第15話 先輩と白のワンピース

 ある日の放課後。

 僕が帰り支度をしていると、ポケットに入れていたスマホに連絡が入った。


『今日、一緒に帰ってもいいですか?』


 見てみると、どうやら先輩からだった。


『いいですよ』


 とメッセージを送ると、時間も経たずに返信がきた。


『では、待ち合わせ場所は校門の前にしましょう』

『了解です。すぐに向かいます』


 学校の敷地内だと他の人に見つかるかもしれないし、一番乗りで行けば見つかることはないだろう。

 携帯をポケットにしまうと、僕はカバンを肩にかけて教室を出た。


 ……。

 …………。

 ………………。


 その後。

 昇降口に着くと、まだ周りに他の生徒の姿はなかった。

 午後のホームルームが終わって、まだ三分しか経っていないのだから、いないのも当たり前か。


(それにしても……急に何の用だろう……?)


 先輩のことだから、きっと大事なことなのかもしれない。


(うーん……って、今は急がないと……っ)


 靴を履き替え外に出た僕は、急ぎ足で校門に向かうと、門にもたれかかって待っている人物を見つけた。


(……先輩、来るのが早すぎませんか……!?)


 さっき連絡したばかりなのに、先輩の足は一体どうなっているんだ……?

 そんなことを考えていると、こっちに気付いた先輩が手を振った。


「翔太郎くん、早いですね」

「先輩の方こそ、来るのが早すぎです」

「そうですか?」

「そうですよ……。ところで、急にどうしたんですか? 一緒に帰りたいなんて」

「え?」

「なにか大事な用でもあるんじゃないですか?」

「? 一緒に帰りたかっただけですよ?」


 ………………。


 とぼけた顔で首を傾げる先輩。


「翔太郎くん?」


 今の仕草にドキッとしてしまったことは、内緒だ。




 その日の夜。

 先輩の手作りカレーを食べていると、


「翔太郎くん。明日からゴールデンウィークが始まりますけど、なにか予定はありますか?」

「予定ですか? 特にはありませんけど」


 ……ボッチの僕に、予定なんか入るわけがない。

 待ちに待ったゴールデンウィークだけど。どうせ、今年も家でゴロゴロしながらゲームをしているんだろうな……。


(はぁ……)


 なんだか、急に悲しくなってきた……。


「……そう言う先輩は、なにか予定でもあるんですか?」


 と尋ねると、先輩は手に持っていたスプーンを皿に置いた。


「翔太郎くんは、駅前にある大きな本屋さんを知っていますか」

「知っていますよ。中学のときによく行っていましたから」


 駅前の本屋とは、家から近くの駅前にある三階建ての本屋のことだ。

 中学時の僕がマンガやラノベを買うときは、いつもそこに行っていた。


(最後に行ったのは、確か参考書を買いに行ったときだったかな……)


 それから話を聞いていくと、どうやら新しい料理の本が出たから買いに行きたいらしい。それと、スーパーでも買っておきたいものがあるとのことだ。


「なので、明日、買い物に付いてきてもらってもいいですか?」

「構いませんよ。僕も久しぶりに行きたいと思っていましたし」


 これによって、ゴールデンウィーク初日の予定は決まった。この後も連休中の話をしたのだけど。これといってなにも決まらなかったため、話し合いはまた後日に持ち越されることになった。




 ――…そして、ゴールデンウィーク初日を迎えた。


「んっ……んん……っ」


 薄っすらと開けた目で、枕元にある目覚まし時計を見ると、僕は、時計をそっと元あった場所に置いた。


「んん~……」


 ベッドから起き上がる気力がまったくかない。

 いつもなら起きないといけない時間にゴロゴロできる……。まさに至高の一言と言っていい。


 ――ガチャリ。


「おはようございます、翔太郎くん」


 突然、部屋の扉が開くと、先輩がベッドの横にしゃがんで話しかけてきた。


 いつもと同じ時間に、いつもと変わらない先輩の声……。


「せん……ぱ……い……っ」


 ぼんやりとした意識の中、先輩の方に顔を向けると、


「………………」


 先輩は、じっとこっちを見ていた。まるで、僕がなにか言うのを待っているような。


(……僕に……なにを言えと……?)


