I`m more than the dress and the voice

「私と彼の関係を例えるとするとーー舞台にいる役者である彼と観客の私という表現をとるのが分り易いといえるのかもしれない。距離感も、実際そんな感じだったしね。観客は、舞台上に上がる事も役者に話しかける事も許されないー完全なる部外者。いつも何にしても、一方通行だった」

「何故、そう感じた?」

「私には、名前も、存在意味もなく、意思をもつことすら許されなかったから。

ーー私ね、自分の名前が好きではなかったの」

あおいさん、素敵な名前だと思うけれど?」

「ありがとう。

中学生頃、かな。名前をからかわれてイジメられたことがあったの。それ以来自分の名前が好きになれなくってーーだから、ずっと友達には別の名前、あだ名で呼んでもらっていたのね。でも彼は嫌がった。そんなに嫌なら戸籍から名前をかえればいいんじゃないのって言うの。

戸籍を変えるという事は、親に言わないとならないでしょう。私はあなた達の決めた名前でイジメられてましたって報告しなくてはならないのよ?私の両親も、私も、きっと最高の気分になるわね」

ホットワインをひとくち喉に流しいれる。

「最高に哀しい気持ちになるだろうね」

そう、バスが付け加える。

「あとね、“さん”って呼ばれるのも、なんだか他人行儀でとても嫌だったの。付き合っているのだから呼び捨てにされたかったし、前の彼女さんが呼び捨てだったのが羨ましくってお願いをしたのだけど、嫌だと言われてしまった。それから、どうなったと思う?」

バスは困惑した表情を浮かべる。

「名前を呼ばれなくなっちゃってーー私から、名前がなくなったの」

いつも“あなた”そう呼ばれていた事を思い出して、胸がくるしくなる。


「あとはずっと、そんな感じ。

彼が、友達と旅行に行く計画や遊びに行っているのが羨ましくて。

私と彼は遠距離だったのね。年末に私のおうちにお泊りにきてくれることになっていたから、とてもうれしかった!!うれしくて、とってもうれしくて、どこどこへ行こうとか、これをして遊ぼうって一緒に計画を立てたかったの!でもバイトで疲れているから、年末で人が多いし休みたい。

『観光はひとりで行く』からって。


ーー私の存在“意味”がなくなった。


彼とはね、Linea《リネア》※①で話をしてね、ずっと夜寝るまで繋がっていたの。

夜は、彼の好きな映画とか。アニメを観てわ。

ある日ね、私の観たいのを選んでもいいて言われてすっごくうれしかった。

でも私の選んだものはお気に召さなかったみたいで、結局彼の観たいのになった。


ーー私の“意思”は拒絶された。


私はね、ずっと彼の友達が羨ましかった。

彼の友達は、彼に興味を持って貰えた。いっぱい話しかけて貰えたし、約束も守ってもらえた。

わたしなんて、ふたりでいるときにはいつも彼のはなしばっかり。私が話をしても、反応殆どないし。聞いていないどころか、退屈だったのね、私の話をスルーして自分のはなしを始める始末。

前日に話しておいた遊ぶ約束も守らなかったし、埋め合わせをすると言った自分の言葉すら守らなかった。


ずっと。

この人は私となんで一緒にいるんだろうってずっと考えていた。

私は、空気だったから。

一緒にいるはずなのに、空気だった。

私じゃなくても……誰でも私の代用はできた。

私じゃないと駄目な理由がなかったの。


How can l let you know

I`m more than the dress and the voice

Just reach me out then

You will know that you`re not dreaming.」※②


自分でも感情的になり、呼吸が荒くなっていくのを感じた。

眼から絶え間なく涙が零れ落ちていく。


「庇護者が欲しかったんじゃない。

身体のつながりだけじゃなく、私を見てほしかった。

一緒になにかを共有したかった。

一緒になにかを考えたかった。

二人だけの思い出や、考え方。すべてをわかり合えなくても、話をしたかったの。

それがあれば、私は、私と一緒にいたいと知ることができたのに。

大勢いる観客のひとりだと、そう思うこともなかった」


バスが私の横に来て、私のことを宥める様に、駄々っ子の子供をまるであやすようにそっと抱きしめた。

人生でこれ程泣いたことはないぐらいに大声で、嗚咽まみれの鳴き声を上げ続けた。さぞ横でいて煩かったと思う。それでもバスはただ、ただ、私の頭を優しくなで続けた。

「君は悪くない。いいね、この物語はきみの物語だ。だからどうしようもなくつらいことが起きたら、他人のせい。彼氏のせいでいいんだ。君の彼氏には彼氏の言い分もあるだろうが、それは彼の物語だ。君にはもう関係ない。だから思いっきり泣いてもいいんだよ、そして思いっきり罵倒してやればいい。

お前は世界一いい女性を振ったんだなって!!」

「世界一?」

「そうだ世界一だ」

「なんか言いすぎじゃない?」

「まだか、そんなことはない!誰しも、自分の“人生”という物語の中で生きている。まぁー葵さんでいうところの劇でもいいかもしれない」

「いいわ、どっちでも」

人の体温というのはとても落ち着く。いや、バスだからこそ余計に温かさを感じたかもしれない。柔らかな羽根が頬をくすぐって肌触り心地が良かった。

「“人生”という物語の中では誰しもが主役なんだ。だから、誰しも世界一。唯一無二の存在なんだ。だから誰の言葉に、戯言に迷わなくてもいい。君を傷つけるものは放っておけ」

