第3話 美しいもの(3)

実家のマンションに着くと、外壁や配管設備に破損がないのを確かめてから部屋へ入った。

仕事柄どうしても気になる。


「お帰り。さっきの地震大きかったね。大丈夫?」

結婚して家を出ていた姉の紗季さきが両親と共に出迎えた。

「ただいま。大丈夫よ。それよりおめでとう。二年待ったんだっけ?」

妊娠許可証、通称ハートのライセンスが来たと聞いていた。


台地では基本的にAIが許可した人数しか生きる事が出来ない。食料、水、エネルギーの枯渇を避ける為だ。


許可無しに妊娠した場合は協力金と言う名の罰金を払うか、台地から山地の町や村へ移住する決まりになっている。


山地は台地ほど安全ではないが、自らの意志で先祖代々の土地に住み、自治体を組織している人達がいる。また、自由を愛する人々がAIの管理を嫌って山地に移住するのもよくある事だ。ただ、戻るのはやはり許可が要るので容易ではない。



「未加、紗季。いといの唐揚げ買ってきたから早く食べましょ」

母親が食卓に呼んだ。

「唐揚げ!久しぶり!」


いといの唐揚げは、未加の友人、糸井真子いといまこの父親が経営する養鶏場のブランド商品だ。


絶滅が相次ぎ、生き物自体が少ない日本にとって肉は高級品だった。未加も普段は大豆肉を食べている。


食べられる肉は鳥のみ。

牛は乳製品を生産する為に飼育され、かつて家畜だった豚は絶滅危惧種になり、山地の区域で保護されている。


昔の日本人は牛や豚の肉に、海の魚も食べていたと聞くから驚きだ。


海は放射能に汚染されていて海産物を口にする事は出来ない。湖や川の淡水で養殖された魚のみ食卓にのぼる。




翌朝も快晴だった。


未加は実家に置きっぱなしになっていたバイクで東京山地へ出発した。


空を見上げると太陽にかさがかかっていた。


ハロだ。


日暈ひがさとも言う。これは幸運の兆しだ。


温暖化で異常気象が起きようとも、気温が五十度を越える外出禁止の夏があろうとも、太陽はいつも人間にエネルギーをくれる。



きっと、流太りゅうたは見つかる。




昼前には流太の勤め先である博物館に到着した。

博物館は、東京、埼玉、山梨の境界線、関東山地の東京側に、こじんまりと建っていた。緑が生い茂ってのどかな雰囲気だ。


山の上から周囲を見渡すと、日本海側の遠くにうっすらと世界の遺物が見えた。


天空にそびえる、ボッキリ折れた塔。


世界の国々が共同で建設していたという宇宙エレベーター。

二十年前のメガ台風で折れたと聞いている。

折れた根元はそのまま。

解体するのに費用負担がまとまらないらしい。


世界各国もまた異常気象に悩まされ、災害が絶えず、溶けた凍土から得体の知れないウイルスが蔓延して国力が下がり、覇権争いや競争どころではなくなっていた。


駐車スペースにフライングカー二台とトランスカー二台が停まっている。


隅に置かれたバイクには警察のチェック済みタグがついていたから流太の物かも知れない。


警察は先週三日間の捜査を終え、収穫が無く撤収していた。


流太は父親を早くに亡くし、母親も大学在学中に亡くしている。きょうだいもいないので、未加達の他に自費で捜索する親戚、知人はいなかった。


「水曜休館日」と立て札がある正面ドアの前に立った。

ドアは開かない。

館内を除くと薄暗い。


「未加!」

建物の横から真子と大貴が現れた。

真子は小柄でショートカットのちょっとわがままなお嬢様。大貴はガッチリした体格のクールな近寄り難い男。

三年前と変わらない。


ひとしきり再会を喜んで裏の事務所に回ると、所内に博物館の館長と流太の上司の三沢弥生みさわやよいが待っていた。


捜索願を出したのは館長だった。

部下の友人が捜索に来ると言うので休みにも関わらず事務所を開けてくれたのだ。


出入り口のドアだけ妙に新しく、ドア周りの壁は直した跡が鮮明だった。壁際に一台、壊れた案内ロボットが置いてある。


真子と大貴も来たばかりと言うので、挨拶もそこそこに三人で流太が連れ去られた状況を聞いた。


先週の火曜日、新しく開かれる石灰石採掘場の土を掘り起こした際、人骨と思われる化石がへばりついた鉱物の塊が出土した。


連絡を受けた博物館が一時的に保管し、翌日、大学の研究室へ移す予定になっていた。


流太は鉱物が発見された夜、一度帰宅してからまた博物館へ向かい、強盗に遭遇したらしい。


「忘れ物をして、取りに来たら誰かが敷地内にいると、彼は私に連絡をくれたんですよ。二十二時頃だったかな」

口ひげをたくわえた紳士然しんしぜんとした館長は答えた。

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