第12話 俺は先輩にはさまれる
先輩たちの後を追って自室に入ると、案の定、三人のうち、神楽坂先輩と橋村がそれぞれ違う隙間を覗き込んでいた。
橋村はベッド、一方の神楽坂先輩は机や本棚など。
二人ともまだ部屋に入って三十秒と経っていないはずだが、そんなに俺の趣味嗜好に興味があるか。
「……三嶋、すまない。一応、止めたんだが」
「正宗先輩は悪くないですよ……おいこらそこの二人」
「え~、だって気になるじゃ~ん。ねえ、会長?」
「橋村、お前と一緒にするな。私はあくまで、後輩がいけない道に進んでいないかをチェックしているだけだ。清く正しい教育のためだ」
俺から言わせれば同じ穴のムジナだが。
「とにかく、もう始めますよ。橋村、お前はこれ」
「あ、ノート。サンキュー、ミッシー」
橋村に全教科分のノートを渡して、俺はテーブルのそばに座る。対面に橋村を置いて、両サイドにそれぞれ先輩が座る形だ。
「さて、橋村がノートを写している間に、私と正宗で君の勉強を見てあげよう。私は現国、古文、英語。正宗は数学と化学あたりを頼む」
「わかった。三嶋、範囲内でわからないところはあるか?」
「えっと、ここらへんなんですけど……」
気を取り直して、俺は試験対策を進めていく。先輩たちに迷惑をかけてやしないかと心配だったが、訊くところによると、全教科の範囲はすべて頭に入っているとのこと。
さすが前回の学年成績一位(神楽坂先輩)と二位(正宗先輩)。
「ねーミッシー、ここの数式よくわかんないんだけど。どういう理屈でこうなるん?」
「その問題は、そこをこう考えてやると、数式の値がyと同じになるから、それを公式に代入してやって……」
ちゃんと真面目に取り組んでいる橋村に教えてやりつつ、俺は二人の先輩につきっきりで教えてもらう。
そして先輩たちは、二人とも教え方が上手い。去年散々やっているからというのもあるだろうが、教科書や参考書の内容を自分の頭の中でしっかりとかみ砕き、それをまとめて、俺にもわかりやすいように伝えてくれる。
確かに要領の悪い俺でも、成績が急上昇するわけだ。それに加え、今回は正宗先輩もいるから、真面目に取り組みさえすれば、まさに鬼に金棒といった状態だ。
「ミッシー、ノート全部写し終わったよ。ありがと」
「ああ、じゃあ、俺の机の上に置いといてくれ。後で使うから」
「オッケー。……ねえ、ところでさあ」
「……どした?」
「ミッシーと会長、ちょっとくっつきすぎじゃない?」
「え?」
「ん?」
俺と先輩がほぼ同時に声を上げる。
どうやら勉強に集中しているうち、いつの間にか密着していたようだ。俺の肘の先に、先輩のふくらみがわずかに触れる。
「先輩、ちょっと離れてもらっていいですか?」
「む、なぜだ? 二人きりで勉強するときは、いつもこうじゃないか。今更何を気にするでもないと思うが?」
「まあ、そうですけど。でも、今日は二人じゃないですし」
神楽坂先輩に勉強を教えてもらっていると、大抵こうなる。これだけの密着だから、俺も初めのうちはこうなる度に狼狽していたのだが、それがほぼ毎回となるとさすがに慣れてくる。
それに、何度も釈明しているが、神楽坂先輩は俺に対して恋愛感情を持っていない。なので、意識するだけ無駄だ。
「橋村の言う通りだ。私も感心しない。いくら生徒会で毎日顔を合わせているとはいえ、それは不純すぎる」
「不純? そういう正宗だって、たまに後輩の頭をなでたりして、ベタベタしてるじゃないか」
「あ、あれはただ三嶋がいつも頑張っているから。その、労いも必要だろうと」
「あれ? でも、労うのにわざわざ頭撫でる必要ってなくないっすか?」
「そ、それはっ……!?」
橋村と神楽坂先輩の二人に珍しく正論で攻められてタジタジの正宗先輩。
正宗先輩にそうされて悪い気はしなかったので、俺も特には気に留めていなかったが。労うだけなら、褒めるだけでも十分成立する。
「と、とにかくっ、三嶋も神楽坂もさっさと離れろ。いつまでそうしているつもりだ」
正宗先輩が俺の腕を掴んで、自分のほうへと引き寄せる。
かなり強い力で引っ張ったのか、俺が逆に正宗先輩の腕にしがみつくような格好となってしまう。
「っと……す、すいません正宗先輩」
「あ、いやこちらこそすまん。つい力が入り過ぎて……」
事故みたいな形だが、こうして正宗先輩と密着したのは初めてかもしれない。正宗先輩からほのかに漂う甘い香りが、俺の鼻をくすぐる。
「……む~?」
一方、その様子を見て不満に頬を膨らませたのは神楽坂先輩だった。
「おいおい正宗、私たちのことを不純だなんだと言っておいて、自分だって後輩とイチャイチャしてるじゃないか? おい、橋村。お前もそう思うよな?」
「そうだそうだー。風紀委員長とあろうものがダブスタとは卑怯なりー」
「ちがっ……こ、これはあくまで不純な行為を止めさせるために介入しただけで、決して私が三嶋とそういうことをしたいわけじゃあ……!」
俺を中心にして、三人がやいやいと言い争いをしている。
俺と再びくっ付こうとする神楽坂先輩と、そんな神楽坂先輩から俺を引きはがそうとする正宗先輩の間で、俺は成すすべなく固まるしかなかった。
「あの、お茶のおかわりもってきたんですけど――」
「げ――」
ふと、部屋に入ってきた梓と目が合う。
まるでゴミでも見るような瞳で、梓は俺のことを見下ろしていた。
「――ああ、ごめんなさい。『お勉強』の邪魔だったみたいですね。では、ごゆっくり」
「あ、梓っ……」
「保健の実習は別の場所か、せめて私がいないときにやってね。ね、ハーレムクソ野郎のお兄ちゃん?」
「あはは、三人の女を侍らすとか、さすがミッシー。キモい、あとウケる」
「橋村も、写真なんかとってないでなんとかしろっ!」
その後、梓の助け舟のおかげでなんとかその場をおさまったものの、今日勉強した分は、頭から吹っ飛んでしまった気がする。
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