第8話 妹はひっくり返り、そして既読スルーをきめる


―☆ 三嶋朋人 メッセージアプリ内にて 


三嶋朋人『ごめん、今から家に人つれてくるから』既読

いもうと『うわっ、めずらしっ! ってか初めて?』

三嶋朋人『だな』既読

いもうと『こりゃ雪だね、明日は』

三嶋朋人『シーズンはもう少し先だぞ』既読

いもうと『ことばのあやってやつだよ。しらんけど』

三嶋朋人『知ってるよ』既読

いもうと『ところで、誰が来るの?』

三嶋朋人『同級生と先輩』既読

三嶋朋人『あ、生徒会な』既読

いもうと『二人ね。お茶準備しとく? お菓子は?』

三嶋朋人『お茶だけ頼む。他は買ってるから。あと、来るのは三人な』既読

三嶋朋人『同級生一人、先輩二人』既読

いもうと『いきなり三人かあ』

三嶋朋人『三人とも女のひと』既読

三嶋朋人『あれ?』

三嶋朋人『おい』

三嶋朋人『おいってば』


―☆


 その後、既読スルーを決めた妹から連絡はない。


 多分、ひっくり返って文字が打てないのだろう。俺も妹の立場ならそうなる。もしくは『こいつ、ついに頭がおかしくっ……!』となるか。


「おまたせ、後輩」


 帰りの途中で見つけた少しお高めの和菓子屋から、先輩が戻ってきた。予告通りどら焼きという渋いチョイス。


「どら焼きとか。会長、なんかセンスがジジくさいっすね。ウケる」


「ジジっ……! べ、別にいいじゃないか、どら焼き。おいしいし。後輩もそう思うよな?」


「ええ、まあ。なんにでも合うと思いますし」


「だろう? やっぱり私と後輩の相性は最高だなっ」


 どら焼き程度で相性の良し悪しを診断されるとは。味の好みは、一緒に食事に行くときなんかは大事だが……そんな機会、ただの上司部下の関係でしかない俺と先輩に訪れるとは思えない。


 先輩もそのあたりわかっていると思うのだが、やけに嬉しそうな顔をしている。なぜだろう。


「ねえ、ミッシー、ところでさ、訊きたいんだけど」


「なんだよ?」


「成り行き上、会長がついてくるのはさ、まあアリなんだけど……」


 ぼそぼそと俺に耳打ちする橋村の視線が、ふと、神楽坂先輩の隣にいる黒髪ポニテの風紀委員長へ。


「……どうした橋村。私の顔になにかついているか?」


「いや、なんで正宗先輩がついてくんのかな~、みたいな?」


 そう。先ほど妹にもメッセージを送ったのだが、今回の勉強会、なんと橋村と神楽坂先輩に加えて、正宗先輩も参加することになったのである。


 もちろん、当初の予定では二人だけで、俺も橋村も、校門で下校する生徒たちを見送っていた正宗先輩には言うつもりはなかったのだが、



『やあ、お疲れ様だ正宗。なあなあ私、これからどこに行くと思う? 後輩と一緒に並んで、どこに行くと思う? 気になる? 気になるだろう?」


 と、神楽坂先輩が堂々と口を滑らせたのだ。


 正宗先輩も最初は面倒くさそうに対応していたのだが、行先が俺の自宅であることを聞いた瞬間、『私もついていく』となってしまい、妹がひっくり返り、そして既読スルーを決める事態に陥ってしまったのだ。


「あ、当たり前だろう。こっ、交際前の男女が、同じ部屋に……しかも、女二人で男一人なんて、不純異性交遊にもほどがあるからな。私が監視して、間違いが起こらないようにしないと」


 その理論だと女三人男一人の方が不純度が大幅に増す気がするのだが。


「大丈夫ですよ、正宗先輩。橋村と神楽坂先輩とは、何か変なことが起こるような関係じゃないですから。ただのバカと、それから生徒会の先輩ってだけですから。ですよね、神楽坂先輩?」


「ん~、私は今のミッシーなら、ぶっちゃけ悪いとは思ってな――んごっ」


 俺は即座に橋村の舐めていたキャンディを喉奥に突っ込む。ややこしくなるから余計な冗談は言わないで欲しい。


「ん……ま、まあそうだな。そういう関係じゃないからな、私たち」


 そう。何度も言うように、俺と先輩はそういう関係じゃない。なりたいと願った過去はあるが、それはもう過去のことだ。


 だから、間違いなど起こるはずもない。


「三嶋がそう言うのなら……しかし、今日のところはお邪魔させてもらうよ。妹さんにも、挨拶ぐらいしておきたい。あと、勉強なら私も教えられるからな」


 神楽坂先輩同様、正宗先輩も勉強はものすごくできる。常にこの二人で試験成績の学年トップを競い合っているほどだ。


 神楽坂先輩は文系科目が得意で、正宗先輩は理系科目が得意。なので、二人に教えてもらえれば俺の学力的にもいい効果が期待できるだろう。


「む~……」


 橋村も大人しくなるだろうし。


 そんなわけで、俺は三人と肩を並べて自宅へと向かう。特になんの特徴もない、郊外にたてられたマンション。そこに両親と、それから妹と俺の合わせて四人で暮らしている。両親は仕事で家を空けがちなので、二人でいることが多い。


 今日も両親の帰りは遅いだろう。


「どうした三嶋? 私の顔なんて見て」


「あ、いえ、何も」


 じっと見つめていたのを正宗先輩に気づかれて、俺は目をそらした。

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