空を翔けるアガタ

いちか*いつか

prologue 

『1週間、通話をやめようか』


 そぅ彼から突然、無料通話アプリーLineaリネア※①にメッセージが入ってきた。


 それまで、毎晩。

 付き合う前から、毎晩ずっと続けてきた通話。

夜になると彼から必ず着信があって、ゲームをしたり、映画を観たり。いろいろなことを一緒にして過ごし、それから布団に入って、彼の声を聴きながら眠った。


 夜は、ずっと一緒だった。




 彼のバイトが終わるのが遅くて、24時を超える電話がつらくなったのもあって。

 いゃ、違うかな。

 バイトが終わってすぐに電話をくれていたのがなくなって、素直に「どうしたの?」って聞けなくて。拗ねて、1週間通話をやめようという彼の提案に「いいよ」と。「話したくなったら話そう」みたいなことも言ったのかな。

 そんな返信をしちゃったけど、1週間だけ。1週間経ったら、また今まで通り話せるだろう。そんな安易な考えでいた。


 でも、いつの間にか『通話をやめようか』と彼の言ったその言葉が、私の中で【】に変換していて。

 それから送られてきたメッセージにもうまく答えることができなかった。

 通話はできないのに、チャットならできる理由が単純にわからなかったのもあって。



 それから1週間後。

 彼から一方的にメッセージで『別れよう』と告げられた。

 別れの理由をいろいろと言われたけど、もうよくは思い出せない。

 よくわからない言葉を並べて矢継ぎ早に、世界が違うとか。私が形にこだわっている、からどうとか。君が我慢してつらいだけだとか。私の別れたくないという言葉にヒステリックな感じに“解放されたい”そういってきた。


 そして彼は去った。



 泣いた。

 一緒に過ごした日々を時間を、これからする筈だった約束を思い出し泣いた。

胸が痛くて、痛くて、痛くて、痛くて仕方がなくて、藻搔きながら泣き続けた。

食事も喉を通らず。

 なにもする気も起きなくて。

 まるで、世界にひとりぼっちになってしまったーそぅ、言葉では表現できない喪失感に襲われ、なぜこんなつらい思いをしてまで生きなければならないのか。そんな考えが脳裏にちらつくようになった頃。



 ふと、耳元で誰かが囁いた。


『そんなにつらいなら死んでしまおう』とーー


 もしかしたら、悪魔だったのかもしれない。

でも、誰でもよかった。

 つらい今から解放されるのであれば。







 中国地方の中心部に位置している場所に小さな小さな町がある。

 水寄みよせ※②と呼ばれ、広島県内でも知ってる人がそもそもいるのか!!??なぐらいマイナーで、周りを山に囲まれひっそりとまるで何かから隠れるかのように存在した。


 その町外れに、誰も立ち寄らない錆びれたビルがある。

 田舎町には珍しい鉄筋コンクリートで造られた10階建てのビルで、1階に24時間営業のコンビニエンスストア。2階以降はテナントや事務所などが入っている、かつてはオフィスビルだったらしい。

 当時のオーナーの強い要望で、ギリシャの大理石で出来た宮殿っぽく作られたおしゃれな外観と、当時はまだ珍しい遊び心溢れたフリースペースを完備した間取りは、割と知られている大手の企業なども入ってくるぐらいすっごく人気だったようだ。

 しかもビルだけにとどまらず、その周辺も従業員や関係者等により人通りも増え、1本路地を挟んだ先にある商店街ですら活気たち賑やかであったという。

 そんな【水寄の黄金時代】が終わったのはー7年ぐらい前。

 隣町が区画整備を伴うアウトレットモールの建設や企業誘致を積極的に行ったことや運が悪いのか。

 まぁ自業自得ではあるが、当時の水寄町長の不正な金銭授受などによる汚職問題などが重なり、企業ばかりか多くの住民も町から去ったせいでもある。

ビルだけではなく、水寄から人が消えたのである。



 時刻は、22:30。

 家の明かりだけではなく外灯すらないせいで、足元すら見えないぐらいあたりは暗闇と静けさで満たされていた。


 ーまるで自分のようだと。

 私はそのビルを見つけたときにそう思った。


 彼が、私のもとを去った後。

 彼は、私の行いのせい(正確に言えば半分彼にも非はあるが)で別れた、彼の大事にしていた友達の元に戻るであろうことは、目に見えて明らかだったし。それに、それを私も望んでいた。

