第15話 俺は先輩と青春っぽいことをする 2


「……こ……!」


 俺の姿を認めた先輩は、すぐに目元を軽くこすって道路わきへと近づく。


「……ち、前……橋、……から!」


 車の騒音がよりいっそうひどくなって、何を言っているのかわからないが、しきりに前のほうを指さしている。


「えっと、前のほう? 前のほうを見ろってことかな……」


 先輩の指示に従って、首をそちらへ向けると、およそ50メートル先あたりに歩道橋が見える。


 あそこで合流しようということか。


 俺は大きく頷いて見せて、急ぎ足で歩道橋へ。


「後輩!」


「先輩!」


 俺が階段を上がりきるのとほぼ同時に、先輩も顔を出した。どうやら先輩も走ってこちらまで来てくれたらしい。


「びっくりしたよ、いきなり……その、大声で呼ばれるなんて。それで、なに? 忘れものとかは、なかったはずだけど」


「忘れものじゃなくて……その、先輩が一人で危ないかなって思って、」


「妹ちゃんと橋村に言われて?」


「はい。……あ」


 まずい、息が上がって思考が追いつかないせいで、つい反射的に正直者になってしまった。


「って、いや、そういうことじゃなくて」


「ふふ。どうせそういうことだろうと思ったよ。いかにも後輩らしい」


 そう言いつつも、先輩は穏やかな笑みを浮かべつつ、俺の頭に手を置いた。


「……ありがとう、後輩。気をつかってくれて。すごくうれしいよ」


「いえ……どういたしまして」


 くしゃくしゃと愛でるようにして、神楽坂先輩は俺の頭を撫でてくる。


 しかし、なぜ周りの先輩たちは、皆俺の頭を撫でてくるのだろう。軽くマッサージされているようで、個人的には嫌いではないのだが……。


 生徒会のマスコット的存在、という橋村の言葉を今さらながらに思い出す。


 神楽坂先輩も正宗先輩も、もしかしたら俺をかわいいペット的存在として見ているのかも。生徒会の先輩、とりわけ神楽坂先輩や正宗先輩に対しては、これまでの恩に報いようと意識して忠実になっていたから、余計に。


「とはいえ、わざわざ大声で呼ぶこともなかっただろうに。歩道橋ここがあるんだから、急げば先回りもできただろう?」


「……確かに、ですね」


 それに関してはぐうの音もでない。俺に大声で呼ばれて先輩も多少なりとも恥ずかしい思いをしたわけだから。走っている途中に聞こえた『青春だねえ』という誰かの声が耳元でリフレインして、頬が熱くなる。


 しかし、その時は今すぐ呼ばなきゃだめだと思ってしまったのだ。


 なんで先輩は泣いていたんですか――そんなことが訊ける勇気なんて、今の俺には絶対にないけれど。


「まあ、なにはともあれ一緒になれてよかった。……それじゃあ、はい」


「?」


 差し出された先輩の手を見て、俺は一瞬、訳が分からなくなる。


 その様子に、先輩はいよいよ呆れ顔を浮かべた。


「こらこら、後輩。私のことを送ってくれるんだろう? 途中で悪い奴らに捕まってアレやコレやとされないように。なら、私がどこかに行ってしまわないよう、君がきちんと繋ぎ止めておかなきゃ」


「……いいんですか?」


「当たり前だろ? 私と後輩の仲だし。それに今さら手を繋ぐなんて、普段の私と後輩のベタベタと較べたらどうってことないさ」


 言われてみればそうなのだが、しかし、この状況で手を繋ぐのはなんとなく特別感がある気がする。


 二人きりの夜の帰り道で、手を繋いで。


 イメージとしてはそれはもう恋人なんじゃないかと思うのだが……俺の感覚が純粋すぎるのだろうか。


「ほら、つべこべ言わずに手を繋ぐ。じゃないと私は一生ここから動いてやらないぞ?」


「またそんなこと言って……はい、これでいいですか?」


 先輩に言われた通り、俺は先輩の手を取る。ちょうど握手するような形をとったが、


「むう」


 その瞬間、先輩が不満そうに頬を膨らませた。


「……10点」


「10点満点中ですか?」


「1000点満点中だっ」


 なんと100分の1である。どうやら会長はお気に召さなかったらしい。


「あのな、後輩。手を繋ぐときはしっかりと指を絡めなきゃ」


「でも、それって所謂、恋人つなぎってやつですよね?」


「わかってるじゃないか」


 それはもちろん。そこまで俺も無知ではない。


 仕方ないので、言われた通りにして繋ぎ直す。


「ふむ……まあまあってとこかな。100点」


「1000点満点中で?」


「いや、100点満点中だけど?」


「大満足してるじゃないですか」


 まあ、機嫌を直してくれたようだから、それでいいだろう。


 俺と先輩は、互いの手の温度を感じながら歩きだした。

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