第14話 俺は先輩と青春っぽいことをする 1
妹と橋村に見送られながら、俺は自宅を出た。
外はすでに真っ暗だが、この辺りは街灯も多く設置されているので、すぐに見つけることができるだろう。神楽坂先輩は後ろ姿も綺麗だし、目立つ。
エントランスを抜けて、外へ。
すると、すぐ前に、ゆっくりと揺れるポニーテールが見えた。
正宗先輩、どうやら一人のようだ。
「正宗先輩」
「三嶋か? どうした、急に追いかけてきて」
「あの、会長は……」
「神楽坂か? あいつは迎えが近くまで来るからといって、ついさっき一人で行ってしまったが……忘れものか?」
「まあ、そんな感じです」
一足遅かったか。だが、まだ追いかければ間に合うかもしれない。とりあえず行ってみる。
「俺、追いかけてみます」
「そうか? なら、行ってこい。神楽坂はあっちの方へ行ったぞ」
「ありがとうございます、先輩」
「うん。じゃあ、頑張って」
正宗先輩と別れて、俺は走り出した。頑張って、という正宗先輩の別れ際の言葉がやけに気になるが……とりあえず後回しだ。
正宗先輩が教えてくれた方向を走る。俺の住むマンションは大きな国道のそばに建てられていることもあって、この時間帯は多くの車や人の通りがある。
「あ、いた」
少し走ったところで、目的の人はすぐに見つかった。大きな道路を挟んだ向こう側。
「やっぱり元気ないなあ……」
先ほど別れた時のように、冴えない顔をして俯き、とぼとぼと歩いている。
そんなに俺たちとカレーを食べたかった、とかだろうか。いや、先輩なら、もっと美味しいものを家で食べられるだろうし。
「あの、かいちょ――」
呼ぼうとしたところで、俺は気づいた。道行く人が結構多い。俺たちと同じく下校途中の学生や、仕事帰りと思しき人たちまで。
「…………」
少し、恥ずかしいかもしれない。
先輩に気づいてもらうためには名前を呼ぶしかないが、道路のほうは、ひっきりなしに車が行きかっている。ちょっと声を張ったところで、先輩には届かない。
ということで、大声で呼ぶしかないわけだが。
「……どんな罰ゲームだよ、これ」
道を挟んで大声で少女のことを呼ぶ少年。こちら側に気づいて嬉しそうな顔……をするかどうかは受け手次第だが、何かしらの反応は見せてくれるだろう。
はたから見れば、青春の一ページそのものである。彼氏彼女か、はたまたその直前か。
色々と想像し、ニヤニヤとされるだろう。
だが、俺と神楽坂先輩はすでにその段階にない。俺の片想いは、ほろ苦い記憶とともに終了し、次の恋へと頑張って進もうとしている。
未練が微塵もないと言えば、それは嘘になるが……とにかく、彼氏彼女でも、その直前でもない。
「……やっぱりやめようかな」
そんなヘタレた考えが頭をよぎる。
正宗先輩から今日のことを色々聞かれるかもしれないが、言い訳はいくらでもつく。人が多くて見つけられなかった、間に合わなかった……逃げるのは、苦手なほうではない。
こんなんでよく神楽坂先輩に告白できたものだ。
「いや、他人のことなんて気にするな。俺と先輩は付き合ってない、ただの先輩後輩、上司と部下……それ以上でも以下でもない、けど、」
一応、人が少なくなったタイミングにしておく。いきなり大声で叫んで、無関係の人をびっくりさせるのも良くないだろう。心臓が悪い人だって、中にはいるかもしれない。
……ヘタレなのは、もちろん自覚している。自分にため息がでる。
自分の中で言い訳をして、俺は先輩と並ぶようにして歩く。
身振り手振りで気づくかもと思いやっては見るが、先輩は気づかない。こちらに目を向けるような素振りも見せず、ずっと一点を見つめていた。
「あれ?」
呼ぶタイミングがつかめずにまごついていると、先輩の様子がおかしいことに気づいた。
「先輩、もしかして」
泣いている?
少し離れているが、時折目元をぬぐう仕草を見せているから間違いない。
「――先輩!」
その姿を見た瞬間、なにかに突き動かされるように、喉を張り上げていた。
もちろん周囲の人は驚いた表情で俺を見つめている。やってしまった……が、もう後戻りはできない。
「神楽坂先輩! 俺です、三嶋です!」
「……こう、はい?」
はっとしたように顔をあげた神楽坂先輩が、俺の方を見て、そう口を動かした気がした。
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