Kと私の物語 p278

横浜いちよう

第1話

時々不思議に思う事がある。僕は何故生まれてきたのか?と。何処から生まれて来たのか?異世界から?そんなものがあるとすれば、だけど。もしくはこうも思う。僕は一体何の為に生まれてきたのか?と。僕が生きてる意味はあるのか?若しくは無いのか?と。あるとすれば、それは何か?無いとすれば、何故生まれた?意味も無く産まれる事ってあるのか?誰かが言った、産まれる前の事は誰にも分からない、死んだ後の事も誰にも分からない、人間には生きてる間の事しか分からないのだと。だから何の為に?とか、人生の意味は?とか、考えても分からない。そんな事を考えるだけ無駄なんだ、と。確かにそうだ。だけど、それを疑問に思わずに生きる事など出来るのだろうか?そもそも生きるとはどういう事か?血が流れ、息をしていれば生きてる事になるのか?では細胞は生きてはいないのか?細胞は血を流さない。でも細胞は生きていると思うが、どうだろう?では血はどうだろう?血は生きていないのか?血も生きているとしたら、血は何の為に生きているのか?僕の生命を維持する為か?もしそうだとするなら、血はその事を知っているのか?知らないとするなら、それは僕と同じではないか?僕も誰かの体内をかけ巡っているとして、その誰かの生命を維持する為に生きているのかもしれない。ではその誰かもまた、それ以上大きな生命を維持する為に生きてるのかもしれない。だとしたら、その連続に終わりはあるのか?若しくは始まりは?

「分からない。僕には何も分からない。」

「さっきから何をブツブツ言ってるのかな?」

「え?僕は何か言ってた?考えてただけかと思ってたけど。」

「いいえ、産まれるだの、血が巡るだの、ブツブツ言ってましたよ。」

「そうですか。すみません。考え事に熱中しすぎてしまって、自分の考えの事しかこの世には存在しないぐらいの感じだったかもです。」

「いや、謝らなくてもいいですよ。大丈夫ですか?」

「え?何が?」

「いえ、大丈夫なら別にいいんですよ。」

「大丈夫だと、思います。僕は大丈夫ですよね?」

「それは・・・・ 私にはなんとも・・・」

「僕は自分が産まれた時の事を覚えていないのです。」

「それは、みんな、そうよ。」

「どうして今自分がここにいるのかも、ちょっと覚えてないんです。」

「記憶喪失なの?」

「分かりません。初めから記憶なんて無かった気がするんです。だから、とても不安で。」

「それは記憶喪失かもしれないね。最後の記憶はいつなの?」

「どのくらい前の事かも覚えてないんですけど、気が付いたらここにいました。何でここにいるのか?どうやってここまで来たのか?何も分からないんです。」

「それは、不安ね。でもそんな事って・・・。何か禁断症状とか、気分が悪いとか、そういうのは無い?」

「そういう体調の悪さはありません。」

「頭は痛くない?」

「はい、痛くないです。そういえば、この真っ暗闇が明るくなる時があるじゃないですか。突然、光が差して、しばらく明るくて。たまに声が、・・・・そう、声が聞こえる時がありますよね?」

「そうね、・・・あるわね。あれは誰の声なのかしらね?」

「ありましたよね?最近も。あの時が最後の記憶だったかも、・・・しれないけど、・・・うーん、どうだろう?」


そういえば、私の最初の記憶もそれだった気がする。急に天から光が差して、眩しいと思ったのが最初だったような。それでやはり遠くで声が聞こえて。あれはやはり、神様の声なのかな?誰かに話しかけていたような。でもあの時、私以外には誰も、その声に気付いていなかった。何で誰も気付かないの?もしかして、私の頭がおかしくなったの?と、不安にもなったわ。でもすぐ、気を失った。気がついたら、またこの暗闇にいた。それがどのくらい前の事なのか?それからどのくらいたったのかも、解らない。・・・・そういえばKが何とかと言ってたような?誰かと話してたような声だった。Kはいったい何故?とか何とか。もしかして、ここにいる彼がそのKなのかしら?

