第19話 ゲーム少女と不思議な一日
次の日の朝。
朝食を食べ終わると、母さんを見送るために玄関に向かった。
「ゴールデンウィークの間くらい、ゆっくりすればいいのに……」
「ねぇ~。どうしてこうも仕事が……はぁ……」
母さんは、玄関で靴を履くと、こっちに振り返った。
「翔太郎も、彩音ちゃんも、風邪とケガには気を付けてね」
「わかってるよ」
「奈津子さん、体には気を付けてください」
「うんっ♪ ――――…彩音ちゃん……頑張ってね。色々と応援してるから」
「っ……はい」
先輩の耳元に顔を寄せてなにかを囁くと、「ふふっ」と笑みを浮かべた。
なにを話したのか気になるが、小声だったこともあって聞き取ることができなかった。
母さんは先輩から離れると、僕たちの顔を交互に見る。
「じゃあ、行ってきますっ♪」
「行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃい、奈津子さん」
母さんは、笑顔で出かけて行った。
玄関で母さんを見送ってから、数時間後。
昼食の先輩特製サンドイッチを食べ終え、僕は玄関に向かった。
「それじゃあ、先輩、行ってきます」
「行ってらっしゃい、翔太郎くん」
先輩に見送られながら、僕は外に出た。
今日出かけた理由は、一つ。
それは、今日発売の新作ゲームの限定版を手に入れるためだ。そのために、今から向かうのは、駅前にあるゲームショップ。
最初は、ネットで予約しようと思っていたのだけど。サイトで確認したときには遅かった。
(あぁ……。今思い出しただけで……)
あのときの絶望感は……なかなかキツイものがある……。
そんな僕に残された手段は、発売日に店で直接買うことだった。
しかし、今は、ゴールデンウィーク真っただ中。店が開く前から、待っている人も少なくないはずだ。
(急げぇぇぇ……っ)
僕は、焦る気持ちを抑えつつ、足を進めた。
それから店に着くと、新作が置いてある棚に一直線に向かった。
(ある……まだあるぞっ!)
棚の前に来ると、恐らく最後の一個であろうソフトが置かれていた。
僕は、勝利の喜びに浸りながら、それに手を伸ばす。
――…しかし。
「「あ」」
隣から、僕と同じように最後の一個を掴もうとする手があった。
ゆっくりと顔を横に向けると、
(……っ!? ……確か、綾野さんだっけ……?)
そこにいたのは……デニムのショートパンツと少し大きめのパーカーを着たゲーム少女だった。
普段の制服姿とは違い、まさか服装だけで、ここまで印象が変わるとは……。
それにしても、どうしてここに……。
彼女は、伸ばした腕をピタッと止めると、腕を辿って顔を見てきた。
「………………」
「…………っ」
じーっとした視線が向けられ、思わずたじろいでしまった。
ゲームソフトは、一つだけ。
どちらかが買い、どちらかが買えない。
(こっ、ここは……とりあえず……っ)
僕は一歩引くと、恐る恐る言った。
「ど、どうぞ……」
そう言って、彼女にゲームソフトのケースを譲った。
こういうときは、躊躇わずに譲った方が、話が早い。
(うん……。これでいいんだ…これで……)
名残惜しい気持ちもあるが、僕は早歩きでこの場から離れた。
――彼女の視線を背中越しに浴びながら……。
「はぁ……。これから、どうしようかな……」
目当てのゲームは手に入らなかったし……このままなにもせず帰っても……。
ぐぅううう~。
腹の虫が……。
(っ……なにか食べて行こうかな……)
店を出て、この前、先輩と行ったファーストフード店へとやってきた僕は、中に入って会計の列に並んだ。
(やっぱり……家に帰ればよかったかも……)
ゴールデンウィーク真っただ中ということもあって、店の中は人でごった返していた。
ぐぅううう~……。
胃袋よ、少し待て。
……。
…………。
………………。
その後。
注文した商品を受け取ると、空いている席があるか見て回ったのだけど。
(一階は空いていない……か)
ぐぅううううう~……。
胃袋よ、もう少し待て。もう少しだけ待つんだ。
僕は、仕方なく二階に上がると、ちょうどカウンター席が二つ空いていたので、そこに座った。
今の時間的に、隣の空席が埋まるのも時間の問題だろう。
そんなことを考えながら、テーブルに置いたトレーからハンバーガーを持ち上げる。
今回買ったのは、ごく一般的な普通のハンバーガーだ。“期間限定”と書いてあったメニューもあったのだけど。今日に限っては、もう“期間限定”という言葉に懲り懲りだったので、注文は避けた。
今度、食べるから。……いただきます。
