第2話 美しいもの(2)
その昔、日本の二月は寒く、関東地方でも雪の降る事があったらしい。
今では二月といえども気温は二十度前後で暖かく、雪が降る事はまず無い。
十七時、ロボットスーツのスピーカーからチャイムが鳴り、本日の業務は終了した。
このロボットに乗って、十ニメートルの高さから下の平地へ向かってコンクリートのスキャンを行っていた
スーツ中央部分から伸びる命綱が巻き取られ、上へ上へと移動する。
夕日が眩しい。
この日没時に見る夕焼けは絶景だと未加は思う。
フライングカーが少し邪魔だけれど、輝くオレンジ色の光が、影になった黒い山々の上に残り、紫や紺、濃紺と宇宙の色を反射させて神秘的な風景を紡ぎ出す。
――美しい。
美しいもの。それは同時に怖ろしいものでもある。
怖ろしいもの、それは地球。
百年前、この日本で巨大地震が起きた。
津波が東京を呑み込み、海は引かなかった。夏には毎年、超大型の台風がいくつもやって来て高潮や河川の氾濫が頻繁に起きた。
そうしているうちに南極、北極大陸が完全に溶け、
それまで平地に住んでいた人々は、残された土地に十ニメートルのコンクリートの高台を築き、その上に街を造り生活を始めた。
これが、未加が小学校時代に習った高台の歴史だ。
高台は
今ではそれを繋ぐ橋が建設され、危険な平地に住むのは原則禁止となった。
電力はほぼ太陽光エネルギーでまかない、建物ごとの屋根や専用タワーに設置してあるソーラーパネルで集め、蓄電池に貯めて使っている。台地の中には蓄電池施設、浄水場、ゴミリサイクル施設が併設されていた。
畑だけの台地もある。
洪水で流れてきた土を平地から汲み上げて土壌を作り、天井部分を強化ガラスで覆い、太陽光を取り込んで悪天候に左右されずに作物を栽培する仕組みになっている。
初期に造られた台地のコンクリートはもろいので、メンテナンス会社が点検し、ニューコンクリートで補強したり、建て替えたりしている。
従業員達がロボットスーツを各納車に収め、次々と帰宅していく。
未加も帰ろうとしていたところ、「未加ちゃん」と呼び止められた。
別のトレーラーから社長の
彼女は現場主義なので、よく現場のトレーラーで仕事をしている。
近頃の高齢者は最新のアンチエイジング技術が浸透しているせいか若々しい人が多い。
「明日から土日入れて五日間の休みね。お友達が見つかるのを祈ってるわ。このハンディスキャン持って行きなさい。何かの役に立つかも知れないから」
「ありがとうございます!」
社長は開発部門が作った業務用のハンディスキャンを貸してくれた。
「無理言ってすみません」
「いいのよ。後悔の無いように探していらっしゃい」
「はい」
災害が日常化してから、行方不明者の捜索は警察や自衛隊、災害派遣ロボットでも手が回らなくなり、一般の関係者も加わるのが習慣だった。
狭い駐車スペースに縦に折り畳んであった自家用車へ帰宅を告げると、声紋を認識し、トランスフォー厶しながら未加の前へやって来た。
乗車すると、
自動運転の車内でコーヒーとお気に入りのお菓子でひと息つき、ポニーテールにしていた髪をほどく。
奥東京湾沿いを走ると、海の中に、昔、電波塔だったというタワーの頭が見えた。
高校の同級生、
「
久々にもらった連絡がこれだったので驚いた。
気が合ってよく話をしていたのが、、堺流太、糸井真子、
卒業後は何度か四人で遊んだが、未加は二年制の専門学校へ進んだ為、就職すると、大学へ進学した他の三人と都合が合わなくなり、会う機会は減った。
最後に会ったのは三年前、二十二歳の時か。流太は学芸員になりたいと言っていた気がする。
その夢は叶ったらしい。
「
「なんでまた……」
未加は絶句した。人の良さそうな流太の顔が浮かぶ。
大人しくしていれば良かったのに。
ピーピーピーピー
真子との会話を思い出していたら地震を知らせる警報が鳴った。
この音は震度五以下のはず。
橋が揺れ始めた。
意外と大きい。
車は一時的にフライングモードに入ってタイヤを畳んで走行を続けた。
フライングカー程の上昇力は無いが、道路を走行する全ての乗り物に備わっている機能だ。
震度は五。津波の影響は無し。
画面から流れるニュースを聞き、ホッとしてコーヒーを飲み干す。
最近地震が多い。
世間では巨大地震が再び起きるのではないかと噂が絶えない。
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