 寝起きだから、とっさに返す言葉が見つからない。


 ここは、とりあえず…――


「……おやすみなさい」

「はいっ、おやすみなさ……って、そうではありません! もう朝ですよ、起きてくださいっ!」


 脳をフル回転して考えた言葉を、あっさりといなされてしまった。


「………………」


 先輩の表情は、さっきと違ってどこか怒っているように見える。


「せ、先……輩……?」

「……翔太郎くん」


 すると、無言のまま毛布を剥ぎ取られてしまった。


 ああぁ~……やめてくださ~い……っ。


「早く起きないと、朝ご飯は抜きですからね?」

「は、はーい……」


 ベッドの前で仁王立ちしている先輩の姿が、母親のように見えてならない。


 当の先輩は、寝転んだままの僕の足元に毛布を置くと、部屋を出て行ってしまった。


 ――ガチャン。


 ……そろそろ起きるか。


「っ……んんっ~……!!」


 僕は、気だるげな体を起こし、腕を天井に向かってグッと伸ばした。


 いたたたたあぁぁぁ……っ。




 その後。

 のらりくらりと洗面所で顔を洗い、まだ覚め切っていない頭をシャキッと起こす。


(冷えた水がみるぜぇ……っ)


 それから、横にかけてあったタオルで顔を拭くと、洗面所を出てリビングに向かった。そして、リビングの扉を開けて中に入ると、


「あっ」


 テーブルに並べられた朝食と、いつもの席に先輩が座っていた。


「早く座ってください。朝食が冷めてしまいます」


 とうながされるまま、先輩の正面の席に座った。


「……もしかして、先輩、僕が来るのを待っていてくれたんですか?」


 と言うと、先輩は図星を付かれたような顔になった。


「そ、そうですよ……っ!? それがなにか……っ!?」


 どこか、恥ずかしそうに顔を逸らすその様子を見て、思わず笑ってしまった。

 すると、先輩がさっきよりも顔を真っ赤にして抗議の目を向けてきた。


(…………っ)


 このままだと朝食が冷めてしまうと思った僕は、じっとこっちを見てくる先輩をおいて、手を合わせた。

 それからほどなくして、先輩も同じように手を合わせる。


「………………」

「………………」


 僕たちは、目と目を合わせると、毎日欠かさず言ってきた言葉を言った。




「「いただきます」」




 それから朝食を食べ終え、食器を片付け終えると、僕たちは出かける準備のために一旦、お互いの部屋に戻った。

 二階の自分の部屋に戻った僕は、早速、着替え始めた。

 男の出かける準備なんて、女性の準備と比べればとても楽なものだ。

 僕は、すぐに着替え終えると、集合場所であるリビングに向かった。

 そして、ソファーに座ってスマホのアプリゲームをしていると、壁にかけてある時計をチラッと見る。


(もう、三十分か……。先輩、まだかな……)


 待つことにも少し疲れてきたので、そろそろ来てほしいと思い始めた、そのとき。


 ――ガチャリ。


 リビングの扉が開く音がしたため、ふと振り返った。


「せんぱ……い…――」

「――お待たせしてすみません。少し準備に手間取ってしまって……」


 と言いながら入ってきた先輩の服装に、自ずと目が止まった。


 白のワンピースに、肩にかけている茶色のショルダーバッグ。


 一見、シンプルに見えるのだけど。先輩が着るだけで、それは……とても魅力的に見えた。




「可愛い……」




 と心の本音を呟いた瞬間、先輩は突然、顔を真っ赤にしながら俯かせる。

 その姿を見て僕は、今の言葉を自然と口に出していたことに気付いた。


(っ……い、いくら見惚れていたからと言って……)


 急に恥ずかしくなり、スマホの画面を点けたり消したりしていると、先輩が顔を逸らしたまま扉の方に体を向けた。


「……で、では行きますよ……っ!」


 と言い残して足早にリビングを出て行ってしまったので、


「!? ま、待ってくださいよ!」


 僕は、慌ててその後を追った。

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