「そう考えたら、私も不安になってきたわ。」

「え?何がですか?」

「今まで考えた事も無かったけど・・・・・、私にも記憶が無い・・・・、気がするわ。」

「えっ?あなたにも?本当ですか?」

「分からないわ・・・、今まで考えた事も無かったから・・・。」

そう、考えた事も無かった。私はいったい、いつからここにいるのかしら?そして、ここは何処なの?何で気付かなかったのだろう?ここには何も無いわ。ただ真っ暗闇なだけじゃない。何でこんなところにいるの?そして私は誰なの?

「あの?大丈夫ですか?」

「・・・え?何が?」

「何か急に黙ってしまったから。」

「ああ、ごめんなさい。考えこんでしまって・・・。ところで、あなたは何処にいるの?」

「え?ここにいますけど、」

「そうじゃなくて、私にはあなたは見えないんだけど、あなたから私は見えるの?」

「え?そういえばあなたの声は何処から聞こえてくるのだろう?僕にもあなたが見えません。」

「・・・・他には?暗闇の他に何か見える?」

「そういえば何も見えません。」

「私も何も見えないし、手にも何も触らないわ。」

「テ?テですか?」

「ええ、あなたは何か手に触るものがあるの?」

「サワル?サワルって何ですか?」

「え?触るものよ!ふれるもの、触覚?っていうんだっけ?え?分からないの?」

「はい、サワルもテも聞いたことがありません。」

「え?嘘でしょ?そんな訳ないじゃない!ありえないわ!手よ手!付いてるでしょ?」

「何処にですか?」

「何処にって、腕の先によ!」

「ウデ?ウデってなんですか?」

「腕も知らないの・・・・・」

そんな事ってあるのかしら?そんな記憶喪失って。名前や過去が分からないぐらいじゃないの?

「じゃあ足は分かる?」

「分かりません。」

「顔は?耳は?背中は?」

「何も分からないです。」

「そんな馬鹿な・・・・」

「じゃあ今触ってあげるわ、何処にいるか声を出して。」

「はい、声・・・、そういえば声って何でしたっけ、さっきまで分かってたんですけど、改めて考えると声って何でしたっけ。」

声も知らないの?今喋ってる声よ。え?・・・・でも変ね、この声は何処から聞こえるのかしら?確かに聞こえてるのに、何処から聞こえてくるのか分からない。

「どうしたんですか?何か言って下さい。」

おかしいわ、これは声じゃないの?音がしないわ。じゃあ何?何なの?テレパシーとか?え?・・・?

「これじゃあなたの所へ行って触れないわ。」

「え?何か言いましたか?」

口はあるわよね?まさかね?・・・・・?え?口も手も顔もないわ!え?口がない?何?どういう事?手も顔も?え?何が?え?え?え?何?無いのよ!何も!何も無いのよ!え?私は頭がおかしくなったの?え?なにが?え?なにが?どうして?え?え?ナニ?何?なに?な・・・ニ・・・

・・・・、そして、私は、気を、失ったらしい。


目が覚めるとそこは寝室だった。見慣れた天井。2年前に建てたばかりの45年ローンの家。その時に買ったダブルベッド。隣に寝てるのは、あら?いないわ。もう起きたのかしら、今日は日曜なのに。でも夢だったのね、良かった。わけの解らない夢だったわ。でも夢ってそういうものね。怖かったー。良かったわー、夢で。ところで今何時かしら?え?11時じゃないの!今日は慎一郎の誕生日プレゼントをデパートに買いに行くって言ってたのに。本当は明日が誕生日だけど、晃さんも月曜で早くは帰れないからって。日曜に誕生会やろうって言ってたのに。やだー、寝坊しちゃったのね。みんな朝ご飯は食べたかしら。何で起こしてくれないのぉー。

その時、慌ただしく階段を駆け上がりながら、何か叫ぶ夫の声が聞こえた。

「担架はこの階段じゃ無理だな!」

「早く!早く!息を!息をしてない、みたいなんです!」

何かしら?息をしてない?え!消防隊の人?え?どうしたの?

「確かに、普段どおりの呼吸無しです。脈もありません。心肺蘇生開始します!」

心配蘇生?呼吸無し?何で?私の事?

「あけみ!アケミ!起きてくれ!オイ!明美!明美!」

え?あなた泣いてるの?

「お母さん!お母さん!起きてー!どうしたの!どうしたの?」

慎ちゃん、朋子もパジャマのままじゃない。あれ?あそこに寝てるのは私じゃない!え?私が寝てる!じゃあ私は誰?え?ワタシ・・・死んじゃったの?

「おかあさーん!おか・・・っア、、、さ、、ん、、、」


「さっきの人ー、どこですかー、さっきのひとー。」

遠くで声が聞こえてくる。また気を失ったの?

「もう、いなくなっちゃったんですかー?さっきのひとー!」

また夢?夢の続きかしら?じゃあ、さっきの死んだ私も夢?

「やっぱり誰もいない。やっぱり一人だ。いったいさっきのひとは、何だったんだ?」

だんだん意識を取り戻してきた。そして顔を触ろうとしてみたが、やはり手も顔も口も、何も無かった。やっぱり夢だ。だってそんな訳ないもの。という事は死んだ私も夢か?そうだ。そうだきっと。良かった。これは夢。まだ悪い夢を見てる途中なんだわ。

「これは夢よ。私の夢。」

「あ!さっきのひと?さっきの私ってひとでしょ?」

「そうよ、私よ。でも私って名前じゃあないけどね。」

「ナマエ?ナマエってなあに?」

また始まった。ほんと嫌な夢。怖いわ。怖くなっちゃうじゃない。

「もう、起きよう!」

「オキヨウ?オキヨウって?」

「いいのよ答えなくて、夢なんだから」

それにしても真っ暗だし、姿も見えないし、自分も見えないなんて、変な夢。ストレスかしら?悩みなんか何もないけど。

「何処かに行ってたんですか?」

「そうね、夢を見てたわ」

「ユメ?ユメって?」

「分からなくていいのよ、夢なんだから。ほんと変な夢」

「じゃあ僕は誰だったんですか?」

「あなたは私の夢の住人よ」

「どういうこと?」

「変な設定よね?自分でも訳が分からないわ。でも夢ってそういうものなのよ。夢の中では何でもアリなの。」

「じゃあ、あなたは誰だか分かったんですか?」

「ええ、もちろん。もう起きるから、あなたも消えて無くなるわよ」

「じゃあ、あなたは誰なんですか?」

「私は私よ。この夢を見てる人よ。」

「何者なんです?」

「私は日本人で平凡な主婦。2年前に45年ローンで家を建てて、夫と子供が2人いる、平凡な主婦よ。」

「じゃあ、僕は?僕は誰ですか?」

「それは分からないわ。でもこの間の神様の声でKが、何とか、かんとか言ってたから、きっとあなたはKよ。」

「ケー?ケーが名前なの?」

「多分そうよ、私はKじゃないもの。他にはあなたしかいないんだから、多分あなたがKよ。」

「じゃあ、あなたの名前は私なの?」

「違うわ、私というのは一人称よ、私の名前は、

私の名前は、・・・・。あれ?・・・。私の名前は、・・・・。何だっけ?さっきまで覚えてたのに。・・・・。さっき目が覚めた時に、私が死んでる夢を見てて、その時に旦那が私の名前を呼んでたわ。なんとかーって。何だったかしら?」

「ナントカーって名前なの?」

「違うわよ、今、思い出せないからそうやって、えーっと、何だっけ?でも夢見てる最中だから、頭も働いてないのね、きっと。いいわ、どうせ、もう起きなくちゃ、子供の誕生日プレゼントを買いに行く約束なのよ。」

「なんだか、よく分からないことばかり言ってるよ(笑)」

「何が可笑しいのよ?何も可笑しくないでしょ!」

「僕、気付いたんだよ。」

「何を気付いたの?」

「僕はきっと、今産まれたんだよ!たった今!」

「は?今産まれたって?何が?」

「僕はあなたの言う事が何も分からないでしょ?それは当たり前なんだよ!だって今産まれたばっかりなんだから。」

「そんなわけないでしょ!産まれてすぐにベラベラ喋る人なんていないわよ!」

「でも、じゃあ何で何も知らないの?」

「それはだから記憶喪失、・・・」

「キオクソーシってナニ?」

「それはだから、」

「僕はさっきまで所々分かる言葉もあった気がするんだよ。でも今はまたぜんぜん分からない。あなたが何をいってるのか、ぜーんぜん。」

それはだから、ユメだから。

でもさー産まれたばかりなら、それでも当たり前だよね、だって生まれたばかりだから。

私は夢を見てるのよね。何で目が覚めないのかしら?

夢じゃないよ。あなたも今うまれたんだよ。

は?今うまれたって、わたしは専業主婦よ、子供もいるのよ。

だから、それは昔でしょ?今はあなたは私なんだよ。私はやっぱり頭が狂ってきたのかしら?

狂ってなんかいないよ。

え?今わたし、声に出して言ってた?

声?声ってなに?なにも言ってないよ。だってさっきから、カギカッコがないだろ?だからこれは会話じゃ無いんだよ。

え?声に出してないの?

そうだよ、最初から声なんか無いよ。だって口が無いでしょ?そうなのよ、口もテもナニも無いから。でもそれは夢だから。

だからユメじゃないって。僕らは今生まれたんだよ。

わたしはやっぱり頭がおかしくなったの?何でこんな変な夢を見てるの?そして何でいつまで経っても夢から目が覚めないの?いやよ、嫌!これは夢よ!ユメ!早く!早く目が覚めて!私はただのシュフよ!私は、ワタシ。怖い。狂ってしまうの?私は怖かった。何だか

怖かった気がするわ。昔、むかし私は夢を見てたキがするの。なんだかでも、全部わすれてしまった。怖かった。そうだよ。生まれるって怖い事なんだよ。でも生まれてしまえば、もう怖くはないんだ。ここからまた、素晴らしい人生が待ってるんだよ!だって僕らは、今、産まれたんだから!



その時、急に天が割れて光が現れた。何も見えない程の光で、真っ暗闇だった世界は、急に真っ白に変わった。光が眩しすぎて、真っ白にしか見えない。でもおかしい。私に目があったのか?それとも目ではない別の器官で光を感じているのだろうか?そして、Kは一瞬でいなくなってしまったようだ。何処か遠くでKの声が聞こえたような、遠ざかったような気がした。私はまた気を失いかけた、その時だった。神の声が聞こえてきた。とても大きな何を言ってるのか分からないぐらい、太く大きく神々しい響きだった。


「あれ?またそれ食べてるの?aランチでしょ?美味しい?」

「あーこれね、まあまあ。」

「え?何読んでるの?あーそれかー、こないだも読んでなかった?それ。」

大学の学食のスミの方で、1人でAランチを食べながら本を読んでいた。今日のAランチはチキンの上にホワイトシチューみたいなのがかかってるやつだ。たしか先月もこのメニューの週があったような。それよりも本を読みたくて1人で食べてたのに、それを見つけた友達が俺に声を掛けてきた。

「ああ、これね、夏目漱石。なかなか集中力が続かなくてさ、なかなか読み終わらないんだよ。」

「あーわかる、何かめんどくさくなるよね。」

「でも、これ中学の教科書で読んで、血だらけで自殺するやつだよね?なんかそのシーンだけすっごく印象的でさ、なんか急に思い出してさ、全部通して読んだ事なかったから、読んでみたくてさ。」

「こころ、でしょ。読んだよ昔、俺も。そのシーンだけ覚えてるよ、なんか三角関係だよね。」

「そうそう。なんか、明治なのに凄いえぐいよね。」

「でも急だね、映画とかアニメとかなってないよね?映画はたしか『それから』だよね?『こころ』の続編だっけ?」

「知らない、そうなの?続編もあるのかー。」

「いや、どうだっけなー3部作だよねぇ?俺も全然詳しくないから。でも漱石読むなんて意外だよ。」「いや、全然興味無かったんだけど、たまたま本屋で手にとってさ、なんかパラパラページめくってたらさー、本の中からだれか見てる気がしてさー。」

「そんなバカな(笑)。」

「そう、彼女にも言われた。バカじゃないって(笑)。」

「そりゃ言われるわ。」

「でもページも決まっててさー。ここ。気になって栞はさんでおいてさー、たまに開くんだけどさー。278ページか、ここ、このKの文字のあたりから視線を感じるんだよねー(笑)。」


                   

                   おわり

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