第12話 先輩と予想外

 先輩とのデート? 当日の朝。

 朝食を食べ終えて部屋に戻った僕は、外に来ていく服をどうするか考えていた。


「うーん……」


 腕を組みながらパッと見たものの、これといって目に止まる服はない。

 こんなことなら、今日のために服を新調しておけばよかった。

 女性と二人きりの場合、どういう服を着ればいいのか。どういうところに行けばいいのか。


(……まったく、わからない)


 考えれば考えるほど、答えが遠のいていく感覚がする……。

 そもそも、まず先輩がどんな服を着てくるのかが想像できない。

 いつも見ている服装と言ったら、学校の制服か、家で着る普段着くらいだ。


「うぅぅぅーん……」


 ただのパジャマ姿でも魅力的に見えてしまうから……って、なにを想像しているんだ、僕は……っ!!


(はぁ……。まぁ相手は先輩だし、張り切りすぎなくてもいいのかな……っ)


 それから無難な服に着替え終えると、一階のリビングへと向かった。




 リビングの扉を開けて中に入ると、先輩がソファーで雑誌を読んでいた。

 僕が来たことにも気づかないくらいに、雑誌を熟読している。


「……来ましたよ、先輩」

「あっ、翔太郎くん」

「先輩、なにを読んでいるんですか」

「えっ!? これは……あはははは……っ」


 先輩は、雑誌を慌ててテーブルの下に隠したのが、


(あ……怪しい……)


 あのぎこちない顔……。


 雑誌の中身が気になるけど。それよりも、今は別のことが気になる。


「もう十時ですけど。用意しなくていいんですか?」

「用意ですか? それならもう、とっくにできていますっ!」

「え?」

「ん?」


 今の先輩は、朝食のときと変わらず、Tシャツにショートパンツというラフな格好のままだった。

 はっきり言って、外に着ていく服ではなかった。


(もしかして、パジャマのまま出かけようとしている……?)


 そんなことを考えていると、突然立ち上がって僕の方を見てくる。


「翔太郎くん、見てください! これが今日、私が用意した対策です!」


 先輩がじゃじゃーんと言わんばかりに出してきたのは、大きいサイズのポテチとコーラだった。そして、


「見てくださいっ! このときのためにこれも用意しておいたのですっ」


 そう言ってテレビを点けると、どこかで見たことがあるアイコンが画面に表示された。


 月額九百八十円で映画が見放題というサービスのアイコンだった。


 ……ん?  中々、話が見えてこないぞ?


 ポテチとコーラと映画見放題。この三つと言えば……。


「もしかして、今日は家で過ごすんですか?」

「はい、その通りです!」

「………………」

「この前のような雨が降ったら、また行けなくなります。なので今回は、お家で過ごそうと思いますっ!」


 つまり、これは噂に聞く“おうちデート”というやつなのでは……。

 確かに、これなら雨に悩まされることはない。


「翔太郎くん?」


 急に黙り込んだ僕を気にしたのか、先輩が見上げながらこっちを見てくる。


(っ……とりあえず、ここは、なにも言わずに着替えに行こう……っ)


 そう思い、リビングの扉に向かって歩き出そうとした。そのとき、


「あっ、待ってください!」


 先輩が慌てた顔で止めてきた。


「もしかして、翔太郎くん。外に出ると思って着替えてきてくれたのですか?」

「……はい」

「……っ!! ご、ごめんなさい! 私、つい先走ってしまって……」


 さっきまでの生き生きとした表情が一転、落ち込んだものに変わってしまった。

 

 あまり、先輩の落ち込んでいる姿は見たくない……。


「せ、先輩。僕は、別に怒ってなんていません。だから、そんな落ち込んだ顔をしないでください」

「翔太郎くん……わかりました。でも……」

「でも?」


 ん? なんだ?


「……私、着替えてきます!」

「へっ?」

「翔太郎くんだけ、着替えさせておくわけにはいきませんからっ!」


 そう言って、リビングを急いで出て行こうとした先輩を、僕は慌てて止めた。さっきの先輩と、ある意味逆のパターンだった。


「どうして先輩が着替えに行く必要があるんですか……っ!?」

「……翔太郎くんは怒ってないと言っても、私が気になるのです!」


 と言う先輩が、どこかワガママを言う子供に見えた。


「行かせてくださいっ!」


 このままではらちが明かないため、今、咄嗟咄嗟に思いついたアイデアを話すことにした。


「じゃあ、こうしましょう。今日は家で過ごして、今度外に出かけるというのは、どうでしょう?」

「………………」


 先輩は、こっちをじーっと見てくる。


「それで、いいですよね?」

「っ……はい!」


 そう言って先輩は、早速、用意したものをローテーブルの上に並び始めた。

 パーティ開けにしたポテチと、コーラを入れたコップ。


「これでいいですね。じゃあ、なにを見ましょうか?」


 画面に表示されているタイトルの数々を見る限り、知っている名前のものもあれば初めて聞く名前のものもあった。

 ちなみに、先輩曰く、ぶっ通しで映画を見ていくらしいので、途中にゲームでも挟みませんかと聞いたら、快くOKがもらえた。

 さすがに連続で映画を見るのは疲れるので、こちらとしては助かる。


「――…翔太郎くんっ、始まりますっ!」


 目がキラキラと輝かせながら、先輩は食い入るように画面に集中していた。


 ……ふっ。




 それからというと、途中で先輩と雑談をしたり、見た映画について感想を言い合ったり、ポテチの袋を上手く開けられなかった先輩が、勢い余ってポテチを床に飛び散らしたりと、楽しいことだらけだった。


 お家デート? も意外と悪くないのかもしれない。

 外にいるときと違って、自然体でいられるし。


 そんなこんなで二本目の映画を見終えると、先輩がゆっくりと立ち上がる。


「ちょっと、おトイレに行ってきます」


 先輩がトイレに向かったことで、リビングには自然と自分だけになった。


 ………………。


 一人だけのリビングは、もう慣れたつもりだったけど。……やっぱり、寂しい。


「新しいのを出そうかな……ん?」


 座椅子から立ち上がろうとしていると、ふとテーブルの下に目が止まった。

 興味本位で出してみると、それは一冊の雑誌だった。


(そういえば、朝、先輩が読んでいたっけ……)


 雑誌の表紙には、大きなタイトルで、




『絶対に失敗しない、お家デートの必勝法!!!』




 と書かれていた。


 所謂、恋愛本だ。


 ……どうして先輩がこんなものを……?


 中身を見てみると、初心者のページや上級者のページと様々なデートプランが書いてある。

 その中の折り目が付いているページがあったので、ページを開いた。


「これって……」


 偶然とは言えないほどに、その内容は、今日のデートの内容とほとんど一緒だった。


(もしかして、今日のために……)


 ――ガチャリ。


「…………っ!?」


 リビングの扉が開く音がしたので、慌てて雑誌を元にあった場所に戻す。


「お待たせしました。……? どうしたのですか、翔太郎くん?」

「い、いえ、別に……」

「そうですか? なら、いいのですけど」


 そう言って先輩は、次の映画を決めるためにリモコンを手に取った。


「……せ、先輩っ」

「? どうしたのですか?」


 ――…これだけは、絶対に言っておきたい。


「先輩……今日のデート、とっても楽しいですね」

「…………っ!!」


 それを聞いて目を丸くした先輩は、僕の目を真っすぐと見て言った。


「……私も、とっても楽しいです!」


 今までで一番のとびっきりの笑顔に、僕は胸を高鳴らせたのだった――。

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