 でも、そもそも急な別れを切り出したのが、彼らの元に戻りたい一心で、だとした

ら。“別れた”ことを彼らの元に戻る為の“理由”に使われたのなら、私は切り捨てられたのだと。そういうことになる。


 私もこのビルのように、捨てられて忘れ去られるんだろうな。

 そう考えると、このビルは私にとても似ている気がしたのだ。


 外付けの螺旋状に付けられた階段を上り、屋上をひたすら目指す。

 長らく使われていなかった階段は鉄筋が錆び、ところどころ塗装も剥がれ落ちてぼろぼろだった。

 小さな風が吹くだけで、きぃきぃと鳴り軋み、もしかしたら踏んだだけで踏板が抜けるのではないか。そういう不安。恐怖が脳裏によぎったが。屋上から飛び降りるのと、階段から落ちるのとそもそもなにが違うのか。そう考えると、なにも問題がないように思えた。


 重苦しい扉を押しどける様に開いて、屋上へ出る。

 屋上を囲むように手摺はあったが、転落防止程度に設置されているからなのか高さは左程なかった。簡単に手摺に足を掛けてよじ登ることができた。

 手摺の上からは、町を遠くまで見渡せた。

 田んぼの合間に民家が微かに見えたが、そのどれもから明かりが全く見えなかった。

 遠くからシロナガスクジラの鳴き声が聴こえてくる。

 月どころか、星もない夜。


「あの、」


 誰もいないと思って油断していたせいか、後方から突然声を掛けられて。想定外のことに驚き、思わず振り向いてしまったものだから、バランスを崩して大きく身体がゆっくりと傾いた。


 ふんわりと身体が宙へと放り出され、世界がまるでゆっくりと動いている、そんな感じがした。


 そんな揺らぐ世界に、茶色の天然パーマの髪の毛を靡かせ、真っ白な翼をはやした天使が驚きながら駆け込んでくる。身体に不釣り合いなぐらい大きな翼を持っているのに手摺に足を掛け、私の手を自分の方へ引き寄せた。

 思ったよりも筋肉質な身体に抱きかかえられ、榛色はしばみいろの美しく大きな瞳が間近で輝いている。


 光のない、暗い闇の中で。

 その瞳は宝石の様に美しかった。


「いろいろ大変なことがあるとは思うんです。でもー」

「え?」

「ー1か月だけ、死ぬのを待ってみませんか?」


 そういいながら、天使はふっと柔らかな笑みを溢した。



 だいぶ話が長くなったけど、それが私と天使ー小鳥遊たかなし 律紀りつきとの出会いだった。




 2月ーもうすぐ世界が春の訪れを感じて目醒める季節のおはなし。




***********************


【補足】

作者の偏見と独自の考えが反映された補足です( *´艸`)

※①Lineaリネア

某有名なLINEをパクってつくられた無料通話アプリサービス。

スペイン語で「線」を意味し、この小説ではちょっと変わった方々が利用しているのですが、それについてはこれから物語りで触れていくつもりです。

因みに機能は完全LINEと全く同じです。


※② 水寄みよせ

中国地方の中心部に位置している場所に小さな小さな町。

因みにリアルだと、広島県三次市がこの位置にあったりします。

勿論架空の町なので実在はしていないですが、三次市のあたりにあるんだなぁとイメージして見てもらえると嬉しいです。

因みに、著者はそこの出身ではありませんwww


※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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