バスの肩に顔を埋めて、バスの声に耳を傾ける。低くてやさしい声がとても居心地がよかった。



ばん!!!と、机の上を激しく叩くかのような音が店中に響いた。


「お待たせいたしました!!お客様」


かなり棘のある言葉が耳に飛び込んできた。

真っ黒いさらさらストレートの長い髪の毛の、まさしく美少女がかなり不機嫌な表情をして立っていた。ダッフルコートにリボンの形に結んだマフラー。マフラーと同じチャック柄のスカートと真っ黒なタイツにブーツ。どう見てもお店のウエイトレスといった感じではなかった。

もう少し彼の羽根でもふもふしていたかったから、とても名残惜しかったけど

人に見られながら抱き合ってられるほど精神がタフではないので、渋々ながらバスと離れた。

「ありがとう」

バスが少女にお礼を言いながら自分の席に戻る。

机の上でポテトが散乱した“フィッシュ&チップス”が一皿置いてあった。

「きっと楽しすぎてポテトが踊ったんだね」

バスが散乱したポテトをつまみ、ケチャップにつけて口に放り投げる。私も彼の真似をしてポテトを頬張った。表面はかりっと固く揚げられているのに中身はほろほろと柔らかでとってもおいしかった。

「おいしい」

「それはよかった!料理人が喜ぶんじゃない」

そう言いながらカウンターからもってきた椅子に座る。

「ウエイトレスさん、注文した料理の半分もきてないのだけど?」

バスが机をノックして、ウエイトレスにサインを送った。

「どこぞの“屋敷しもべ※③”がせっせと料理を作って運んでくれるから大丈夫」

彼女は私を見下ろすように見つめてきた。

カラコンをつけているのか、睫毛の長い大きな瞳は、黒髪とは対照的な濃い青紫というのかー桔梗色だった。しかも顔も小さくてお人形のような可憐さがあった。

「そんなことよりも。糞男に捨てられて、私は可哀そうでしょう?だから助けてっていう糞話をずっと黙って聞いていないといけなかった私の方が、今年1番可哀そうよ!

そんな感じで男にも言ってたんじゃないの?

『どうして〇〇してくれないの?』『私のこと好きじゃないの?』

重っ!!!男じゃなくてもーーまじで重ってなるわ!!

というか捨てられて当然じゃない?www

今頃、やった!!解放されたぁあああああああああああああ!!!って歓喜の涙を流しながら新しいかわいい彼女とよろしくね。

だって、貴女どう聞いていても彼女って感じではないんだもん。

控えさん??ストッパー??うけるんですけどぉぉぉぉ」

顔に似合わず甲高い声で笑う。

「悪かったわね、とんでもなく重くて!!分かっているわ、分かっていたわ。でも彼に名前を呼ばれて、彼に沢山話しかけて貰えば、私はきっと……死ぬほど、死んでもいいぐらいに幸せだったのよ。--私もあの人の様になりたかった。私のことも、あの人と同じぐらいに興味を持って話してほしかっただけなのに」

「あの人って?」

「彼が沢山話掛けていた女性がいたのーあの人がすることはなんでも、なんでも興味があったみていで、いつもたくさん彼の方から話しかけていた。あの人のことをとても見ていたわ、私のことはなにひとつ覚えていなかったのに」

「じゃあ、ただの暇つぶしに貴女といたんじゃない?」

「ーーとても哀しいけれど、私もそう思う」

「じゃあ、それが真実でしょう?あなたが正しいと思えばそうなんじゃない?ーーというかなにその間抜け面」

私は余程驚いた顔をしていたのだろう。眉間に皺を寄せて怪訝そうな顔をしている。

「いや、反論されるかと思っていたから、なんか表紙抜けしただけ」

「---貴女、本当にFattsね!!もしも、愚か者という言葉に姿・形をつけるのなら、貴女が相応しいんじゃない?」

「なに、それ。意味がわからない」

「分からない?そもそも分かろうとしていないじゃない。はなっから分かろうともしていないのに、なにが分らない、よ。逆にこっちがふざけるな」

「なっ…」

「はいはい、落ちつこうか」

今まで黙っていたバスが仲裁に入ってくる。

「夜はまだ長い。一先ずローストビーフでも食べないか?」

口論をしている内に運ばれたのか、テーブルの上にはおいしそうな香りがする皿からはみ出るぐらい大きな肉の塊があった。

「ここのローストビーフを食べずにして帰るなんて、ここから先の人生死んだほうがマシだから、その意見には賛成ね」

「OK!じゃあ、切り分けるよ」


25:00少し前。

どうやら今日の夜はとても長いらしい。



***********************


【補足】

作者の偏見と独自の考えが反映された補足です( *´艸`)

※① Linea《リネア》

忘れたかもしれないのでそっと挟み込む。

prologueでも登場した某有名なLINEをパクってつくられた無料通話アプリサービス!!


※② How can l let you know~

SQUARE ENIXから発売されたFINAL FANTASY VIIIの有名な挿入歌“eyes on me”より。私は、アンジェラ・アキさんの“eyes on me”をよく聴いていたのですが、iTunes Storには配信してないのが残念です!


※③ 屋敷しもべ

正式名称は、屋敷しもべ妖精。

とても有名なハリー・ポッターに出てくる妖精さんですね。

主人に対して非常に献身かつ忠誠心の強い魔法生物。

屋敷しもべ妖精は多くの場合、豪邸などに住む裕福で由緒正しい魔法使いや魔女の家庭に仕え、解放されない限りは主人の言うことに必ず従わなければいけない。屋敷しもべ妖精は主人から服を貰うことではじめて解放され自由の身となる。

屋敷しもべ妖精は杖を必要としない独自の魔術を備えており、小さな体にも関わらず極めて強力である。 (wikiより)

ドビーって、いろいろ面倒な部分を持ち合わせていましたけど、意外とすごい妖精さんだったんですねっておもっちゃいましたwww

なんかシリーズ通してまた観たくなっちゃいますよね!!


※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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空を翔けるアガタ いちか*いつか @Agatha03

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