第33話 俺と正宗先輩は夜の校舎を駆ける 1


 映画のストーリーは、キャンプ中、車の故障によって山奥に立ち往生してしまった男女五人が、助けを求めるため、たまたま近くにあった洋館を訪れたことをきっかけに恐怖体験に巻き込まれるというもの。


 初っ端の血液ブシャーでもわかる通り、ジャンルはこてこてのスプラッタホラーである。わりと昔に作られたマイナー映画らしいが、秀逸な演出や役者の熱演・怪演もあって、今の時代でも通用するほどに、十分な恐怖を感じさせてくれる。


 やはり、いいものは時代を過ぎても色褪せないということだろう。


 と、内容はこの辺にしておいて、疑問が一つ。


「会長、どうしてこんなモン持ってるんですか?」


「あの、私こういうホラー映画が好きで……たまに夜中見るんだよ、ひとりで」


 意外な趣味である。先輩のことだから、パッケージのような、若い女性向けの恋愛映画を好むだろうと思ったのだが。


『ミツケタ――』


「っ……!」


 テレビ画面に青白い悪霊の顔が大写しになった瞬間、俺の腕にあたたかくやわらかな感触が押し付けられた。


「あ、す、すまん三嶋……つい」


「いえ、気にしないでください」


 思い切り俺に抱き着いたことに気づいて、正宗先輩がすぐさま俺から離れる。


「正宗先輩は、こういうの苦手なんですか?」


「当たり前だろう。こんなのを好んで視聴するヤツの顔が見てみたいものだ」


「正宗、ここ、ここにいるから」


 神楽坂先輩が自分を指差すが、正宗先輩は映画が怖いらしくそれどころではないらしい。


 ちなみに、逆サイドの橋村は、俺の肩を枕替わりにすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。かなり騒がしくしているが、起きる気配は微塵も感じない。


「九条先輩、ここらへんで中断しませんか? 橋村は起きませんし、俺も正宗先輩もわりと限界なので」


「私は全然平気だけど……まあ、元の予定とずれちゃったし、そのほうがいいかも。石黒さん、そろそろ映像を止めてもらって――」


 九条先輩が石黒さんにそうお願いするも、石黒さんは画面にくぎ付けになったまま動かない。まばたき一つせず、ストーリーに没頭しているのか。


「聞こえてますか、石黒さん。おーい……って、あれ?」


「? どうかしたか香織」


「あー、うん。えっとね……」


 九条先輩が石黒さんの体をゆすると、そのまま布団へこてっと倒れ込んだ。


「石黒さん、目を開けたまま気絶してる」


「い、石黒さああああん!?」


 神楽坂先輩の叫びが寝室をこだまする中、ホラー映画上映会は続行となった。


 理由はもちろん『このまま中断したら、逆に結末が気になって眠れない』というシンプルなもの。ジャンルはあれだが、映画としては悪くない出来だったことを付け加えておきたい。


 ただ、怖すぎるので自分から見ることは二度とないだろう。



 ※



 90分ほどの上映会を終え、俺は大和先輩とともに男子の使う寝室へと戻った。


「じゃあ、照明消しますね」


「うん、ありがとう三嶋君」


 上映会の余韻が残っていたこともあり、個人的にはもう少し照明はつけておきたかったが、大和先輩に迷惑がかかるかもしれないのでやめておいた。


 それに、俺ももう高校生だ。小学生のときならいざ知らず、ホラー映画のせいで夜眠れないなんて情けない。


「……やばい」


 布団の中に潜り込んで十分ほど。俺はぼそりと呟いた。


 上映会の時は恐怖で興奮状態にあったので気づかなかったが、緊張が解けたせいか、急にトイレにいきたくなったのだ。


 用を足したいのならさっさと行けばいいのだが、実は、今寝ている武道場や体育館にはトイレがなく、校内を少し歩かなければならないのだ。


 ホラー映画の上映会、その後の深夜、学校のトイレ。


「……なにこのおあつらえ向きな状況」


 まあ、朝まで我慢できそうもないので、行くしかないのだが。


 大和先輩を起こさないよう、ゆっくりと布団から抜け出して、深夜の見回りに使う用の懐中電灯を手に取る。少し光が弱いような気はするが、故障はしていない。問題なく使えそうだ。


 ドアを開けて外に出る。やはり暗い。『非常口』と書かれた非常用照明の灯りがあるため、真っ暗というわけではないが、それが逆に『出る』雰囲気を醸し出しているような。


 ……とにかく、さっさと行って終わらしてしまおう。


「あ、あの」


「っ……!?」


 と、俺が一歩踏み出した瞬間、背後からか細い声少女のとともに、ジャージの裾を引っ張られた。


 一瞬びっくりしてしまったが、その正体はすぐにわかった。


「す、すまない三嶋……びっくりさせてしまったな」


「正宗先輩」


 俺の後ろに寄り添うようにぴったりくっついていたのは、正宗先輩だった。


 どうしたんですか、と訊こうと思ったが、この時間に俺の後ろをついてくるということは、正宗先輩の目的も一つしかないだろう。


「えっと……もしよければ、一緒に行きます?」


「……ん」


 そうして、俺と正宗先輩はひっそりとした闇に包まれる真夜中の校舎へと潜入を開始する。


 用を足すために。

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