侵略は明日から

 日付が変わった。

 外が寒くなってきた。

 まだ3月だからな。

 人は既にまばらだが、街の灯りは照り続けている。

 皆帰る場所に帰ったのだ。

 あるいはこれから帰るのか。


 さて、俺はこれからどうしようか。

 このまま凍えて野垂れ死にか?

 それも悪くはないかもしれない。思い返せば、あいつらに出会った日の夜にそんな風に死んでいてもおかしくなかった。

 ああ、でもあの時はまだ、自分の家に逃げ込むという選択肢が残っていたんだっけ。


 いつの間にか、俺の家は侵略されてしまっていた。

 帰る場所がもう無い。

 あてもなくより暗い方へと歩いていくことにする。

 このまま何かの弾みで死んでしまえば楽なのにと思う。

 何も考えずにいると、「あー、あー」と周期的に低い声が盛れる。

 こんなはずじゃなかった、などと言う気も起きないが。


 より寒くなってきた。上着を持ってくればよかった。

 喉が乾いた。飲み物があればよかった。

 どこかに泊まるための知識や経験や、何より金があれば良かった。

 衝動的に行動すると、忘れ物ばかりだ。

 しかし取りに戻ることも出来ない。

 ビルの壁にもたれてしゃがみこんでいると、眠気が襲ってくる。


「あーあ、人類滅ばねえかなぁ」


 なんだか億劫になってしまってそんな言葉が口を突く。

 その瞬間。

 俺の体は眩い光に包まれた。


 あ、なんか覚えあるぞこれ。


 光が消え、周囲を見回すと見覚えのある内装。浮遊感。

 そして見慣れた三人の姿。


「目を覚ましたか、早川暖人」


 すっかり馴染んでしまった、甲高い声が聞こえる。


「別に寝てはねぇよ」

「永遠の眠りにつく直前に見えましたけど?」

「心配する」


 心配とは、随分と人間らしいことを言う。

 いや、とっくに分かっていたことだ。宇宙人も十分人間臭い。


「別に心配なんかしなくてもいいだろう。俺なんか必要ないじゃないか」

「どうしたんだ、やさぐれて。お前らしくもない」

「俺は元々こんな性格だ」


 ただ少し力を手に入れたつもりになって、テンションが上がっていただけだ。

 お前らの前じゃなきゃ、ずっとこんなもんだったよ。


「俺はお前らの侵略作戦には役に立たん。切り捨ててくれ」

「私にあんなこと言ってた割に、弱気なこと言うんですね」

「言うは易し、行うは難し、だな」

「こいつ一々こういう風に返してくるから腹立つな」


 クサビが足踏みをしながら深く息を吐く。

 その左腕はまだ力なく垂れ下がっている。

 改めて見せつけられると、それを放ったらかしで逃げた自分までもが痛々しい。


「大体なんで追いかけてきたんだよ」

「そんなもの、あなたが必要だからに決まっているでしょう」

「何が必要なものか。作戦が悉く失敗しているんだぞ」

「私達がやるより、よっぽどいい」


 必要とされた、などと喜んではいけない。

 こいつらは能力が無い訳ではないんだ。

 自分達で動いた方がよほど良い。

 俺はどこかで、関わりの無いどこかでこいつらが地球を侵略する様を傍観しているくらいの方が。


「何をくよくよしてんだお前は!」


 同じやり取りの繰り返しに耐えかねたのか、短気なクサビが声を荒げる。

 その甲高い声に肩が跳ね、少し後ろに身を引いてしまう。


「弱音を吐くな! お前は侵略者だろうが!」

「俺は……」

「役に立つとか立たんとかじゃないだろ。お前は侵略者として私達と地球侵略をするんだろう。勝手に辞められると困る」

「……なんだ、それ」


 何の合理性もないじゃないか。

 何の根拠もないじゃないか。

 そんな言葉が、どうしてこうも……。


 危うくなって咄嗟に上を向く。鼻をすする。

 鼻の奥の熱が引いてから、改めて侵略者達に向き合う。


「あー、わ……分かった、お前達に協力するよ。地球を侵略しようじゃないか」


 こうして俺は、まだまだ宇宙人達に協力することになった。


 俺達の侵略作戦第二弾が、これから始まる。




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我々は侵略者だ! 甘木 銭 @chicken_rabbit

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