第02話 加藤さん

「ねえ、柚木さん、土日の間に、竹石さんに会わなかった~?」


 月曜日、昼食を食べ終わったところで、隣の席の加藤さんにそう話し掛けられた。


「竹石さん?」


「そう、竹石さん」


「竹石さんって…」


「あ、旧姓の方がわかるのかしら。宮里さん、宮里 玲さんよ」


「あ、会いました。土曜日、ネカフェのビリヤードで」


 普段からたまに会っている二人らしいから、ここは隠さない方がいい、と俺は咄嗟に思ってそう言った。


「あ、やっぱり~ この前、彼女に会ってお茶したときにビリヤードの話になってね。柚木さん、休日にビリヤードしてるって聞いてたからその話をしたら、玲ちゃんびっくりしててね。昔、お知り合いだったんでしょ?」


「昔、っていったって、私が学生の頃だから、もう20年くらい経ちます」


「ああ、そうだったの~ それは、懐かしかったでしょう」


 加藤さんは、明らかな含み笑いを浮かべながらも、その言葉に嘘は無いようだった。


「柚木さん、学生って、この街の?」


「はい。東京の大学を卒業してから、此処の教育大学の大学院に行ったんです」


「その時は玲ちゃんは…」


「銀行員でした」


「で、ビリヤード場でお知り合いに?」


「まだ、その頃は、この街にはビリヤード場ってのが無くて、今はもう店をたたんでいますが、木藤きふじにあったカフェレストランに唯一、半分サイズのビリヤード台が置いてあって、そこで」


「そうだったの~ へえ~」


 加藤さんは、初めて聞いたような相槌をわざとしながら、その先、どうなったのか俺から聞き出そうとする表情を作った。


「で、したの?」


「え?した…って、なにをですか?」


「もちろん、ビリヤードよ~」


「あ、いや、少し思い出話をしましたけど、その日は、それぞれの台で玉を撞いて、それで、別れました」


「ああ、そうだったんだ~」


 加藤さんは、わざわざ残念そうなトーンで返答した。


「加藤さんは、玲さんのご近所に住んでおられたんですってね」


 俺は、話を逸らす意味も込めてそう尋ね直した。


「そうなの。玲ちゃんが三人目を身籠るまでね。家族ぐるみでね、結構、仲良くしてたわ」


「そうでしたか~」


「でも、アパート住まいじゃ手狭だからってね、ルミナスに引っ越したのよ」


「ルミナス…」


「あら、知らない?程島ほどじまにある十何階建てのマンションよ。扇川おおぎがわの土手の側にある」


「ああ、あの白い大きいマンションですか」


 俺が住んでいる賃貸マンションから、車で5分くらいのところにある分譲マンションのことだと思った。


「そうなの。玲ちゃんのご家族のことは何か聞いた?」


「いや、あ、はい。三人、お子さんがいらっしゃるってのは聞きました」


「玲ちゃんもだけど、お子さんたちもみんな、スイミングやっててね。長男はいっつも新聞に名前が出るくらい速いのよ~」


「そうだったんですか~」


 玲がスイミング、とは、まったく、絵が浮かばないので驚くしかなかった。


「また、今度会う約束したの~?」


 今度も、俺にも明らかにわかるように含みを持たせながら加藤さんは小声で聞いてきた。


「あ、いや、あの、機会があったらまた一緒にビリヤードしようって」


「ああ、そうなの~ 今度、玲ちゃんに会ったらよろしく伝えておいてね」


「はい。わかりました。ありがとうございます」


 礼なんて言うことはないのに、妙に焦っていた俺はそう言った。


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