第4話 盗難事件(1)

警報は鳴らなかった。

館外にある蓄電池室のケーブルが全て切られていたからだ。


「申し訳ありませんが、そういう訳なので防犯カメラも使い物にならなくて…」

お茶を用意しながら三沢弥生みさわやよいは謝ったが、館長は「いや、映像はありますよ」と言った。

「え?」

弥生は驚いていた。


「裏口の防犯カメラだけは最新の物に交換していましたので映像があります。警察にもお見せしていますよ」

館長が壁に映像を映し出す。



パーカーのフードをすっぽり被った、かなり大柄な男が一人、事務所裏口にやって来たかと思うと、ドアを蹴破って侵入。

案内ロボットが警告音を発したまま放り出された後、流太りゅうたが慌てた様子で中へ入って行く。


そしてガンとかゴンとか物音がして、鉱物を抱えた男が凄い速さで出て来た。流太も転びながら追いかけて行き、映像は止まった。


あの大人しい流太があそこまで追跡した事に未加みかは感心した。

ウザがられて犯人が一緒に連れ去ったか、もしかしたら、あの勢いだと、自らついて行ってしまったのかも知れない。


「後は警備会社が来て、警察に連絡が行きました。しかし、まったく行方が分かりません。警察へ行けばその後の捜査内容を聞かせてくれると思いますよ」

館長が言葉を切ると、大貴だいきが口を開いた。

「警察からは既に聴取済みです。それより、もう一度、映像を見せて頂けますか」

未加と真子まこは顔を見合わせた。

どういう事?



大貴はマルチウオッチを映像にあてる仕草をした。一人でふんふんと頷き、再び口を開いた。


「犯人は一人ですが、あの石は軽いものですか?材質は何です?」

「あれは細長い卵の様な形をしていましてね。土くれと石灰岩に覆われていましたが、おそらく翡翠ひすいでしょう。さらに核になる部分があると思われますが、ここではわかりませんでした。へばり付いていた骨は主に石灰岩に埋まっている状態でして……」

「すみません、館長さん。大きさや重さはわかりますか?」

「えーと、縦が百五十センチ、横が百八十センチありました。重さは、約三百キログラムです」

館長は記録を読みながら答える。


「犯人の身長は入り口の高さと同じ、約二メートル五十センチですね。一人で三百キロの石を簡単に運び出す怪力の持ち主か……」

大貴はつぶやくと再び館長へ質問した。


「博物館内ではなく、事務所に保管したのは何故ですか?」

「それは、万一、運搬ロボが倒れたら、あの石の重さでは博物館内の他の展示物に傷がついてしまいますし、大学に運ぶ大事な物ですから防犯用ドアとカメラがついた事務所が安全だと判断しました」

三沢弥生が即座に答えた。


「なるほど。確かに博物館に置いていたら展示物に被害が出ていたかもしれませんね。ところで、犯人が使ったフライングカーの噴射残渣ふんしゃざんさを警察からお借りして調べたところ、九十年前の大型車だと判明しました。お心当たりは?」

「さあ、わかりません。かなり古い車体ですなあ。この辺でも見かけません。」

「ここの裏山を北西方面へ飛んで行ったそうですが、何がありますか?」

「確か、白和邇しろわにを祀った神社の跡地があります。あと、昔の登山道です。……あの、あなたは一体?」


館長は困惑していた。

部下の高校時代の同級生が来ると聞いていて、まさかこんな風に尋問されるとは思ってもいなかっただろう。


「失礼しました。僕はこういう者です」

大貴が右手の甲を突き出すと、マルチウオッチから身分証が浮かび上がった。


日本社会支援財団 調査部 

湯浅 大貴


右手の甲に身分証が埋まっている。公務員と同じシステムだ。

「大貴……。企業政府に就職したの」

未加は思わず声を上げた。


「政府じゃない。福祉団体だ。警察に知り合いがいるものだから少し調べさせてもらったんです。驚かせてすみません」


日本社会支援財団。通称SS。(ソーシャルサポート)

ロボット、AI、蓄電池、通信、建設、医療、農業など、超巨大企業が組織する団体で、災害がある度に、被災者へ支援を行う。

自社製品を無料で配布するのは勿論の事、自前のロボット従業員を派遣し、あらゆる立て直しを請け負う。


大貴の言う通り、福祉団体ではある。

病院や学校も設立、経営しており、会員になれば介護や保育のサポートの他、提携企業の製品を割安で使用できる。


ロボットが行うサポートは迅速かつ丁寧で評判が良い。

会費を税金だと思えば、やっている事が何だか政府と同じなので「企業政府」と呼ばれているのだ。


調査部はいわば警察に当たる。

警察よりも性能の良い分析器を沢山持っているから、難事件はほぼSSの調査部が解決しているとの噂だった。




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