1章

If love be blind, It best agrees with night.

 天使で例えるのであれば四大天使のひとり大天使ミカエル※①が相応しいといえるのかもしれない。

 茶色の髪の毛は天然パーマで、肩より少し短い。真っ白なきめ細かな陶器のような肌。薄い朱色の唇。印象的なのは、吸い込まれそうになるその宝石の様に輝く榛色はしばみいろの大きな瞳と長い睫毛。

 男性に対して美しい。

 はじめてそう感じるぐらいに彼は眉目秀麗びもくしゅうれいで、一瞬でひとの心を鷲掴みにして離さない。そんな抗えない魅力があった。


 だから、「ー1か月だけ、死ぬのを待ってみませんか?」そう微笑みながら、しかもすっごく素敵な声(これも例えるのなら佐藤さとうたける風)で言われると思わず「はいっ!!」と答えたくなったであろう。通常の状態であれば。

 目の前にどんな素敵な男性が現れても、好きな人には敵うことはことはできない。


If love be blind, It best agrees with night.

ーRomeo and Juliet


“恋が盲目というのなら、暗い夜こそふさわしい”


 かのシェイクスピアの戯曲にもあるように、何も見えていない。何も見ようとしていない状態だったのかもしれない、あの時は。

 まぁ、そんな状態であったから目の前の彼の提案を快く承諾することもできなかったし。そもそも天使の恰好をしたーー100歩譲って天使だったとしても、なんでこんなところにおるんやねん!!!!という疑問すら脳裏には過らなかったわけで。陳腐な会話が続いていくことになる。


 これはある意味では、悲劇と呼べるのもなのかもしれない。



「1か月待ったら、状況は変わるんですか?」

 抑揚も無く、すこし棘のあるような聞き方を我ながらしてしまったと思う。

 でも、別れて2週間と少し経ったのになにも変わらなかった。日を増すごとに哀しい気持ちは増えて、あの時こうすればよかった。こう言えば良かったと後悔ばかり。

 いゃ、違うな。

 ずっと我慢してきた、私の中にあった寂しいという気持ちが堰を切ったかのように溢れて、哀しいに溺れていただけだったのかもしれない。

 どちらにせよ、1か月で何かが変わるとは到底思えなかった。


「変わります、と断言はできません。なぜなら私には、あなたが何に対して“”と思うのかがわかりませんから。ただ……」

「ただ…??」

「生きていれば、状況は刻々と変化していきます。今のあなたの状況が1か月で変わらない、という保証もないでしょう?」

 なにを当たり前のことを言っているんだろう、と彼の言葉に少しだけ落胆した。

 明日・明後日・1週間後・1か月後にどうなっているかなんて誰にも分らない。劇的な変化があるかもしれないし。ないかもしれない。もしかしたら死んでいるかもしれないーー未来のことを予期して生きている人なんていない。

「それは誰にでも同じことを言えますよね?逆に悪くならないという保証も、ないですよね?」

 私の言葉を聞いて、彼はにやりと笑った。

 まるで、私が言うであろう言葉を予期していたかのようにーそぅ待ってましたと言わんばかりに、前のめりになって喰いついてきた。そして、大きく胸を張って、どこかの古めかしいHeroっぽく自分を親指で指差しながら。


「大丈夫!!そう私がついているのだから悪くなることはないと保証するよ!!」

 決め台詞をうまく決めることができたのか。とてもどや顔でポーズを決めている。

 しかも、心なしか歯が光っていた。


 どこかで観たことがある既視感を覚えたのは、そうか。トイ・ストーリーのバス・ライトイヤーか。彼の決め台詞「無限の彼方へ、さぁ行くぞ!!」(日本語versionだから声は所ジョージね!)とレーザーの効果音が脳内で再生される。

 それを想像したら少し面白くなって、ばれない様に噴出した。


「僕は君を救いにきた天使だから」

 相変わらずドヤ顔の彼ーバス(あの頃は心の中で、密かにバスと呼んでいたっけなwww)は自信満々にそう答えた。

「なにから?」

「君の心を占めている“死にたい”という気持ちから。君をそういう気持ちに仕向けている…そぅ……悪魔から!!」

「あく、ま??」

 自分でもびっくりするぐらい素っ頓狂な声を出し、同時に“悪魔”という言葉が現実味がなさ過ぎて思わず吹き出した。

「私、今まで生きてきた中で、幽霊さえみたことがないんですけど?」

「近しい言葉でいうところの“悪魔”であり、実際は異なる存在だ」

「そうなのね。じゃあ、あなたも近しい存在の“天使さん”ってことになるのかしら?」

両肩を少しだけ上げて、とぼけて見せた。

「ーー馬鹿にしている?」

 端正な顔を少し歪ませながら、バズは唸った。

「別れた彼にも言われたことはあるけれど、私に嫌みを言っている自覚はないの。不快な気分にさせたのなら謝るわ」

 胸元の高さで、両掌をバスの方へ向けて降参のポーズをとった。勿論、彼の古めかしい

「そうか。反対にすまなかった。最近嫌に絡まれることが多く、気にしすぎているきらいがあるのかもしれない」

 バスはそう言いながら、苦笑を溢した。

「天使なのに?」という言葉がまた喉元まで出かけたが、辛うじてそれを飲み込む。バスは素直すぎるのか、真面目過ぎるのか。文面のまま受け取るきらいがあり、そんな不器用なところに誰かの面影が重なり胸が痛くなった。


「それは、緋色の獣だと言われている。気付かれず傍に忍び寄り、人の心を惑わす」

「なんのために?」

「では問おう。君は何のために?ーーいいや、そもそも人はなんの為にと思う?」

「人はなんの、為にある…か…」

 突然、抽象的な問いを投げ掛けられ、困惑する。

なんて答えれば正しいのか、うまく考えることが出来ずに迷う。

「端的に答えを言ってしまえばね、生きているから在るだけなんだ。その“生きること”とはなにか理由を考えるのは人間だけなんだよ。ほら、そこにいる猫ーーー」

 そう言いながら、バスは手摺の上を軽快に歩く猫を指さした。

「猫?」

 正確には暗闇の中に、後方より微かな光に照らされ浮き上がった猫らしきシルエットが見えただけだ。そして、バズがなにを言いたいのか頭から吹っ飛ぶぐらいに衝撃的なものが目に飛び込んできた。


 東の空。

 町とは反対側に連なる登美志山とみしやまのある方角に、天と地を繋ぐように一本の線が伸びていた。

 それは、芥川 龍之介の著書「蜘蛛の糸」※②に出てくる、天から暗い地獄に垂らされた“蜘蛛の糸”と似ており、暗闇の中に一筋細く光り存在した。そして何故。この小説の内容すら殆ど覚えてもいない「蜘蛛の糸」を思い出したのかというと。その美しい銀色の糸に掴まる罪人・犍陀多カンダターもとい、人らしきものが2つ空中でぶら下がっているのが見えたからである。

 糸が揺れるのに合わせて、揺れる人影。

 ーーそれはまさしく、「蜘蛛の糸」



 この時の私には、と、本来は、の区別がつかなかったものだから。隣にいるバスの様子を伺った。

 バスも、あれを見えているのだろうか。

 同じく東の空を見て、眉間に皺を寄せていた。


「あの、」

 意を決して話しかけた私の声に我に返ったバスは、動揺を隠すことをせず。いや、単純にできなかっただけなのかもしれないが。

 少し目を泳がせてから、言葉を綴った。

「ーー猫。そう、猫だ!猫は、というか。人間以外の生物は、ただ生きるということを受け入れている。

 でも、人間というものだけなんだ。

 生きるという事だけではない。なにかの“事象”に理由をつけたがる。そうしないと不安になるから。

 考えるという事は、だから人間の特権ともいえるけれど、人間の小さな【脳】が考え、理解できることには限りがあって、その内包する小さな【脳】だけで考えたことが全てだと思うのは実際のところ、おこがましいことこの上ないんだよ」

 バスがなにを言いたいのか分らず、首を少し傾げた。

「……だから、なにがいいたいのかというと。緋色の獣がなぜ人の心を惑わすのかは、正直わからない。あれは、そういう性質のもの。そうとしか説明が出来ないから」

 バスの掌が私の耳を塞いだ。

 長く繊細で美しい指であるという印象だった。あと、寒空の下ずっと話をしているので冷たく、微かに震えを感じたのは凍えているからだったのかもしれない。

「君の耳を塞いだら、きっと君は死にたいと思わない筈だから」

「だから、1か月待ったら状況が変わるというのね?」

そう尋ねると、バスは頷いた。

「その緋色の獣について詳しく話したいのだけどその前にーー」

 少し上目使いで訪ねてきた。

「暖の取れる場所に移動してもいい?」


 はっきり言って無茶苦茶な内容過ぎて、そんな話を持ち出すバスのことを信用する気にはならなかったが、暖を取るという案は受け入れる事にした。

 2月の寒空の下で長話をするのには大変適さない夜だったからだ。




***********************


【補足】

作者の偏見と独自の考えが反映された補足です( *´艸`)

※① 大天使ミカエル

Wikipediaで調べたんですが、教派によって違うんですね!

三大天使・四大天使・七大天使とかあってなんだかおもしろいなって思っちゃいましたwww私的には、「聖☆おにいさん」がすきなので、四大天使にしちゃっております。

声が佐藤健さんという、100%私の理想の天使像を描いてみました♡


※② 蜘蛛の糸

芥川 龍之介の著書。

有名なお話なのでご存じの方も多いと思いますが、簡単な説明を。


1度だけ蜘蛛を助けたという善行を成したと、お釈迦様が地獄に蜘蛛の糸を垂らして、大泥棒の犍陀多を天国へ行けるきっかけを与える。犍陀多は地獄から天国へ糸をよじ登っていくのだけども、疲れて途中で休んでしまう。下から自分と同じように登ってくる罪人を見つけて、途中で糸が切れるのではないかと考えた犍陀多は「来るな、この糸は私のものだ」とそう他の罪人達にいうの。自分だけがよければいいという無慈悲な考え方に糸は犍陀多の真上で切れてしまって、真っ逆さまに地獄に落ちてしまうというおはなし。


悪い行いをすれば、それは自分に返ってくる。

久し振りに「蜘蛛の糸」を読んでみたのですが、文章がまずとても読みやすく。ひとつひとつの言葉が大変美しいく感じました。あまりこういう文学作品を読んでこなかったので、少しずつ読んでいきたいなぁ。寝ないかな?www

あと、私はどうなのだろうか。

他人に対して慈悲深くっていうのだろうか。きちんと接することが出来ているのかと考えさせられる小説だと思いました。



※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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