついて彼女を寝かせ、深々と息をいた。



「“それ”使われたら、もう言うこと聞くしかなくなるだろ……」



 布団を肩までかけてやった後で少しの間逡巡し、やがて諦めたようにベッドに腰を下ろした。

 そしておもむろに──オウルの前では決して取らなかった、黒く分厚い手袋を外した。


 細く長く、しかし男らしく骨張った手が、やや躊躇いがちにオウルの額に掛かる前髪をかき分けて手のひらを押し当てる。いつもの魔力回復の時よりも強く、多く、魔力がオウルに注がれていく。



「特別だぜ、今回は」



 囁く声は、低く優しく柔らかい。

 意識を失った彼女は、その声を耳にすることも、その手を目にすることも、できなかった。

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