第8話 先輩との買い物帰り
「おはようございます、翔太郎くん」
この声を聞くことから、僕の一日は始まる。
「……お、おはようございます……先輩」
今日も先輩は、僕を起こしに来てくれた。それが、どれだけありがたいことか。
先輩のような美人に起こしてもらえるだけで、憂鬱だった朝が嫌ではなくなった。
(……それにしても)
どうして毎回、僕の顔を覗き込んでくるのだろう。
「あの、先輩……」
「はい、なんですか?」
先輩のつぶらな瞳がジッと僕を見てくる。
「えっと……」
さすがに「
その後。
再び起こされた僕は、学校に行く一通りの準備を終えて、朝食を食べ始めていた。
ちなみに、そこに姉さんの姿はない。
「姉さんは……まだ寝ているんですか?」
「今日の授業は二限目からと言っていましたよ」
「へぇー。いいな~……」
自分の好きな時間に起きて、好きなタイミングで行ける。
ほんと、羨ましいことこの上ない。
「うんうん……」
そんなことを考えていると、先輩がジッとこっちを見ていた。
「なっ、なんですか、先輩?」
すると、先輩は徐に右手に持っていたトーストを皿の上に置いた。
「今日こそは、一緒に学校に行きましょう!」
「………………」
また、その話ですか……。
「あの、この前も言いましたよね? 万が一他の人にバレると、いろいろと面倒なので離れて登校するって……」
「確かに言いましたよ」
なら、どうして……と言おうとしたら……。
「私は……翔太郎くんと一緒に行きたいんですぅ!」
「………………」
「……本当にダメ、ですか?」
……先輩は、
まさか先輩、実は……小悪魔なのでは!?
……でも、先輩。僕にも、譲れないものがあるんです……。
「何度言われても、ダメなものは、ダメです!」
僕は、このやり取りがまだまだ続くのだと心の中で
先輩からの誘いをなんとか振り切り、今は絶賛、授業の真っただ中である。
勉強が苦手というより好きではない僕からすると、授業は暇な時間でしかなかった。
今、受けている数学に関しても、数式を見るだけで気分が悪くなる。
(はぁ……早く終わらないかなぁ……)
教壇の先生の話を右から左へと聞き流しながら、僕は……ある事を考えていた。
それは、先輩との朝のやり取りのことだ。
(先輩は、どうして僕と一緒に学校に行きたいんだろう……)
これが、僕の頭の中を埋め尽くしている。
周りのクラスメイトたちが一生懸命に黒板の内容をノートに写している間に、いろいろと考えてみたけど……答えは、見つからなかった。
――カチカチッ。
(……ん?)
――カチカチカチッ。
(…………っ)
――カチカチッ――――…バァッッッン!!!!!
(!!? 今、机に台パンしたよね……っ!?)
それは、授業中では絶対に聞かないであろう音だった。
(どこから聞こえるんだ?)
僕は、その音の根源を探すように周りをコソッと見渡すと、窓側の一番後ろの席にいる女子生徒に目が止まった。
ボブの黒髪と薄っすらと開けられた瞳。
特徴的な赤いヘッドホン。
(間違いない……あの子だ)
彼女の机の上に置いてあったのは、筆箱やノートなどではなく、最新のゲーム機だったのだから。
「………………」
――カチカチッ。
当の本人はというと、ゲーム機本体を机の上に立て、両手に二本のコントローラーを持って遊んでいる。さっき聞こえていたのは、どうやらコントローラーのボタンを押しているときの音だったらしい。
……恐らく今、この教室にいる生徒たちが思っていることを言おう。
(――――…クセが凄いなぁ!)
周りのクラスメイトたちも、コントローラーの音が気になるのだけど。みんな見て見ぬふりをしている。
僕は、あれだけ堂々とゲームをしている彼女に、なぜか
キーンコーンカーンコーン。
午後のチャイムが鳴り響くなり、筆箱、教科書、ノートをカバンに入れて教室を出た。その時間、およそ一分。
学生のほぼ大半が部活に入っているこの学校で、授業が終わってすぐ家に帰る人は、珍しい方だ。
そんなことを考えながら昇降口で靴を履き替え、校門に向かって歩いていると、
「待っていましたよ。翔太郎くん」
「? どうしたんですか、先輩。こんなところで」
すると、先輩は顔を赤くしながら言った。
「早く行かないと……翔太郎くん、すぐ家に帰ってしまうと思ったので、急いで来たんです。翔太郎くんと一緒に帰りたいなと思って……」
「先輩……」
どうしてそんなに、僕と……。
胸の奥で、説明できない鼓動が――
「…――それに、ただ家に帰るだけではありません」
「えっ?」
「実は……これから、翔太郎くんに買い物を手伝ってほしいんです」
「買い物……ですか?」
「はい。冷蔵庫の中を見たら、あまり食材が入っていなかったので、スーパーに買い出しに行きたいんです」
……あっ、なるほど。そういうことですか!
……って、危ない危ない……っ!!
どうやら、僕は今、余計なことを考えてしまっていたらしい。
ま、まぁ……デートのお誘いだなんて、一瞬も思っていないから……本当に……。
今までの僕に対する態度から可能性はなくはないと思っていたことに、急に恥ずかしくなった。
「っ……も、もちろんっ、手伝います!」
「ありがとうございます、翔太郎くんっ」
先輩は嬉しかったのか、とても笑顔だった。その笑顔の前では、
……それほどまでに、先輩の喜んでいる表情には魅力があった。
帰り道の途中にあるスーパーで買い物を終えて、二人で帰り道を並んで進んでいた。
「ついつい、買いすぎてしまいましたっ」
そう言って先輩は、買ったものがパンパンに入っている袋を持ち上げた。予想以上に重たかったのか、持っている手がプルプル震えている。
「先輩、持ちますよ」
「ありがとうございます。でも、翔太郎くんも持ってくれていますから、これくらい“一人”で大丈夫です」
……あっさりと断られてしまった。
(うーん……。もう一度言っても、
そんなことを考えていると、先輩が前を見ながら話し始めた。
「明日は、土曜日ですね」
「そうですね」
「………………」
「? 明日、なにかあるんですか?」
「………………」
先輩は足を止めると、突然グッと顔を近づけてきた。
「……ッ!? な、なんですか……?」
先輩の
「……翔太郎くんは、少々、
「へっ?」
なぜか、急に『鈍い』と言われてしまった。
僕って……鈍いのかな……?
「翔太郎くん!」
「は、はい!?」
突然、呼ばれてびっくりしていると、さっきまでの威勢の良さが嘘のように静かになった。
「…………っ」
「……先輩?」
先輩は、時折、チラチラッと僕の様子を
「………………」
「えっと……」
そして、この状態が数分ほど続いた後。
先輩は、意を決したような真剣な眼差しで、僕を見つめてきた。
「……実は、私、美味しいお店を知っているんですけど……。よかったら、明日、そのお店に一緒に行きませんか……っ!?」
「え」
――…母さん。どうやら、僕にも春が来たようです。
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