第32話 俺と先輩たちは鑑賞会をする。でも、なんかちょっとおかしい


 なんだかんだで全員がシャワーを浴び終えたところで、俺は大和先輩と一緒に女子の使う寝室へと赴いた。


 時間はすでに深夜0時を回っているが、もちろん夜這いではない。上映会のためだ。


「失礼します」


 八畳ほどの畳の部屋は、すでに布団で隙間なく埋まっている。ここでは女子四人+石黒さんが寝泊まりするので、少し狭いかもしれない。

 

 シャンプーかコンディショナーの香りだろうか、部屋に入るなり、畳特有の香りに交じって、ふわりと甘い匂いが。


 前に授業の準備で少し入ったことがあったが、あの時はただ埃っぽかっただけ……女子が四人(+一人)いると、こうも違うのか。


「お、来たなミッシー、ほれ、こっちこっち」


「……お前、橋村か?」


「なにいってんの? どこからどう見ても私っしょ?」


 アクセサリも何もつけておらず、髪も普通におろしているので一瞬誰かわからなかった。


 化粧もなにもない状態の橋村。……もしかしたら、こっちのほうが俺の感覚で言うと、普通にかわいいかもしれない。


「……どしたのミッシー?」


「い、いや別に。そっちに座ればいいんだな」


 誤魔化すようにいって、俺は橋村が確保してくれていた場所に腰を下ろした。

 

 橋村と、それから正宗先輩の間である。

 

 橋村のヤツは、単に口うるさい正宗先輩の隣にいたくないから緩衝材として俺を置いたのだろうが、俺にとってはそちらのほうが都合がいい。


「失礼します、正宗先輩」


「あ、ああ。どうぞ」


 窮屈にならないよう、正宗先輩がこぶし一個分ほど俺から離れる。正宗先輩も、今はポニーテールではなく、まとめた髪を前のほうに降ろしていた。こちらのほうも、なかなか悪くない。


「…………」


 そのさらに一つ向こうに九条先輩と、それから恨めしそうに正宗先輩を見る神楽坂先輩が見える。先輩の性格上、割り込んで俺の腕を特等席扱いするだろうと思っていたが、やはり先程のこともあったのだろう、石黒さんの隣で大人しく頬を膨らませていた。


 大和先輩が入り、扉を閉めたところで、九条先輩が口を開く。


「全員揃ったところで、それでは上映会を始めます」


「はーい、九条先輩。ずっと気になってたんですケド、これから私たちは何を見させられるんすか? 私、ぶっちゃけもう眠いんですけど」


「映画よ。恋愛映画。今回と似たような題材のやつだから、多少は勉強になると思って。眠いのはわかるけど、その分朝は余裕持たせてるから」


「ってことだから、目を覚ませ橋村」


「ほえっ」


 自分の質問から答えまでのわずかの間で寝落ちするとは。遊び疲れた子供か。


 いつもなら叩いてやるところだが、事情を知っているのでやりづらい。


 橋村は明日もバイトのために途中抜けだ。まあ、どうしてもギブアップならそのまま寝かせておいてやろう。内容は俺が覚えて後で教えてやればいい。


「うみゅ……」


「だから起きろって、後、俺の肩を枕替わりにするな」


「えへへぇ……ミッシーの肩、枕替わりにちょうどいいねえ」


 だからするなと。


「……もうヤバそうなのがいるみたいだから、早速始めるね。石黒さん、お願いします」


「はい」


 部屋に置かれたテレビとプレーヤーをつなげて、石黒さんが再生ボタンを押した。同時に部屋の照明も落とされる。


 その後、すぐに本編映像が流されるはずなのだろうが、その直前に、おかしな注意書きが現れた。


『※注意……この映画には暴力・グロテスクな表現がございますので、女性や心臓の弱い方のご視聴はご注意ください』


「ん? グロテスク……?」


 先ほど九条先輩は恋愛映画と言っていたが、恋愛映画で、そんな表現が目白押しだなんてことがあるだろうか。しかもR-15指定だから、わりと血やらが激しく飛び散ることが予想される。


「石黒さん、これ……本当に私が指定したやつであってます?」


「はい……美緒お嬢様の部屋にあったパッケージを、そのまま持ってきて……」


 石黒さんが先ほどプレーヤーにいれたソフトのパッケージを見せる。なるほど、タイトルからして確かにちゃんとした恋愛映画のようだ。

 

 そして、さきほどの『※注意』の表示もどこにもない。


 ではなぜ、今映像では、おどろおどろしい雰囲気の洋館が映し出され、そして、人の生首をついばむカラスの画が大写しになっているのだろう。


「あ、あの~」


 申し訳なさそうに神楽坂先輩が手を上げ、続ける。


「なに、美緒?」


「それ多分、中身違うと思う。前、別の部屋でそれ見たんだけど、その時、プレーヤーに入れっぱなしだったホラー映画のディスクのパッケージが見つからなくて」


「で、このパッケージにそれを入れたと」


「うん。応急処置的に……それを今思い出しました」


 ゲームや映像ソフトをたくさん持っている人あるある。


 もとのパッケージが見つからないからとりあえず別のヤツに入れてしまって、それを繰り返すうち結果的にどれにどれが入っているかわからなくなるやつ。


「結構濃厚なラブシーンがあるヤツだったから、それを後輩に見せて雰囲気よくして合法的にいちゃいちゃ……って思ったんだけど、あ、次のシーン、すごい血が噴き出すので注意です」


「ということは、これは恋愛映画ではなく――」



『ぎゃああああああああああああああああああ――!!』


 ブシャアア、と夥しい量の血液が、画面上を覆いつくしている。


 正直な話、俺は、この手の映画が大の苦手なのだが。


「ひ、ひい……」


 神楽坂先輩のありがちな失敗によって、深夜0時過ぎから、ガチガチのホラー映画上映会が幕を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る