第11話 妹は俺に確かめる
「ねえねえ、あずちゃん。せっかくだしさ、ケータイの番号教えてよ。たまに遊びとかいってさ。私、こう見えて色々と知ってるから」
「うちの高校を志望しているというのなら、色々聞いてくれ。先輩として、少しは力になれると思う」
「そんなに気を遣わなくてもいいのに……でも、ありがとうございます」
リビングでは、妹を中心として賑やかな会話に花が咲いている。この時間、俺も妹もそれぞれの部屋で過ごすことがほとんどだから、こういう光景は本当に新鮮である。
テーブルの席について女子トークを繰り広げる妹、橋村、正宗先輩のことを眺める。
冗談を飛ばして妹をほんのり困惑させる橋村とたしなめる正宗先輩、その様子を見てくすくす笑う妹。
……ここは果たして本当に俺の家だろうか。そう思う。
妹はともかくとして、バカではあるものの容姿は悪くない橋村と、そしてそこからさらに一つ上のレベルにいる正宗先輩。
今まで女子の気配など微塵もなかったはずの俺だったが、これはいったいどうしたというのか。
「――ところで、先輩は会話に混ざらなくていいんですか?」
「……ふふ」
俺は、向かい側のソファに座ってどら焼きをもくもくと頬張る神楽坂先輩に声をかけた。
「私は生徒会長だ。みんなが楽しそうにしているのなら、それでいいさ。雰囲気を味わうだけでも、私は十分楽しいから」
「まるでカラオケで一人だけ歌わない奴がする言い訳っすね。……まあ、何はともあれドンマイです」
会話の輪から外れて負け惜しみを言う神楽坂先輩を、俺は慰めた。
ウチのリビングのテーブルはなぜか椅子が三つしかないので、必然的にこうなる。会話の中心である妹は定位置に座るとして、残りは二つ。
二つの椅子をかけて、三人はじゃんけんをしたわけだが、結果は見てのとおり。
「すいません、神楽坂先輩。お兄ちゃんなんかと辛気臭い会話させちゃって」
「いや、お気になさらず。こういうのには、もう慣れっこだから」
「俺との会話を罰ゲームみたいにすな」
だが、事実でもある。
今は妹が頑張って話を回してくれているおかげで助かっているが、こういう時、どんな顔をして、どんな会話をすればいいか、今でも俺にはよくわからない。
いきなり話を切り出してびっくりされないだろうか。空気の読めない発言をして、引かせたりしないだろうか。
そう思うと、余計に気を遣って、それ以降口を開けなくなってしまう。
そんな男だから、俺は未だに誰からも恋愛対象としてみられな――
「こ~ら」
「っ――!?」
ぴしっ、という高い音と同時に、額にわりと鋭い痛みが走った。
犯人はもちろん、対面にいる神楽坂先輩である。
「ふふ~ん、隙あり」
「いった……もう、なんですか急に――もがっ」
文句を言おうと俺が顔を上げた瞬間、神楽坂先輩に両頬をつままれた。
「むがー、ひょっと、やめてくだひゃいって」
「ん~? 君が暗い顔をするのを止めてくれたら、考えてやってもいいけどな~?」
抵抗空しく、俺は頬をむにむにと揉みしだかれる。されるがままだ。
「どうせKYなことを言って場を凍り付かせたらどうしよう、とかそんな余計なことばかり考えているんだろう? 皆の会話そっちのけで」
「うっ……でも、しょうがないでしょう。こんなこと初めてですし」
「私だって初めてだよ。みんながいるとはいえ、男の子の自宅にお邪魔するのは。というか、遊んだことすらない」
「……そうなんですか?」
「当たり前だろう? 君は私をいったいなんだと思っている? 敦とだって、そんなこと滅多にないのに」
俺の顔を見て、神楽坂先輩が苦笑する。
少しだけ意外だった。神楽坂先輩は学校でもかなり社交的だから、こういったことなどいくつも経験していると。
「私だって、本当は今もちょっと緊張している。生徒会の時と同じ振る舞いでも大丈夫か、妹さんが気を悪くしないか……私だって、根っこのところはそう変わらない。君と一緒さ」
「先輩も、俺とおなじ」
「ああ」
そう言って、先輩は俺の頬から手を放して、俺の頭をやさしく撫でてくる。
「どんなに気を遣っても、ダメなときはダメなものだ。なら、いっそ話したいことを喋ればいいじゃないか。少なくとも、私はなんだって答えてあげるよ。お風呂に入ったらどこから先に洗うか、とか、正宗のスリーサイズとか、なんでも」
「おい神楽坂、なぜそこで私の情報が出てくる。というか、お前知らないだろう?」
「見た感じなんとなくわかるが? 真ん中からいうと、まず58だろ? で、下ははちじゅ……」
「それ以上はやめろ。三嶋、それと、今のことは忘れろ」
「……はい」
竹刀を構えた正宗先輩の顔は真っ赤だ。どうやら神楽坂EYEの分析はかなり正確な値を示していたらしい。ちなみに上のほうはいかほど……いやいや。
「まあ、そんなわけで辛気臭い話はおしまい。さて、そろそろ勉強会といこうじゃないか」
「え? 勉強会? そんなのありましたっけ?」
「言い出しっぺがそこ忘れてどうすんだよ、アホか」
そう、本来の目的は勉強会だ。妹とのおしゃべりはあくまでついでで、そこを忘れてはならない。
「じゃあ、そのまま兄の部屋に移動ですね。残ったお菓子とかお茶は後でまとめて持っていくので、皆さんはお先にどうぞ。部屋はリビングを出てすぐのところです」
「ありがと、あずちゃん。へへへ、いよいよミッシーの部屋に潜入か~、どんなエロ本が発掘されるか楽しみだな~、ねえ、正宗センパイ?」
「そっ、そんなわけないだろうが。ほら、余計なことはいいから早く行くぞ、神楽坂も」
「はいはい」
妹の案内で、三人は俺の部屋へ。少し散らかっているが、まあ、すぐに片付ければ問題ないだろう。
まずいものは、きちんと隠してあるし。
「お兄ちゃんはちょっとこっち手伝って」
「ああ」
お茶を新しく淹れなおし、お茶菓子とともにトレーにのせる。梓も普段はだらしないが、こういう時は意外にしっかりして頼りになる。
「はい持ってって。勉強頑張ってね」
「すまん、ありがとう」
「別にいいってことよ。私も頼りになる先輩が出来て嬉しいし。……ねえ、ところでさ、」
「うん?」
「……お兄ちゃんは、三人の中で誰狙いなの? 実際のところ」
「っ!?」
ぎくりとする。まあ、いきなり自宅に三人も連れ込むんだから、その中に意中の人がいても、と勘繰るのは当然か。
「なに? しらばっくれるの? 私、今日結構頑張ったよね? その恩を仇で返すワケ?」
「うっ」
そう言われると白状するほかない。
「……誰にも言うなよ?」
「言うわけないでしょ。……で、どの人?」
俺はこっそりと名前を梓に伝える。
「…………ふーん」
「なんだよ」
「いや、お兄ちゃんにしては意外チョイスだなって……私、てっきり」
「てっきり?」
「ああ、ごめん。ほら、早く行ってあげないと、あっという間にガサ入れされちゃうよ?」
そう言って妹に背中を押された俺だったが……果たして妹は、誰が好きだと勘違いしたのだろう。
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