第1章 再会

第01話 本当の再会

「どうする?二人で何かゲームする?」


「ううん、しない。あたし、未だに下手だから相手にならないし、隣の台で適当に撞いているわ。あなたは、そのボーラードの続きをやって」


「そか」


「そのキュー、マイキューでしょ?」


「あゝ、あのキューだよ。使ってあげないとかわいそうだろ」


「懐かしいね。じゃ、ごゆっくり」


 玲はそう言うと、隣のビリヤードテーブルにボールケースを裏返して16個のボールを散らばせ、持っていた手提げ袋を椅子に置き、ハウスキューを選びに行った。


 俺は、次のフレームのためにラックで10個のボールを三角に整え、ブレイクするポイントに手玉を置いて、キュー先のタップにチョークを付けた。


 玲は、的玉とポケットを結ぶ線が真っ直ぐになるように手玉を置いてからショットを繰り返していたが、的玉はポケットインしたり、外れたりだった。


 玉を撞くフォームは昔とちっとも変っていなかったが、身体のスタイルは別人のようにスマートになっていた。いや、けっして、昔の玲が太っていたわけではなく中肉中背だったのだが、今の玲は、明らかに細身だ。広げた両脚はスキニー系のジーンズに包まれて、古い喩えながら、カモシカのように細い脚をしていた。

 上半身もそうだ。素振りをしているオフホワイトの半袖ニットから覗いている腕にたるみは全くなかった。


「ん?そっちは、やんないの?」と的玉から目線を逸らさずにストロークの素振りをしながら玲が言った。


「ううん、やるけど。玲、細くなったなあ、って思ってさ」


「そう?子ども三人産んだけどね」


 そう言いながら撞いた手玉が紫帯の12番ボールに当たって、ポケットインした。


「そう。三人も。見えないな」


「あなたのところは?」


 キュー先にチョークを付けながら、それでもテーブルのボールから目を逸らさずに玲は言った。


「うち?うちは、まだ一人だよ」


「え?まだ、独身なの?」


 チョークを塗る動作を止めて玲は言った。


「あ、いや、娘が一人、ってことだよ」


「ま、そうよね」


 それからしばらくは、お互いに何も言葉を交わすことなく玉を撞き続けた。



◇◇◇



「玲は、このネカフェによく来てたのか?」


 ストールに座って、無料のアイスコーヒーをすすりながら俺はそう尋ねた。


「今日は、土曜日でしょ。土曜日は仕事お休みなんだけど、今日みたいな午前中に来ることはなかったわ。昼とか夕方に、たま~にね。大体、主婦はこんな時間から玉撞きなんてしないものだわ」


 俺が持ってきたジンジャーエールの紙コップを立ち飲みしながら玲はそう言った。


「なら、今日は、特別にこんな時間から?」


「あなたが居るって聞いたからよ」


「え?そんなこと誰に聞いたの?」


「あなたの職場にいる加藤さんから」


「え?加藤さん?なんで、加藤さんからなんか…」


「私が前に住んでいたアパートの近所が加藤さんの家だったよ。この前、久しぶりに加藤さんに会ってお茶したときに『今度、転勤してきた人、休みの日に一人でビリヤードなんてしてるんですって。今時、そんな人居るのね~』って言うから、そこからいろいろ聞いていって、42歳で、名前が柚木なんていえば、もう、あなたしかいないと思ってね」


「そうか…加藤さんから、そんなことを」


「仕事の方はどうなの?もう慣れた?」


「まだ、1カ月しか経っていないからな。いろいろ大変だよ。同じ県内でも、此処の地方のお国柄は、俺の地方とは別物だからな」


「まさか、あなたが県職になっているなんてね。家族は置いてきたの?」


「ああ、今はな。夏前にはこちらに来て合流する予定だけど」


「そうなんだ…」


「玲は、仕事何してるんだい?まさか、銀行員じゃあるまい?」


「介護ヘルパーよ。訪問のね」


「なんと…」


「そんなに驚く?」


「ああ、だいぶね。玲のイメージじゃない」


「冷徹で、温かみもないから、って感じ?」


 薄い唇の口角を上げて、余裕の笑みを浮かべながらも、出てくる言葉が相変わらずオブラートに包まれていない言い方だったから、言葉を選ばなければ、と俺は思った。


「いや、そんなことはないけどさ。ただ、なんとなく、介護職は意外だな、って。それより… 玲… 一応、聞いておきたいんだけど、俺に何か言ってほしいことあるか?」


 俺は、以前、使用した【夢見Yume-Mi】を思い出して、そう尋ねた。


「言ってほしいこと?変なこと聞くのね。あ、あるわ」


「えぇ?」


「もう、あたし、そろそろ、帰んなきゃいけないんだけど、あなた、携帯持ってる?」


「ああ、あるよ」


「電話番号教えてくれる?」


「え?あ…」


「今度の時は、対戦したいから。教えて」


「う、うん…」


 どうやら、このままでいくと、今回は“夢見”ではなく、現実の出来事のようだ。

 玲と出会ったのは、20年前のビリヤード台が置いてあったカフェレストランだったが、13年ぶりの再会も、また、この街のビリヤード場だった。





*【夢見(Yume-Mi)】

 詳しくは、『訪ねてくる女』を参照ください。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893549679







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