言霊の屁

斧間徒平

言霊の屁

 某小学校で用務員として勤務するその男は、子供の言葉の乱れを嘆いていた。


 男は、旧帝国陸軍大佐の父から厳格に育てられ、皇室たる菊の御紋の崇高さ、そして言葉選びの大切さを心身に叩き込まれた。


 父曰く、「撤退」は「転進」であり、「全滅」は「玉砕」であった。


 いずれも周囲から見れば唾棄すべき言葉遊びであったが、教えを受けた男は、言葉さえ美しくすればやがて現状が好転すると盲信するに至った。


 ために、老いて後も、男は子供が下品な例えをすることを憂いていた。


 校庭の落ち葉を掃きながら、花壇に咲く菊の手入れをしながら大いに憂い、小学生に追いすがっては、


「私は生まれてこの方、貴様らの様な下品な例えなど一度もしたことがない。私を見習え」


と、誰彼かまわずまくし立てた。


 こうした男の態度は学校で問題となり苦情も入ったが、逆に男は自説の正しさに固執し、自分の思うとおりの世界になるよう近所の神社へのお百度参りを始める程であった。


 いつの世も、善悪の区別なく強い信念こそが天に通ず。何の冗談であろうか、神は男の祈願を聞き届けた。


 男はこれで世界が美しくなると狂喜したが、校庭の片隅の花壇には、毎年、菊の代わりに肛門が咲くようになった。

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言霊の屁 斧間徒平 @onoma_tohei

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