大きく口を開けて、かぶりつく。
「…………っ」
口の中に広がる肉の旨味と、レタスのシャキシャキとした食感。
……うんっ、美味い。
王道が一番だと教えてくれる、この美味さ。
と、心の中で呟いていると、隣の空いていた席に誰かが座った。
何気なくチラッと見ると、
「「あ」」
そこにいたのは、バニラシェークを手に持ったゲーム少女だった。
まさかの再会に驚きを隠せないこちら側と違い、向こうはじっとこっちを見つめていた。
………………………………………………………………………………。
この……気まずさは……。
「――…黒江君」
「はっ、はい!?」
突然名前を呼ばれて、素っ頓狂な声が出てしまった。
「これ……ありがとう」
「!? ど、どういたしまして……っ」
「………………」
「……な、なに?」
綾野さんは、なにも言わずじーっとこっちを見ていた。
「えっと……」
「――このゲーム、好きなの?」
「え? あっ、好きだけど……っ」
「どういう部分が?」
「……部分? んん~っ、そう言われると……言いたいことがありすぎて……。まぁ、
それからというと、そのゲームの好きなキャラやグラフィック、過去作品の中で好きなシーンなど、今まで溜めていたものを吐き出すかのように語りつくした。
正直に言って……かなり気持ちよかった……っ。
店に入ってから、約一時間。
僕と綾野さんは、初めて会話をしたときのことが嘘のように、夢中になって語り合った。
一つ意外だったことと言えば、勝手に無口キャラだと思っていた彼女が、饒舌に話していたことだろう。
やはり、人は見かけによらない。
「黒江君は、普段遊んでいるゲームのジャンルは、なに?」
「えっ、う~ん……そうだなー……」
頭の中では、いろいろなゲームのタイトルが並んだ。
「う~ん……今、ハマっているもので言ったら、PCゲームの『僕たちの町』かな」
「“僕町”……やっているの?」
綾野さんは、嬉しそうに頬を緩めた。と言っても、ほんのちょっとだけ。
「う、うんっ。先週から始めたばかりなんだけど」
僕町は、前にネットで見たゲーム実況者の動画を見て、始めたのがきっかけだった。操作が簡単な上、やりごたえがあることから人気が高いゲームになっている。
確か、海外で賞を取ったんだっけ。
「……あのゲームはいい。アイテム次第でなんでも作れるから」
「でも、谷底のマグマに落ちて、アイテムが全部なくなったときは……泣きそうになったよ……っ」
「わかる。あの、落ちたときの絶望感が……」
そう言って綾野さんは、ふとなにを思ったのか、ゆっくりと僕から視線を逸らした。
「?」
僕が首を傾げている間も、彼女は、目を合わせようとはしなかった。
それから、綾野さんがアニメやマンガも詳しいということで、さらに話が盛り上がった。
同じ趣味を持っている人と語り合ったのは、こえが初めてだった。
(ほんとに……充実した時間を送っている気がする……っ)
しかし。気付いたときには、すっかり夕暮れ時を迎えていたこともあって、僕たちはトレーを片付けて外に出た。そして、
「――だから、クリアするまでに凄い時間がかかった」
「あそこのボスがまた激ムズで――」
帰り道が途中まで一緒だったので、その道中でも話は続いた。
その中で、僕はふとあることを思ったのだけど。ついつい話が盛り上がってしまい、聞くタイミングを逃していた。
(……聞くべきか……いや、それとも……)
そんなことを考えていると、いつも通学に使う交差点が見えてきた。
聞くなら、ここしかない。
「あの……綾野さん」
「……なに?」
「えっと、綾野さんに……一つだけ、聞きたいことがあるんだけど……」
と前置きをしてから、僕は恐る恐る尋ねた。
「……どうして、僕の名前を知っていたの?」
僕は、これが聞きたかったのだ。
今日、会ったときから、彼女は僕のことを苗字で読んでいた。
同じクラスとはいえ、話したことがない……僕の名前を……。
「………………」
綾野さんは足を止めると、顔を俯かせた。
「クラスメイト……だから……」
「!! そ、そっか……」
とても小さな声だったが、なんとか聞き取ることができた。
……僕の考え過ぎだったのかもしれない。
それから信号を渡ると、綾野さんが僕の顔を上目遣いで見てきた。
「今日は、ありがとう……。私、帰りはあっちだから……」
「う、うん。こちらこそ、楽しかったよ」
こうして、綾野さんとの不思議な一日は、終わったのだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます