閑話 とある男子生徒の失恋

俺は今、気になっている人がいる。隣の席の鈴野さつき、いつも無表情で何を考えているのか全くわからない、ミステリアスな高嶺の花。可愛いけど恋人にしたいというより観賞用、そんな認識だった。


でも、あの月曜日に。


『昨日のテレビ見た?私昨日暇すぎてその真似を極めたんだけど。』


宮野さんの響く声で出された言葉が少し気になって振り向けば、宮野さんはモノマネを披露していた。思わずこみ上げた笑いを抑えようとしていると、ふと宮野さんの目の前にいる鈴野さんが目に入り、そして見たのだ。

彼女が宮野さんと話しているときに出た小さな笑みを。笑顔というには薄く、だけど俺が初めて見た、知らない彼女がいた。


鈴野さんは大抵宮野さんと一緒にいて、時々出る笑顔を好きになり、恋をした。きっとほかのやつらは彼女の笑顔を見たことがないのだろう。僕だけが知っている、そのことが気分を高揚させる。

彼女に話しかける勇気は出なかった。普段の鈴野さんはやっぱり無表情で壁を感じるから。


でもあの日、たまたま先生に二人で仕事を頼まれて。たまたま宮野さんがいなくって。たまたま、僕に勇気があった、偶然が重なったチャンス。僕は二人で初めて話した。


『鈴野さんは図書委員だったよね、その、ど、どうだった?』


我ながらどんな聞き方だとツッコミたくなったが。ちらりと視線を向けられ、思わず目を背けてしまった。自然な上目遣いに鼓動が高鳴る。


『佐藤くん、図書委員になりたかったの?』

『ら、来年選んでみようかなー、なんて思ってて。』

『そうなんだ。でもごめんね、明日が委員会の顔合わせだから、仕事内容はまだわからないんだ。』


図書委員になりたがる変わった奴と思われたかもしれないが、話題としては良かったらしい。そこから俺の入った委員会、そして部活話になった。彼女は淡々としていたが、長く話すことができ、こんなに鈴野さんと話している男は、僕だけなんじゃないかという考えに思わずにやけてしまった。


その2日後、鈴野さんの雰囲気が変わったことに気がついた。ふとした時にうっとりと、何かを思い出すようにぼうっとしていることが増えた。そのことに気づいたのは俺だけじゃなく、周りの奴らにもわかるくらいに顕著だった。今もある壁すらも忘れさせるような魅力を感じさせ、彼女に話しかける男も増えた。

彼女の変化は突然のことだった。ほかの女子たちはきっと恋をしたのだと言う。恋は人を変えるというが、俺には信じられなかった。でも、もし。もし彼女がこの数日間で恋に落ちたのだとしたら。それが俺の可能性はあるんじゃないかと思ってしまった。

彼女と話している男を学校で見かけたことはなかったから。可能性としては俺が一番高いのではないかと思った。


けれどその次の水曜日。信じられないことが起きる。


鈴野さんに、女好きで有名な双葉ハジメ先輩が会いに来たのだ。気づいた彼女はすぐに彼の元へ行き、頰を染めて話し、最後に笑ったのだ。

俺が見た小さな笑みではなく、心から嬉しいというような満面の笑みで。


それでやっと理解する。彼女は恋をしたのだ。あの男に。


どうしてだ。あんな女好きで遊んでばかりの男のどこに惚れたんだ。遊ばれているんじゃないか?騙されているんだ。そんな思いでいっぱいだった日の翌日、俺は見た。


「あのかわいい後輩ちゃんはいいの?」

「君が気にすることは何もないよ。」


三年生の先輩とくっついているあの男を見た。 足を止め、隠れながら様子を見る。二人は抱き合ってキスをしていた。思わず俺はスマホで写真を撮りその場を去った。そしてその日の放課後、彼女を呼んだ。


宮野さんに席を外してほしいと言い、二人きりになる。どこからそんな勇気が出たのか、彼女はあの男を軽蔑するに違いない、悲しむかもしれないが俺がそばで慰める、そんな期待があったからかもしれない。


スマホで例の写真を出し、彼女の前に出す。


「こ、これ朝撮ったんだ。あの男が好きなんでしょ?や、やめなよ」


言った!言ってやった!

スマホの画面をいつもの無表情で見つめる彼女を見て、違和感を抱く。

彼女は顎に手をあて、考え込んでいるようだった。そして俺の方を向き、言った。


「これ、もっと近くで見てもいいかな。」


そう言った彼女にスマホごと渡せば、彼女は細い指で操作し、そして………俺の撮った写真を消した。


復元できないように、ゴミ箱に入ってまたそれを消す。あの男の写真は跡形もなく消えてしまった。


「盗撮っぽかったから消しちゃった。ごめんね。」


淡々と話し、帰ろうとする彼女に思わず言う。


「あの男は噂通りのやつなんだよ。鈴野さんにはもっといい人が!」


そう言うと、彼女は足を止めて振り返る。


「そういうの、いいから。先輩に迷惑かけないでよ。」


写真も撮らないで、とそう言って去ってしまった。

彼女は最後まで俺の期待していた類いの感情を表さなかった。



「………ははっ」


俺の恋は、終わったのだと今、気づいた。二人きりになった時とは真逆の、虚しさが俺を襲った。

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女性関係がクズな先輩に恋をした オリビア @oribia

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