第13話 ちょっとの変化と謎のゲーム少女
ぐぅううううう~~~。
「もうすぐできますからねっ」
「あ……あはははは……」
どうやら思いっ切り聞こえていたらしい。
それから、できた料理をテーブルの上に並べ終えると、席に着いた。
今日のメニューは、ご飯、焼き鮭、甘い味付けの卵焼き、ねぎと油揚げが入ったお味噌汁。
(どれも……うんっ。美味そう……っ)
ぐぅううううう~~~。
「ふふっ」
「…………っ」
腹の虫よ、落ち着け。もうすぐだ。
「「いただきますっ」」
……。
…………。
………………。
「――えへっ、えへへへっ♪」
「………………」
朝食を食べ始めてからというもの、先輩はずっとこの調子だった。
箸でご飯や焼き鮭を口に運ぶたびに、思い出したように笑みを浮かべている。
先輩と朝食を一緒に食べるようになって日はまだ浅いけど。こんな状態の先輩を見るのは、初めてだった。
「こ、このお味噌汁、美味しいですね」
「そうですか? ありがとうございます♪ ……えへへっ」
「……どうしたんですか、先輩?」
すると、先輩は焼き鮭に向かっていた箸を止めた。
「? なにがですか?」
そう言っているときも、頬が緩んでいるのがバレバレだった。
「僕の勘違いかもしれませんけど……。先輩、今日は凄く機嫌がいいように見えます」
「っ……わかりますか?」
「……見ただけでわかります」
「そ、そうなんですね……っ。えへへっ……♪」
「………………」
結局、この状態は朝食が終わった後も続いたのだった――。
それからあっという間に、学校に行く時間が近づいてきた。
「私は残りの食器を洗ってから行くので、翔太郎くんは先に行ってください」
と言って先輩は、シンクに置いた食器を洗うために、キッチンに向かおうとした。
いつもなら、お言葉に甘えて先に家を出るのだけど……。
「――…せ、先輩」
呼び止めると、先輩は振り返って僕の方を見た。
「あの……」
正面から言うのは、どこか気恥ずかしい。
しかし、こうしている間にも時間は進んでいく。
(っ……覚悟を決めよう)
先輩の目を真っすぐと見ながら言うと、
「先輩……今日、一緒に行きませんか?」
「――――…え?」
僕の言葉を聞いてポカーンとした表情を浮かべると、次の瞬間、
「それは――」
「へっ?」
突然、あの細い腕からでは考えられないような力で両肩を掴まれた。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ」
そして、息もどこか荒々しい。
「せ、先輩……?」
「ほ……本当ですか……? 本当に……いいんですか……ッ!?」
先輩の瞳が、なぜかお星さまのようにキラキラと輝いている。
「は、はい……」
先輩の勢いに押されて、
「っ……わかりました!」
先輩は強く頷くと、急にダッシュでキッチンへと向かって行った。
「すっ、すぐに洗い物を終わらせてくるので、ちょっと待っていてください!」
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ?」
「急がなくては!」
どうやら先輩の耳には、僕の言葉は届いていないらしい。
「あ、あの~……」
「~~~♪」
ここまでコロコロと表情が変わる人を、僕は今まで見たことがない。
まぁ、先輩の知らなかった一面が知れたから、自分的には満足だったのだけど。
いつもと変わらない通学路も、隣に先輩がいるだけで、今までの風景とはまったく違っていた。
今までなら、女子と一緒に歩いていた野郎共に嫉妬していたけれど。
いざ、その立場になってみると、気持ちがとても晴れやかになる。
(なんだろう……この
周りから見れば、僕は、完全に勝ち組に入るだろう。
最初は、緊張するかと思ったけど。相手が先輩だから緊張はしなかった。
「翔太郎くん? ……翔太郎くん!」
「――っ!? な、なんですか!?」
「もぉーっ。ちゃんと話を聞いてください」
「す、すみません……っ。つい考え事をしていたので……」
危なかった……。
「………………」
「……んん?」
先輩はというと、さっきからじっと僕の方を見ていた。
(はぁ……。自分の世界に突入する癖……。どうにかしないとな……)
先輩は、見た感じでは怒っていないようなので、ひと安心。
次からは……ほんとに気を付けよ……。
「えっと……もう一度、お願いします……っ」
「……実は、今日、ロールキャベツに挑戦してみようかと思っています」
「ロールキャベツですか?」
「はい。もしかして、あまり苦手ですか?」
「いえいえっ。大好きですっ!」
と僕が言うと、先輩はふとカバンから一冊の本を取り出した。
「今回はレシピ本も用意しているので、準備は万端です!」
そう言って、先輩は、『エッヘン!』と胸を張った。
大人びているときもあれば、子どものような一面もある……。そんなところが、先輩の一つの魅力だと思う。
それにしても、
「ロールキャベツかぁ……懐かしいな……っ」
「え?」
「……母さんがよく作ってくれていたんです。ロールキャベツ……」
「奈津子さんは、料理がお上手だったのですか?」
「得意不得意はあったと思います。……けど、どれも美味しかったんですよね」
母さんは、手作りにこだわっていたので、中学時代のお弁当が全て手作りだったのを覚えている。
手作りのお弁当ってどこか温かさがあるんだよな……。きっと、作り手の気持ちが
