第10話 肉食爬虫類人(1)

夜、未加をはじめ、みんな眠れず、何を話すでもなく二階にある岩場に集まっていた。


流太が軟禁されている間に見つけた場所だ。


ここは岩と岩に隙間があって外が見渡せる。

文鎮山ぶんちんやまとは反対側にあるので、火山ガスの臭気は入ってこなかった。


そこへ三沢弥生が正式に開放すると言ってきた。


だから、開放すると言われても……。


火山ガスに囲まれたこの山を下りるのは弥生みたいな案内がいなければ危険だ。

あの唐揚げサンドにかじりついていた、ひゅうがの事もある。


SS(日本社会支援財団・別名ソーシャルサポート)はおそらく、空から救出する可能性が高いと大貴が言うので、SSの到着を待つ方が無難だと皆で結論を出した。


弥生達はその前にここを去ると言った。



「僕が余計な事をしたせいで本当にごめんなさい」

流太が相変わらずお人好し姿勢で謝る。


「いいえ。いずれこうなる運命だったのよ。ただ、ここは本当に住みやすくて好きだったの。先祖の神社も近いし。こちらこそ、軟禁生活みたいになってしまって、ごめんなさいね」

「あの石も持って行くんですか?」

流太が聞くと弥生は頷いた。

「あれは私達が守って行くものだから」


「もし良ければ、人間と共生する選択肢もあるでしょう。どうです。この辺で存在を明らかにしては?我々SSが守りますよ」

大貴が提案した。


「ひひひひ、上手いことをおっしゃる」


そう言って弥生の後ろから杖をついてやって来たのはニコニコ顔の作務衣さむえを着た長頭人のおじいさんだった。


「共生するのは無理な話だ。わしらの問題じゃないぞ。人間には自分と違うものを排除する性質があるからだ。人間同士が互いを攻撃し、滅びるのを待っておったが、残念な事に互いへの攻撃をやめてしまった」


「父さん!私達も人間の作った物が無ければ生活できない。そんな言い方は良くないですよ」


さっき足湯に来ていた長頭人がとがめに来たが、おじいさんはフンッとそっぽを向いた。


「元はわしらの一族が人間に教えた技じゃ。応用ばかりしおって。わしらは隠れているのが良いのだ。保護区なるもので保護されるのも、おたくらSSに利用されるのも御免じゃ」

刻まれたシワがそうさせるのか、何を言っても笑顔のままだが、おじいさんは人間が嫌いなようだ。


「SSは、近く、鬼界きかいカルデラが破局噴火を起こすのを感知したんじゃな」


おじいさんは笑顔で大貴を見つめているが、その顔に恐怖が宿っていた。



鬼界カルデラ?



未加には聞いた事の無い地名だった。


「確か、九州南部の沖合にある海底火山ですよね。縄文時代に大噴火を起こして九州の縄文人を絶滅させたっていう。よく噴火してる口永良部島くちのえらぶじまや薩摩硫黄島の近くでしたよね」


流太がおじいさんに確認するように聞いた。


「そうだ。特に薩摩硫黄島は鬼界カルデラの一部じゃ。巨大地震後の影響で、二十数年前から大規模噴火の回数が多くなっておる。鬼界カルデラが再び破局噴火を起こせば、噴煙のエアロゾルが成層圏に達し、日光が遮られ、地球は温暖化から一気に寒冷化する。生物の大絶滅には環境の激変が付き物じゃ。火山灰にまみれ、太陽光エネルギーも期待出来ない世界では、人間様も今度こそオシマイかもしれないの」

くくく、とおじいさんは笑った。


「おしまいなのは長頭人も同じだろう。寒冷化に対応できるのか?冬眠は出来ないはずだ」

冷静な大貴が珍しく興奮して反論した。


「さよう。わしらはわしらのままで仲間の力を借りながら乗り越える覚悟だ。遥か昔からその様に生きて来たのでな。人間が完全にいなくなった後、どんな生物がこの地球で繁栄するのか見ものじゃの。おたくらの建造物は古代遺跡として語り継がれるだろう」


「そうならない為に今、いろいろと対策している」


「知っておる。火山ガスに耐性があり、冬眠する爬虫類人の遺伝子で、人間を進化させようと言うんだろう」

進化させる、おじいさんはそう言った。


その時

場をつんざく悲鳴がした。


「きゃあああ!痛い!!離して!」


真子だ!


叫び声は一階からだ。

真子はいつの間にか一階へ移動していた。駆けつけると、真子の右腕に、黄色と黒の虎柄模様の丸い生物がかじりついていた。

腕からおびただしい血が流れている。


「真子!」


未加がそばに寄るより早く、白髪頭の男が駆け寄り、両手で生物の頭と顎を持って口を開けさせ、牙が抜けたところで生物を岩壁に投げつけた。


壁に叩きつけられた生物はそのまま床に落下すると虎模様が消えて「ひゅうが」と名乗る男の子の姿になり、無表情のまま立ち上がった。


「ひゅうがくん!?」

未加が駆出そうとすると長頭人のおじいさんが叫んだ。

「近づくな!ヤツは肉食爬虫類だ!」


ひゅうがは手に真子のバックを持っていた。顔を突っ込んで「カ、ラ、ア、ゲ」「カ、ラ、ア、ゲ」と繰り返しながら探している。


「おそらく、肉を食べずに育っだのだ。お前さんがやった唐揚げで覚醒したんだろう」

そう説明されても未加は事態が飲み込めなかった。


「ガァァ!」

ひゅうがはバックを破り捨てるとまた虎模様の生物に変身した。





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