第21話 先輩とティータイム

 次の日。


「美味しいですねー」

「それはよかったです……」


 僕と先輩は、リビングテーブルを挟んで少し早めの昼食をとっていた。

 ちなみにメニューは、たらこパスタ、レタスのサラダ、コーンスープとなっている。


「………………」

「? ……先輩?」


 先輩は、フォークで持ち合上げたたらこパスタを黙々と口に運んでいた。


(どうしたんだろう……)


 昨日、帰ってきてからずっとこの状態が続いていたのだ。


「っ……お、美味しいですね、このたらこパスタ……っ」

「……そうですね」


 やっと、返事を返してもらったと思ったら、一言であしらわれてしまった。


(なにか先輩を怒らせるようなこと言ったかな……)


 必死に思い出そうとしたけど。思い当たる節と言ったら、昨日、綾野さんと別れた後、先輩とばったり会ったことくらいだ。

 先輩曰く、夕食に使う卵を買うために、スーパーに買い出しに行っていたらしい。


 確か、あのときから、先輩の様子が普段と違っていたような……。


「……私の顔に、なにか付いているのですか?」

「!? い、いえ……っ」

「?」

「あっ……あはははは……っ」


 わざとらしい笑い声を上げながら、残っていたサラダを一気に口に詰め込んだ。




 一通りの家事を終えて自室に戻った私はというと…――


(ど、どうしましょう……っ!! 翔太郎くんから……話しかけてもらったというのに……)


 頭を抱えながら、さっきの自分の行動について反省をしていた。


「はぁ……」


 考えれば考えるほど、ますます気持ちが沈んでいく。


「私は……どうして、あんな素っ気ない態度を……」




 ………………………………………………………………………………。




 頭の中に浮かんだのは、昨日、翔太郎くんが……知らない女の子と一緒に歩いている姿だった。


 あの女の子は誰なんだろう……。

 翔太郎くんにとって、一体どういう存在なのだろう……。


 気になる……気になり過ぎて…――――昨日の夜は一睡もできなかった……。


「……よしっ」


 迷っていてもなにも始まらない。私はイスから立ち上がったのも束の間、再びイスに座った。


(あぁぁぁ~……どうしましょう……っっっ)


 さっきの決意は、どこに行ったのやら。


(なにか、いい案は…………あっ、そうだ!)


 私は、迷いのない足取りで部屋を出た。向かった場所は、もちろん、二階にある翔太郎くんの部屋だ。


 ――コンコンッ。


『は~い』


 扉をノックすると、中から翔太郎くんの声が聞こえた。


「しょっ、翔太郎くん……っ!」


 ――ガチャリ。


「先輩? どうしたんですか?」

「ええっと~ですね……」


 用件を話そうとすると、急に緊張が全身を巡った。


「え~っと……」


 どうやって話を切り出そうか考えていると、


 ――ピロンッ。


 突然、机の上に置いてあるスマホが鳴った。


「あっ、すみませんっ。ちょっとだけ待っていてください」

「わ、わかりました……っ」


 翔太郎くんは私に一言伝えると、通知の内容を確認しに行ってしまった。


(タイミングが悪いにもほどがあります……っ)


 オーバーヒート寸前だった思考回路も、一瞬で冷めてしまった。


(それにしても……)


 スマホの画面を楽しそうに見つめている翔太郎くんに、なぜか心がざわつく。


(一体、誰からの連絡なのでしょう……)


 思い当たるとすれば、あの女の子しか考えられない。


「お待たせしました。それで、僕になにか?」

「じ、実は……」


 私は、ここに来る前に考えたある秘策を発動した。


「……こっ、これから一緒にティータイムでも……っと、思いまして……っ」


 そう、真っ向から聞くのが難しいのなら、自分が聞きやすいステージを用意すればいいのだ。


「いいですねぇ。もちろん、参加しますよ」


 翔太郎くんの感触が良好だったことに、私は心の中で小さくガッツポーズをした。


「で、では、早速さっそくリビングに行きましょう!」


 と言ったと同時に、軽やかな足取りで階段へと向かった。

 翔太郎くんは一瞬たじろぐと、慌てて私の後について来たのだった。




 一階に降りた僕たちは、キッチンで準備を始めた。


「用意は私がするので、ちょっと待っていてください」

「え、手伝いますよ?」

「大丈夫ですからっ!」

「そう……ですか」


 断られてしまったら、こっちはなにも言うことがない。

 僕は、ソファーに座って待つことにした。


 ……。

 …………。

 ………………。


 それから待つこと、十分。


「お待たせしましたっ」


 先輩が、お盆に二人分の紅茶とお菓子を載せて持ってきてくれた。


「はい、翔太郎くん」

「ありがとうございます」


 僕が紅茶の入ったカップを受け取ると、先輩は、お菓子を載せた皿と自分のカップをローテーブルの上に置いた。

 そして、先輩は僕の隣にちょこんと座った。


「……あの、翔太郎くん。……や、やっぱり、なんでもないです……っ」

「?」


 ……なんだ?


 僕は、隣にいる先輩の顔を見ると、思い切って尋ねた。


「僕に……なにか聞きたいことでもあるんですか?」

「……ッ!?」


 先輩は、驚いた顔でこっちを見た。

 今の反応から察するに、どうやら図星のようだ。


「き、聞きたいことなんて、べ、別にありませんけど……っ!?」

「……本当にそうですか? 僕には、そうは見えないんですけど」


 僕には、先輩が平然を装っているようにしか見えなかった。


 じーーーーーっ。


「ほ、本当に、なにもありませんから!」


 と言い切って紅茶を飲もうとしていたのだけど。カップを持っている手が、さっきからプルプルと震えていた。

 意外と先輩は、隠し事が苦手なタイプらしい。

 それなら、ここで畳みかけるしかない!


「そういえば、先輩」

「な、何ですか?」

「僕、昨日からずっと気になっていたことがあるんですけど」

「気になること、ですか?」

「はい――」


 ピンポーン。


 ……タイミングが悪いなぁ。


 と心の中で呟き、立ち上がろうとすると、


「あっ、翔太郎くん、私が出てきますっ!」


 先輩が急ぎ足で玄関に向かった。


「はぁ……」


 ため息をつきながら待っていると、少し経って先輩がリビングに戻って来た。


「なんでした?」

「……だ、誰もいませんでした……よ」

「え? 誰もいないって……もしかして、誰かのいたずらですか?」

「ど……どうでしょうね……っ」


 そう言っている先輩は、見るからに元気があるように見えなかった。


(……先輩?)


 結局。このティータイムの間に、お互いに気になっていることについて聞くことはできなかったのだった――。

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