改めて考えてみると、三年間、お弁当を作り続けるって凄いな。ほんと、頭が上がらない。
「では、ロールキャベツは翔太郎くんにとって、おふくろの味なんですね」
「ですね。あぁ~。こんなことを考えていたら、母さんの料理、久しぶりに食べたくなりました」
と言うと、隣で歩いていた先輩が、ふと立ち止まった。
「? 先輩、どうしたんですか?」
「……翔太郎くんっ!」
真っすぐな瞳が向けながら、突然、両手をギュッと握った。
「今日は、絶対に美味しいロールキャベツを作りますからっ!!」
「っ……楽しみにしていますっ」
その後。
再び並んで歩いていると、学校近くの交差点が見えてきた。
その交差点を超えれば、学校は目と鼻の先だ。それはつまり、交差点を超えると他の学生に見つかる可能性があるということ。
一緒に行くと言ったのは僕だけど。これ以上行けばバレるかもしれない。
そんなことを考えていると、先輩が僕の前に回り込む。
「それでは、先に行きますね」
と言い残して、先輩はくるりと前の方に体を向けると、小走りで横断歩道を渡っていった。
先輩も、これ以上行けば他の学生に見られる可能性があることを察してくれたのだろう。先輩には感謝しかない。
今の僕にとって、あの交差点を二人で渡ることは、まだできそうになかった。
先輩には、申し訳ないけど――。
四時間目が終わり、昼休みが始まった。
周りのクラスメイトたちが教材を片付けている間に教室を出て、一番乗りで購買に着くのが、最近のちょっとしたルーティンになっている。
ちなみに、今日買ったのは、卵サンドとコロッケパンで、毎日食べても飽きない安定感があり、とても気に入っている。あとは、コーヒー牛乳も忘れずに買った。
それから、食堂に向かう学生とすれ違いながら教室に戻るまでに五分もかからなかった。
うん。我ながらいいタイムだ。
教室では、いつも通り席を移動して食べる人もいれば、僕のように一人で食べている人もいる。
(……ま、まぁ、いいけどね)
僕は、この寂しい気持ちを頭の端に追いやると、机に置いた卵サンドに手を付けようとした。そのとき、
(……ん? これって、確か……)
机の端に置いてあるプリントに目が止まった。
約十分前までの記憶を辿っていくと、
「あ」
そういえば、さっきの授業が終わるときに、プリントの提出があったような……。
プリントを見てみると、確かにさっきの授業で使ったものだった。
(……はぁ)
僕はそれを持って、机に置かれた二つのパンとの別れを惜しみながら、教室を出て行った。
二階に降りると、職員室のスライドドアの前で一旦、立ち止まる。
職員室って、妙に緊張感があって苦手だ。
「はぁ……。失礼します」
気だるげな声で挨拶とともにスライドドアを開けて中に入った。
(先生はどこだ……)
さっさとやることやって教室に戻ろうと思い、四時間目の担当の教師を探した。
その教師は、僕のクラスの担任で、知性溢れる印象の女教師だ。
……名前は、覚えていないんだけど。
僕は、どうにも人の名前を覚えるのが苦手なようで、知っている人なら覚えられるのだけど。知らない人は、ほとんど覚えられない。
知らない人というより、『興味がない人』の方が正しいか。
そんなことを考えながら周りを見渡すと、目的の人物を見つけた。
「? あれって……」
歩きながら向かっていると、そこには、授業中にゲームをしていたあの少女が担任となにか話をしていた。
これは……近寄っていいのだろうか。
せっかく持ってきたのに、このまま帰るのは…――
「――
それに、あの子の苗字、“綾野”って言うんだ……。
「……あっ。
「っ!? え、えっと……さっきの授業のプリントなんですけど……。出し忘れたので持ってきました……っ」
と言って渡すと、先生は、困った表情で見てくる。
「確かに受け取りました。でも、次からは気を付けてください」
「はい、気を付けます……」
僕は、“反省”の二文字を胸に刻んだ。これに関しては自分が悪いからしょうがない。
それから軽く話をしてから、僕は扉の方へと向かった。
「し、失礼しました……」
と言って、扉を開けようとしたとき、後ろからあの少女が来ていた。
少女は、僕が扉を開けるのを待っているようだ。
どうやら、今回は厳重注意だけのようだ。
「………………」
じーーーーーっ。
「?」
後ろからの視線を感じながら扉を開けて一緒に職員室を出ると、
(はぁ……)
心の中でため息が漏れた。
体に、なぜかどっと疲れた感覚が襲ってくる。
(早く教室に戻ってパンを食べよう……)
階段の方へと歩き出すと、少女と同じクラスということもあって、自然と同じルートを辿って階段を上る。
そして微妙な距離を空けながら、教室のある三階に着くと、急に後ろから視線を感じたので振り返った。
すると、少女がこちらをじっと見ていた。
「………………」
「………………」
なぜ、こっちを見てくるのか気になり、こちらもじっとした目で見返すと、
「なに?」
「!? い、いや、別に……」
――…うわ、怖っ!?
年頃の女の子は、視界に入っただけでそんなに怒るのか。
すると、少女は、何事もなかったかのように僕の横を通り過ぎていった。
(何なんだよ、一体……)
僕は、訳がわからないまま、教室に戻ったのだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます