第24話 陽と百合

 これは、ある昼休みのこと――。




 最近、僕は綾野さんと一緒に昼食を取っている。

 その綾野さんは、今日は珍しくお弁当ではなく購買のようで、さっき買いに行った。それによって、教室にいるのは、他のグループの人を除けば、僕一人だけ。


(……まぁ、慣れたものだな。でも、僕にはこれがある……っ!)


 空腹の昼休みに、先輩手作りのお弁当を食べる。これこそ、僕が求めていた至福の時間。


 ぐぅううう~~~。


「………………」


 帰って来るまで待つか、それとも先に食べ始めているか……。

 綾野さんは、『先に食べてていい』って言っていたけど……。


 ぐぅううう~~~。


(っ……やっぱり、先に食べてようかな) 


 僕はお弁当の蓋を開けると、


「いただきます……っ」


 可愛い顔のタコさんウインナーを一つ箸で取り、口に運んだ。


(はぁ~……幸せ……っ。この美味さ、誰かに自慢したい…………ん?)


 絶品のおかずに舌鼓したつづみを打っていると、ふと横に視線を向けた。

 そこには、昼休みのときに見かけない人物がいた。


(……はる?)


 この前聞いた話では、昼食はいつも食堂で取っているとのことだった。

 すると、視線を感じたのか、陽はこっちに顔を向けた。


「?」


 陽は、徐に席を立って目の前に来ると、


「黒江君、どうしたの?」


 ちょこんと首を傾げながら声をかけてきた。


(か、可愛いな、おい……っ)


 ……あ、そうだっ。


 このとき、僕の頭の中でいい案が浮かんだ。


「……は、陽。もし、よかったら、一緒に食べない?」

「え」


 


「いいの? せっかく、二人で“楽しそう”に話していたのに……」

「? 楽しそう?」


 陽が言った二人とは、僕と綾野さんを指しているのはわかる。


 でも、『楽しそう』……?


「二人の邪魔をするのは…――」

「ぜ、全然いいよっ! ご飯は、みんなで食べた方が美味しいと思うから!!」

「でも、う~ん……」


 腕を前で組んで考え込むと、


「……じゃあ、お言葉に甘えようかなっ」


 と言って、ニコッと笑みを浮かべた。


「……っ!! そ、そっか!」

「お弁当取ってくるね」


 陽は、自分の席にお弁当箱を取りに戻った。すると、


「ジュース、買って来た」


 声のした方を見ると、右手にサンドイッチ、左手に二つの紙パックのジュースを持った綾野さんが立っていた。


「これ」

「あ、ありがとう……っ」


 僕は、綾野さんにお願いしていた紙パックのジュースを受け取る。


「あっ。お金は……はいっ」

「……確かに」


 綾野さんにジュースの代金を渡すと、ポケットから出した財布に入れた。


「あ」

「……?」


 そのとき、ちょうどお弁当を持ってきた陽を、綾野さんは不思議な顔で見た。


「あっ、忘れてた。綾野さん――」

東雲しののめ君」

「!! う、うんっ」


 と陽は、はにかむような笑顔で返事をした。


 ……ん? ちょっと待てよ。


「もしかして、綾野さん、陽のこと知ってたの?」

「……まぁね」


 綾野さんは意味ありげな表情を浮かべると、手招きをしてきたので恐る恐る顔を近付けた。


「えっとー……」


 すると、綾野さんはなぜか急にしどろもどろになってしまった。その頬は、心なしか赤いように見える。


「? 綾野さん?」


 なにが起きているのかわからないが、少し顔を離すと、綾野さんはいつもの落ち着いた状態に戻った。


(……顔を近付け過ぎたのがいけなかったのかな……?)


 そんなことを考えていると、綾野さんが小声で話し始めので耳を傾ける。


「東雲君は、一部の女子の間で美少年と美少女の両方を兼ね備えた“奇跡の子”として人気があるの」

「へ、へぇー……」


 チラリと、話題に上げられている人物を見た。


「?」


 当の陽はというと、こそこそ話をしている僕たちを不思議な顔で見ている。


「……って、この前、どこかのグループの子が言ってた」

「あ、そうなんだ……」


 今の説明で大体のことはわかった。ようするに、陽はこの学校の女子たちの間でとても人気があるということだ。

 まぁ確かに、わからなくもない。見た目だけで言えば、美少年と美少女のどちらでも通用するからな……。


 くぅううう~。


「ん?」


 どこからか可愛い音が聞こえてきたので、僕と綾野さんは顔を向けた。すると、




「えへへっ……。お腹が鳴っちゃったみたい……っ」




 陽が顔を真っ赤にしながらお腹を手で抑えていた。


(……か、可愛い)


 そんなこんなで、僕は自分の席に、綾野さんは一つ前の席に、陽は隣の空いている席を持ってきて座ると、やっと昼食の時間が始まった。




 それから数十分後。


「ここをこうすれば――」

「ほ、ほんとだ……」


 昼食を終えた僕は、こっそり持ってきていたゲームの中の隠しアイテム探しを、綾野さんに手伝ってもらっていた。


 さすがと言うべきか、綾野さんは僕からゲーム機を受け取ると、迷いのない動きでアイテムを見つけていった。


 ガチ勢……恐るべし。


 ちなみに、陽はお弁当を食べ終えると、食堂の中にある自動販売機にお茶を買いに行った。


(……それにしても、“姉”手作りの春巻きか。今度、先輩に作ってもらおうかな……っ)


 頭の中では、さっき陽が食べていたお弁当のことを思い出していた。

 聞いた話によると、陽のお姉さんはこの学校の一つ上の先輩で、二年生でありながら家庭科部の部長をしているらしい。


(どうりで、あんなに……おっと、思い出しただけでよだれが……っ)


 ……。

 …………。

 ………………。


 それから時間が経ち、予鈴まで残り時間が僅かとなると、食堂や別のクラスに行っていたクラスメイトが教室に戻り始めた。


 すると、綾野さんは「ふぅ……」と息を吐きながら、イスの背もたれにもたれかかった。


「はい」

「あっ、ありがとう。助かったよ」

「どういたしまして。これだけあれば、次のダンジョンも難しくないと思う」


 と満足した顔でゲーム機を返してきた。


「また、わからないところがあったら言って。手伝うから」

「う、うん……っ」


 何とも頼もしい言葉を言ってくれた綾野さんは、まだ飲みかけの紙パックのジュースを持ち、自分の席に戻っていった。


 その後ろ姿を見て、一言。


(――か、かっけぇぇぇ……っ)




 放課後。

 僕と綾野さんが陽の後に付いて行ってやって来たのは、一階の端にある家庭科室だった。

 なぜ、僕たちが家庭科室に来たのかというと――。


「お姉ちゃん、来たよ」


 陽は、家庭科室の扉を開けて中に入った。すると、


「待っていたわ、陽」


 声のした方を見ると、そこには文庫本らしきものを読んでいる人物がいた。


(……あの人が陽のお姉さんか)


 手に持っていた本にしおりを挟んで机に置くと、イスから立ってこっちを向いた。

 その姿は、どこかのお嬢様かと見間違えるような、凛として気品のある佇まいだった。


(綺麗な人だな……)


 すらりと伸びた長い脚が、スタイルの良さを感じさせる。さらにロングヘアーの黒髪は、よく手入れをしているのかとてもツヤがあった。


「あら。後ろにいるのは、陽のお友達かしら?」

「うん、そうだよ」

「こ、こんにちは……。黒江翔太郎です……っ」

「……綾野です」


 僕と綾野さんが一通りの挨拶をすると、


「私は東雲しののめ百合ゆり。あなたたちも知っていると思うけど、ここにいる陽の姉よ。よろしくね」


 挨拶をしているときの佇まいも、しなやかでどこか気品がある。


 一つしか年は変わらないはずなのに……。

 なんだ? この、大人の余裕は……。


 その後。

 テーブルを囲んでイスに座ると、


「陽、早速なのだけど。聞かせてもらってもいいかしら?」

「うん。えぇ~と……最初は――」


 陽が、昼休みのときに書いていたメモの内容を話し始めると、お姉さんはそれを聞きながらノートにメモし始めた。

 これが今日、僕と綾野さんが付いて来た理由だ。

 家庭科部部長のお姉さんが、自分が試作した料理をお弁当に詰めて陽に味見をしてもらっていることを聞くと、陽が『よかったら、一緒に付いて来る?』と言ったので、今ここにいるというわけだ。

 ちなみに僕と綾野さんは、これと言ってすることがないので、二人の様子を眺めていたのだけど。


 カチカチカチッ……。


「あはははは……」


 それから待つこと、十分後。


「やっぱり、味が濃かったのね」

「うん。味はよかったけど、少し濃かったかな」

「なるほど……」


 二人の話し合いは、まだ続いていた。


「……もしかして、僕たちってお邪魔かな……?」

「……さぁ」


 そうぶっきらぼうに答えた綾野さんはというと、こっちはこっちでゲームを続けていた。


「助かったわ、陽。次に作る料理の参考にするわね」

「うん。また、味見をするときは言ってね」

「ええぇ」


 どうやら話が終わったようだ。そこでチラリと横を見ると、綾野さんが凄まじいスピードでゲーム機をカバンに入れていた。


「あの……」

「あっ、ごめんなさい。つい料理の感想に夢中になって……」

「い、いえ、お構いなく……っ」


 横にいた陽も申し訳なさそうな顔で僕たちを見てくる。


「ごめんね。黒江君、綾野さんも」

「別に、陽が謝ることはないよ」

「……そうね」


 それを聞いて、陽は落ち込んだ表情からいつもの表情に戻った。

 僕が心の中でホッと息を吐いていると、お姉さんはどこから出したのか、クッキーを並べた皿をテーブルの真ん中に置いた。


「放課後のティータイムでも、どうかしら?」


 その言葉が合図となり、僕たちは手作りのクッキーを片手に談笑を交えたのだった。

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