第10話 みんなは俺の妹と楽しくおしゃべりする(勉強は?)


「おわっ、マジだ」


 自宅マンションに戻って俺たちを出迎えてくれた妹の第一声がそれだった。


 学校から帰宅した後、いつもはダボダボのスウェットを着ているのだが、今日はきちんとした服装をしている。というか、俺も見たことがない私服。


 マジだ、と言いつつ、きちんとおめかししている。


「おお、マジだ。ミッシーの妹! ねえねえ、妹ちゃんは名前なんてゆーの?」


「え? あ、あの……あずさです。三嶋梓」


「中三? なら、来年は後輩だね! よろしくねあずちゃん!」


「あ、あずちゃん……ま、まあ、よろしくお願いします」


 橋村の勢いに、梓も圧倒されている。外見はそれほど似てないにしても、梓も俺ほどじゃないにせよ、人見知りはするほうだから、見た目の雰囲気からしてその対極にいる橋村は苦手なタイプだろう。


「おい橋村、初対面だぞ。ちょっとは気を遣え」


「ぐへ」


 その様子を見かねた正宗先輩が、橋村の首根っこを掴んで梓から引きはがした。


「申し訳ない、梓さん。後輩が迷惑をかけてしまって」


「あ、いえ……ところで、あの」


「っと、そうでしたね。私は正宗静といいます。生徒会、お兄さんをいつも遅くまで残してしまい申し訳ない」


「そ、そう、なんですね……」


 バレないように配慮はしているようだが、妹もやはり正宗先輩の機動要塞に目が釘付けだった。やはり血は争えない。


「おいおい、正宗。そのセリフは会長である私のだろ? なにさらっと横取りして後輩の妹ちゃんの好感度をあげようとしているんだ? 外堀か? 外堀から埋めていこうって魂胆か?」


「そんなわけないでしょ……会長ったら、もう」


 それだとまるで正宗先輩が俺のことを狙っているみたいな言い方である。


 現状、仲は悪くないとはいえ、正宗先輩も俺のことは単なる後輩としか認識していないだろう。


 神楽坂先輩の時と、きっと同じだ。


「こんにちは、妹さん。私は神楽坂美緒。朋人くんの高校の生徒会長だ。以後、末永くお見知りおきを。……あ、これつまらないものですが」


「っとと、すいませんご丁寧に……あ、これもしかして『まつや』のどら焼きですか? 私これ大好きなんですよ」


「そう? ならよかった」


 嬉しそうな妹の表情を見て、会長は顔を綻ばせる。 


「あれ? 梓、お前どら焼きそんな好きだったっけ?」


「そうだよ。うわ、もしかしてお兄ちゃん知らなかったの?」


「え? ああ、うん」


 和菓子が好きなのは知っていたが……特に『これ』といったものはなかったような。


「こら後輩、ダメだぞ? 妹さんの好みぐらいちゃんと把握しておかないと。お兄ちゃんの義務だぞ?」


「ですよね。会長さんも、そう思いますよね?」


 いつの間にか、梓と会長が意気投合している。会長には歳の離れた兄が何人かいたと聞いたことがあるし、同じ『妹』としてシンパシーを感じているのかもしれない。


「あ、そうだ。せっかくですし、皆でどら焼き一緒に食べませんか? 一応、兄に言われて、安物ですけどお茶も用意してますし」


「私はいいよ~、ミッシーの妹ちゃんとは、なんとなくこれから長い付き合いになりそうだし」


「こちらはお邪魔させてもらっている身だ。ここは梓さんの言う通り、お言葉に甘えるとしよう。神楽坂も、それでいいな?」


「私としては妹さんと二人きりで、そとぼ……いや、親睦を深めたいところだが、まあ、いいだろう」


「じゃあ、こっちです。ちょっと狭くて申し訳ないですけど」


 そう言って、妹は三人をリビングへと案内する。


 おそらく妹も来年は俺と同じ高校に入学するだろうから、今の内から先輩たちと仲良くなっておくのは悪いことじゃないのだが。


「……おい、勉強は」


 一人残された玄関で、俺は呟く。

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