2-2

「ひっ……!? だッ、誰だ!」



 ひと際豪華な部屋を探し当てて入ると、太った男が引きつったような声を上げて固まった。

 お世辞にも人がよさそうとは言えない顔が無様に恐怖で歪むのを、オウルとクロウは冷徹に見下ろしていた。クロウはマントから長い腕をにゅっと突き出して男の胸倉を掴んだ。



「ご機嫌よう、いい夜だな。武器商グレゴリー殿でお間違いないかい」

「ひ、な、なな何だお前たちは! 一体どこから」

「質問に質問で返すんじゃねえよ。おい、この男で合ってるか」



 クロウがそう尋ねる頃には、オウルは簡単な読み取りを終えていた。事務的にがえんじて懐からナイフを出す。



「どうかお静かに。あなたから正確な情報さえ聞ければ、我々はあなたを殺しはしません」


(おい……!)



 言外に咎めるクロウを無視してそのまま歩み寄る。背の低いオウルはクロウよりも不気味な印象を与えたのか、グレゴリーはよりパニックに陥るばかりだ。



「やめろ、やめてくれ! 誰か! おいゴロツキども、こういう時のために高い金出してやってんだ、さっさと仕事しやがれ!」

「無駄です。この宿に居る人たちはみんな、わたしが眠らせました。起きているのはあなたと、わたしと、そこにいるカラスだけです」



 すうっとナイフを頬に走らせて薄い傷を作った。

 その痛みに恐怖が臨界点に達したのか、それとも一周回って冷静になったのか、ようやくグレゴリーは息を荒げつつも押し黙った。


 胸倉を掴む黒い革手袋が乱暴に男を離した。オウルは床に崩れ落ちた男の目線の高さになるよう膝をつき、深く呼吸を整えた。

 クロウがさり気なく背中に手を添えてくる。触れられたところが熱い、魔力を分けてくれているのだろう。



「どのみちあなたは秘密を墓場まで持って行けません。わたしは死体の記憶を読み取ることが出来るので。ではそれを踏まえて──」



 面の奥で黒曜色が煌めく。〈梟〉の温度の低い声に、僅かに魔力が混ざり、グレゴリーの脳へ染み込み支配する。



「『正直にお話しくださいますよう。他国と繋がったあなたが、何を企んでいるのか』」






    ──◆──◇──◆──






「ホーク! 今すぐ来い!」



 クロウの鋭い呼びかけに、窓からホークが舞うように滑り込んできた。

 豪華なラグの上で太った男が首から血を流して絶命している。そこから少し離れたところでは小柄なフクロウ面が蹲り、その肩をクロウが抱いている。



「まずいことになった。こっちはだ。本命は北区だ。今、上層部にカラス使って伝達してるところだが……」

「ふむ……オウル嬢、“覗いて”も構わんか?」



 今しがた読み取ったものを、彼の視覚魔法で覗こうというのだ。頷くのもやっとなオウルはその方が有難い。



「武器の横流し先は隣国で間違いはなかったんだが、その用途がまずかった。反体制派と隣国が繋がってたんだよ。今日明日中にはクーデターが起こる。何なら今にでも」



 オウルの頭に手を当てて集中するホークに、手短にクロウがまとめを補足する。

 諜報機関のエージェントはこの三人だけではない。もちろん実働部隊もいる。彼らが動けば事態は容易く片付くだろうが、もし決起が今夜ならば間に合わない可能性もある。



「この男は餌だった。万一わたしたちのような者に襲われても、情報を漏らさないよう鍵が掛けられていたの。解呪しようにも癒着が激しくて……それで仕方なく殺して“読み取る”ことになってしまって」



 オウルは申し訳なさそうに釈明する。面から覗く顔は青白い。大幅に魔力を使ったためだろう。



「生体でも過去一、二時間以内なら大まかな記憶は読み取れるから、それに加えてで導き出そうとしたのだけど……余計に魔力を使っただけだったわ」

「まあ、最初っから殺してりゃこうはならなかったな」



 肩を抱くクロウの力が強まった。その胸に脈打つ鼓動をオウルはこめかみに感じる。ゆっくりと体に彼の魔力が満ちていくのが、そしてその感覚にすっかり慣れきっている自分が、急にくすぐったくなってきた。いたたまれなくなって身を捩るが腕の力が余計に強くなるだけだった。



「動くんじゃねえ病人。──端から殺す選択肢を採らなかったから、ロック掛けられるほどの奴がいると分かったんだ。結果オーライだ」

「う……うん」



 そういう理由で暴れたのではないのにな、とは言えず、オウルは大人しく返事するにとどめた。今日は何だか変だ。魔力の使い過ぎはよくないわ……。

 二人の様子をじっと、それこそ鷹のように観察していたホークが、金物のような声でクロウに言い放った。



「カラスよ……よもやオウル嬢に手を出したわけではあるまいな?」

「…………はァ!?」

「いやいや、お前さんがそこまで気を配るとは、ただならぬ関係なのではと思うたのだが」

「ドコをどう見りゃそうなる、この色ボケじじい!」

「そう喚くでないカラスよ。お前さんの声はただでさえやかましい」



 いつも自分をからかってくるクロウが、ホークにいいように言われて喚いている──思わずオウルがくすりと笑みを漏らすと、ホークの口元が柔らかく緩んだ。



「ほほ。たまにはカラスも使えるものだな、オウル嬢の笑みが見られるとは」

「おま……オレといる時ァぜんっぜん笑わねえのに……」

「嫉妬か、カラス。見苦しいの」

「じじい!」



 カカカッと高笑いした後で、ホークは真面目な空気を取り戻した。クロウもオウルもそれに倣うと、〈鷹〉は一段階声を低くした。



「さて、カラスの魔法は“広く浅く”だ、本件の情報を詳細に入手するには向いておらん。そこでオウル嬢の“狭く深い”情報収集スキルを拝借したいところだが、魔力の方はどうだ?」

「クロウに頼れば何とか。国の一大事だもの、惜しむことはないわ」

「アホ。無事じゃ済まねえぞ、今のでいくらか回復できたって言ってもよ。あれは万全じゃねえと……」

「だからのよ、あなたに。運び屋のカラスさん、わたしをちゃんと家まで運んでね」



 クロウが言葉に詰まったのを見て、ホークは彼の肩を叩いた。オウルの勝ちだ。



「貴女が“読み取り”さえすれば、ワタシが“覗い”てカラスが本部に伝達できる。いけそうか、オウル嬢」

「ええ大丈夫。死体の読み取りで場所の目処はもうついてる。クロウ、あなたのカラスを貸して」

「……チッ。『ルナ』」



 一羽のカラスを呼び寄せ、長い腕に止めて差し出した。そこに手をかざし、目を閉じて呪文を唱える。



「あとはお願いね、──『精神同調シンパス』」



 クロウの腕からバサァッと大きく羽を広げて、カラスは夜空へ飛び立った。

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